第41話:海底火山の「煤払い」。リト、地球の裏側の汚れを見つける。
人魚の国『アクア・パレス』。魔海全体の浄化が進み、今やその海水は最高級のミネラルウォーターよりも澄み渡っていた。しかし、清掃聖者リトの目は、人魚たちが「綺麗になった!」と喜ぶその足元、さらに深い海溝の底を見つめていた。
「……うん、やっぱりね。表面をいくら磨いても、根本的な『排気』を解決しないと、またすぐに汚れちゃうんだ」
リトは、古代魔導戦艦『ベヒモス』の観測モニターを凝視しながら呟いた。モニターには、海底数千メートルに位置する『ヴォルカノ海溝』から、絶え間なく噴き出す真っ黒な魔力煤が映し出されている。
「リト様、あれは海底火山……魔界の熱源です。あそこから噴き出す黒煙は『神の吐息の燃え残り』と言われ、海を汚す根源とされています。しかし、あそこは高熱と高圧、さらには有毒ガスの塊。近づくことすら不可能です」
人魚の王女セリナが、尾びれを不安げに揺らしながら説明する。だが、リトは「近づけない」という言葉を聞くと、逆に清掃意欲が燃え上がる体質だった。
「ガスが出るってことは、煙突が詰まってるってことだよ。セリナさん、あれは呪いじゃなくて『不完全燃焼』なんだ。……よし、みんな。地球の裏側の煤払い(煙突掃除)に行くよ!」
リトの宣言に、同行するヒロインたちが色めき立つ。
「リト様! 煤払いですね。承知いたしました、私がその煤の粒子一つ残さず、聖剣で叩き切って差し上げましょう。リト様の白い服を汚す者は、たとえ自然現象であっても許しません!」
アルテミスが、リトから支給された「耐熱・耐圧・防水」の三拍子揃った特製エプロンを締め直し、気合を入れる。彼女の背後では、聖女エルナが「リト様、火山の煤に効く『アルカリ性聖水パウダー』の調合、完了しました!」と、巨大な袋を掲げていた。
一行は『ベヒモス』を潜航させ、未踏の深海、ヴォルカノ海溝へと突き進む。
水温は百度を超え、周囲は真っ暗な煤のカーテンに包まれる。普通の船なら一瞬で圧壊し、溶けるはずの環境だが、ベヒモスの船体にはリトの手による「親水性・防汚コーティング」が施されており、熱も汚れもツルリと弾き飛ばしていた。
「見えた……。あそこが『大地の煙突』だ」
海溝の底には、巨大な煙突のような岩の塔が立ち並び、そこからどろりとした黒いヘドロ状の煤が噴き出していた。
「……うわぁ、こびり付いてるね。あれは『魔力のタール』だ。普通のブラシじゃ落ちないよ」
リトは、艦内の倉庫から「あるもの」を取り出した。それは、先日の沈没船探索で見つけた、古代の魔導遺物――壊れて動かなくなっていた『自律型・海底清掃機』だった。
「リト様、それはただのガラクタでは……?」
ネフィリムが首を傾げるが、リトの手にかかれば、数千年前のガラクタも最強の清掃兵器へと変わる。
「壊れてるのは、中の『フィルター』が目詰まりしてただけなんだ。……はい、分解して、洗浄して、リト特製の『超振動モーター』を組み込んだよ。……名付けて、魔導ルンバ『ピカ丸』一号!」
リトがスイッチを入れると、小さな円盤状の機械がキュゥゥゥン! と高周波を上げ、ベヒモスのハッチから飛び出した。ピカ丸は高水圧を物ともせず、海底火山の噴火口へと取り付いた。
ズガガガガガガガッ!!
ピカ丸の底面から放たれる「超音波振動」が、数千年かけて固着した魔力タールを、まるで見事なウロコ取りのように剥がしていく。剥がれた煤は、ピカ丸の内部にある「虚無のゴミ箱(四次元ポケット式)」へと次々に吸い込まれていった。
「な、なんという吸引力……! あの忌まわしい黒煙が、みるみるうちに吸い取られていきます!」
セリナが驚愕の声を上げる。
「煤がなくなれば、空気……じゃなくて、海流の通りが良くなるんだ。……ほら、火山の火の色が変わったよ」
真っ黒だった噴火口から、次第に透き通った青い炎が噴き出し始めた。不完全燃焼が解消され、地球の熱が「クリーンエネルギー」として海に循環し始めたのだ。
すると、海溝全体の水温が安定し、死の世界だった深海に、見たこともないほど透明な「深海魚」たちが集まってきた。
「……ふぅ。これで第一段階完了。……でも、ピカ丸だけじゃ足りないな。……もっと広範囲を『一気洗い』するために、次はあの『古代の沈没空母』を再起動させるよ」
リトの掃除道は、ついに失われた古代文明のテクノロジーを「大型清掃家電」として蘇らせる領域へと突入した。




