第49話:時空の隙間の「埃(ほこり)」が降ってくる。リト、次元の窓拭きを敢行。
『魔導窯』の再起動により、魔海は神代の活気を取り戻した。しかし、あまりにも世界が綺麗になりすぎたせいで、本来は見えないはずの「不具合」がリトの目に留まってしまった。
「……ねぇ、あそこの空間。なんだか『指紋』がついたみたいに曇ってない?」
リトが海中の一点を指差す。
そこには何もないはずなのだが、リトの「清掃眼」には、空間そのものが濁り、そこに細かな「次元の埃」が堆積しているのが見えていた。
「次元の……曇り? リト様、流石にそれは気のせいでは……。空間が汚れるなんて、聞いたことがありません」
アルテミスが目を細めるが、何も見えない。
しかし次の瞬間、リトが指差した場所から、パラパラと「黒い塵」が溢れ出し、周囲の魚たちがその塵に触れた途端、時が止まったように静止してしまった。
「ひゃっ!? お、お魚さんたちが石みたいに! ……これ、ただの埃じゃないわ。……世界の外側から漏れ出してきた『虚無の汚れ』よ!」
ネフィリムが叫び、影の盾を展開する。
「やっぱり。……世界の『境界線』が汚れてるんだ。……長年の魔力汚染で、世界の表面に垢が溜まって、そこからひび割れが起きてる。……これを放置しておくと、世界そのものが『割れた窓』みたいに粉々になっちゃうよ」
リトの言葉に、場に緊張が走る。
世界崩壊の危機。しかし、リトが抱いた感情は「使命感」ではなく、「我慢ならなさ」だった。
「窓が汚れてるなら、拭くしかないよね。……アルテミスさん、ベヒモスのマストを最大まで伸ばして! ……僕を、あの『空の汚れ』まで届かせて!」
「わ、分かりました! ……でもリト様、どうやって『空間』を拭くのですか!?」
「これだよ。……【特製・精霊水スプレー:空間用】!」
リトは、魔導窯で精製したばかりの純粋エネルギーと精霊水を混合したスプレーを構えた。
アルテミスの支えるマストの先端から、リトは虚空へと跳躍する。
「【清掃奥義:次元・鏡面仕上げ】!!」
リトが空間に向かってスプレーを噴射し、最高級の「マイクロファイバー魔導クロス」で、円を描くようにシュシュッと拭き上げる。
すると――。
キィィィィィィン!!
真っ暗だった空間の濁りが、一瞬にして晴れ渡った。
拭き上げられた場所からは、この世界の外側に広がる「星々の輝き」が、まるで磨きたての宝石のように美しく透けて見えた。
「……綺麗。……私たちが住んでいる世界の外って、こんなに澄んでいたのね……」
セリナが涙を流して見上げる。
「うん。……でも、まだ角のほうが拭き残ってるな。……あそこは脚立がないと届かないか。……クラちゃん、足を一本貸して!」
「おうよ、リト様! ……俺の足で、次元の隅っこまで持ち上げてやるぜ!」
クラーケンの足に乗って、次元の隙間を掃除する少年。
その姿はもはや一介の掃除屋ではなく、世界という名の広大な屋敷を管理する「執事(管理人)」のようだった。
しかし、リトが世界の「窓」を綺麗にしすぎたことで、外側にいた『ある存在』と目が合ってしまう。
「……誰だ。我が『観察窓』を、これほどまでに磨き上げたのは……。……眩しくて、監視ができないではないか」
天界から、掃除のせいで安眠を妨げられた「神の使い」が、文句を言いに降りてこようとしていた。




