第44話:邪神、真っ白になる。リトの「カビ防止加工」が完璧すぎる件。
ヴォルカノ海溝の底で繰り広げられる、前代未聞の「邪神つけ置き洗い」。
人魚たちの歌声が生み出す巨大な渦流と、リトが投入した『超濃縮・防カビ・プラズマ洗剤』が混ざり合い、黄金の檻の周囲は今や、深海とは思えないほどの輝きを放つ「巨大な洗濯機」と化していた。
「ギ、ギャァァァァァッ!? 溶ける! 余の数万年かけて蓄積した『不浄の魔力』が、根こそぎ分解されていくぅぅぅっ!!」
檻の中から、邪神アザトースの悲鳴が響き渡る。
本来、邪神の放つ胞子は、触れるものすべてを腐敗させ、生命のエネルギーを奪い取る絶望の化身だ。しかし、リトが調合した洗剤は、その「腐敗の根源(タンパク質構造)」を的確に破壊し、無害なアミノ酸へと変えてしまう。
「アザトースさん、暴れないで。……汚れがひどい場所ほど、泡が激しく反応するんだ。暴れると、その分だけ『浸透』が早くなっちゃうよ?」
リトはベヒモスの甲板から、巨大な「撹拌用魔導ロッド(マドラー)」を操作し、檻の隅々まで洗剤が行き渡るように丁寧に混ぜていく。その目は、まるで最高級のシルクを洗う職人のように真剣だ。
「リト様、見てください! 檻の中から出てくる泡の色が、黒から灰色、そして純白へと変わってきました!」
エルナが、聖教会の奇跡を目撃したかのように声を上げる。
「うん、中和が順調に進んでいる証拠だね。……よし、仕上げに『神聖・柔軟剤:シルキー・ゴッド』を投入するよ。……これで、カビの根っこを完全に引き抜いた後の『再付着防止』を施すんだ」
リトがピンク色の液体を流し込むと、激しかった泡がしっとりと落ち着き、檻全体を柔らかな光のベールが包み込んだ。
やがて、人魚たちの歌が止まり、渦が収まったとき――。
そこには、禍々しいオーラを放っていた「黄金の檻」ではなく、まるで新品の宝飾品のようにピカピカに磨き上げられた「白金の籠」が鎮座していた。
そしてその中には、かつての邪神の面影など微塵もない、ふわふわとした綿菓子のような、真っ白で無害な「精霊(のような何か)」がポツンと浮かんでいた。
「……余は……。……あ、あれ? なんだか、すごく……気分が良い。……体が軽くて、どこまでも飛んでいけそうな……」
「あ、カビの根を完全に除去したから、ただの『純粋な魔力体』に戻ったんだね。……よかったね、アザトースさん。もう誰かを汚すこともないし、自分も汚れることはないよ。……だって、君の体には『三千年間持続する・防汚フッ素コーティング』をかけといたから」
「三千年も……!? ……あ、ありがとう。……なんだか、掃除って……素敵なことなんだな……」
邪神、まさかの浄化完了。
あまりに完璧なリトの仕事ぶりに、アルテミスは「さすがは我が主。邪神すらも『可燃ゴミ』にせず、リサイクル(精霊化)なさるとは……」と感涙に咽び、セリナは「これで海がカビる心配はなくなりました!」とリトに抱きついた。
しかし、喜びも束の間。
海底全体のカビが消え、視界が極限までクリアになったことで、リトはある「究極の汚れ」の存在に気づいてしまった。
「……ねぇ、セリナさん。あの海の向こうに見える、巨大な『黒い壁』みたいなの……あれ、何?」
リトが指差した先。そこには、魔海の境界線にそびえ立つ、海面から海底までを垂直に貫く、全長数千キロに及ぶ「ぬめり」の壁があった。
「あ、あれは……『魔海のカーテン』。……世界中の海の『脂汚れ』が海流によって運ばれ、一箇所に溜まり続けてできた、数億年分の『ぬめりの墓場』です。……あそこに触れた者は、二度と浮き上がることができません」
「数億年分の……脂汚れ……」
リトの瞳が、これまでにないほど青白く燃え上がった。
それは恐怖ではなく、プロの掃除屋としての、最高潮の歓喜であった。




