エンディング
午後三時、ちょっと前。教会の廊下へ、やわらかな光が差し込む。
この道は、窓にステンドグラスがはまっていて、白い廊下に色とりどりの模様が映し出されている。
そこを、シャルロッテは、ぱたぱたといつもより軽い足取りで歩いていた。
――クライド、特に難色は示していなかったわね。またしばらく、一緒にいてくれるんだわ。
いつもは提げていないカバンには、活動費としてセラから受け取った金貨がぎっしり詰まった袋が入っている。これを彼に渡して、契約を続けてもらうのが今日の大事なミッションだ。
廊下を突き当たりまでくると、教会の宿舎へ荷物を運び込んでいたセオドアと出くわした。
「あら、セオドア。お引越しは終わった?」
「はい。これから兄さんのところですよね、お供します」
「ええ、ありがとう」
彼女が重たそうなカバンを提げているのを見て、セオドアが手を差し出す。
「それ、お持ちしましょうか」
「ああ――いえ、いいの」
にこりと笑ってカバンをなでたシャルロッテは、楽しそうに切り出す。
「そういえば、セオドアはクライドと久しぶりに会ったのよね」
「はい、オレが騎士見習いを始めてからは会う機会もなくて」
「それじゃあ、この八年間のこと、話してもいい?」
「あっ、聞きたいです!」
自分の知らない兄のことを聞きたくて、セオドアは元気にうなずいた。
「ふふ。クライド、はじめて会った時からすごかったのよ」
彼女が話すのは、本人に許可を取っていないためか当たり障りのない範囲に留まっていたけれど。歩きながら、そのどれもを笑顔で語る。普段の落ち着いた雰囲気とは違う、年相応の少女のもの。
目的地も間近になったとき、セオドアはそろそろ“気付かないふり”ができなくなっていた。
――あー、どうしよ、聞きたいって言ったのオレだけど……。好きな人が他の男の話してるの、結構こたえるな……?
兄のことでなければ、もっと平静を失っていた。
自分の知らない、彼と彼女の八年間を思いつつ、なんとなくセオドアは尋ねてしまった。
「あのー……シャルロッテ、兄さんのこと、好き……なんですか?」
突然、そんな今さらみたいなことを聞かれて、シャルロッテは目を瞬く。そして、こてんと首をかしげた。
「ええ、好きよ。あなたのことも」
「あーっ……いや、あーっ、そうじゃなくってぇ……」
頭を抱えてから、彼は、頬を赤く染めて立ち止まった。
眉尻を下げて、並々ならぬ感情を瞳の奥に揺らめかせながら、彼はじっとシャルロッテを見つめる。頭の中にあるのは、ドライアドの前で彼女に口づけた時のこと――『愛しています』の、その言葉。
「あの……オレ、この前言ったこと……本気、ですから」
掘り返してしまった。張り合ってしまった。
「……えっ、と……?」
シャルロッテがどれのことか思い至る前に、もう少しも取り繕えない彼はしきりに前髪をいじりながら歩き出す。
「いえ、あの、それだけ……です」
飲食店オルテンシアの前まで来ると、セオドアがまだそわそわしながら店の扉を開けた。
「えっと、オレは、ここで待ってますから。どうぞ」
「そうなの? 同席してもらっても――」
「いや本当にちょっと頭を冷やしたいので……」
「そう? それじゃあ」
頑としてその場を動かない彼を置いて、シャルロッテは店内へ入る。
――この前の、って、ダンジョンでのこと? ええと……騎士が護衛対象に敬愛心を抱くというのは聞いたことがあるけれど……なんだか、それにしては……。
思い出すと、なんだか、くすぐったい気持ちになる。
奥へ進むと、ちょうど、店主の青年がレアチーズケーキの皿を手に厨房から顔を出した。
「あっ、ご注文の品できてますよ。ご案内しますね」
前もってクライドにうかがいを立てられていたおやつと共に、個室へ通される。椅子に腰かけて待っていた彼は、水の入ったグラスを机に置くとおもむろに立ち上がった。
「ん、セオは来てないのか?」
「それが、なんだか様子がおかしくて……恥ずかしそう、なの」
「まあ、あいつはお前がいると大抵おかしいけどな」
クライドが引いた椅子に礼を言って座る。店主が置いたレアチーズケーキを一瞬見ただけで「食いながら話せば」と提案された。
「ええ、そうさせてもらうわ。いただきます」
お言葉に甘えることにした。正直、喉から手が出るほどお腹が空いている。
二人きりになった室内で、シャルロッテはレアチーズケーキにスプーンを入れる。ヨーグルトも入った、ひんやりなめらかな一品だ。
ニコニコ顔でブルーベリーソースの部分も楽しみながら、二口目を食べ終えたところで彼女は話を始めた。
「それで、本題なのだけれど。当初の予定通り、魔物料理を食べる作戦(?)は続行ということで、セラさんとも話はついているわ」
「まあ、お前がそうしたいなら」
土台のクッキー部分も、一緒にもぐもぐして飲み込む。バターの余韻を感じながら、シャルロッテはカバンから金貨の袋を取り出した。
「――これ、依頼の継続料。受け取って」
両手で差し出されたそれを、クライドは、すぐには受け取らなかった。難しい顔をして、じっと見下ろしている。
思いもしなかった反応に、シャルロッテはドキリとした。
「あの……ええと、足りない……? それとも、どこかへ行く予定が――」
困惑と不安を滲ませた彼女へ、クライドは、そっと金貨の袋を押して戻した。
「いらない」
「……え? それは、どういう……」
「どうせ自分の飯も作るんだ、それが二人になろうと三人になろうと大して変わらねぇよ」
「あなたはそうかもしれないけれど……ええと……?」
「あと、お前、美味そうに食うだろ。作り甲斐がある」
「?????」
遠回しな言葉に疑問符を浮かべまくるシャルロッテ。クライドは、眉を寄せて仕方なさそうに苦笑を浮かべた。
「俺がお前に食わせたいって思ったんだよ。そんなんで依頼料なんか取れるか」
目を丸くして、言葉の意味を噛みしめて、金貨の袋を膝に置いてからシャルロッテは控えめにあわあわする。
「え、それじゃあ、あなた生活費は?」
「魔物から素材取ってりゃ、それなりに稼げる」
「じゃあ……どこか遠くへ、雇われて行ったりしない……?」
「しない。わざわざ、そんな面倒くせぇこと……」
本当は気が向けば色んな所へ行くが。シャルロッテとセオドアを置いて、という前提があるのなら、気が向くこともないだろうとクライドは誤魔化した。
彼女は、現状と感情の整理に少し時間がかかってから、ようやく、彼が自らの意思で共にいてくれるのだということに気づいた。途端に、喜びが湧き上がってくる。
「そう……そうなの……! ええと、ええと――」
色んな言葉があふれてきて、どれかを選び取るのに手間取っていると、クライドが食べかけのレアチーズケーキに視線をやる。
「先に食ったらどうだ? 腹減ってんだろ」
「ええ、そうね、せっかくひんやりしているし」
「他にも頼むか?」
「ええ――いえ、セオドアが待っているから……あ、でも、パンのお持ち帰りくらいなら……?」
彼女がぱくぱくと食べ進めていると、外からセオドアの、少し慌てた声がした。
「シャルロッテー! 兄さーん! ポポが、浄化の任務があるから案内するって! もうここに来てます!」
「あら、大変……! 行きましょう」
レアチーズケーキを詰めた口を手で覆って、シャルロッテは小走りで外へ向かう。クライドも、ため息をついて部屋を出た。
「ったく、あの鳩、またヤベェやつに通じてるんじゃねえだろうな――おい、会計頼む」
店主は「あっ、はい」とカウンターへ向かいながら尋ねた。
「そういえば、クライド、教会付きになったって噂がありますけど本当ですか?」
「あ? 違ぇよ、あんなの規則とか面倒だろ」
「でも、きみ、意外とそういうの守るじゃないですか。校則違反だってしたことないし」
「いつの話してんだ」
出された硬貨を受け取ってから、店主はハッと手で口を押さえた。
「まさか……騎士は聖女と結婚できないとかいうアレ……? 恋……??」
「そんなんじゃねえ」
ぶっきらぼうに吐き捨ててから、クライドはそのまま外へ出ようとする。しかし、あまりにも「気になります!」な視線が背中へ突き刺さるので、渋々振り返った。
「……あいつは、家族に憧れてんだよ」
「はい」
「……でも、配偶者選びとか……変なやつに引っかかる可能性もあるだろ」
「まあ」
「……その時、代わりに身を差し出せるようにしてる」
「うわぁ」
一体なにがそこまで彼を過保護へ走らせるのか。しかも恋心ではないときた。もはや狂気じみてすらいる。
旧知の仲である青年に引かれながら、彼は思いっきり顔をしかめて外へ出た。雲ひとつない空模様が眩しい。
「で、どこ行くんだ」
「ああ、兄さん。それが、かなり遠いみたいで」
「クライド、今から出られる?」
いくつか言葉を交わして、シャルロッテは二人の護衛兄弟と共に歩き出した。
それは、世界の平和のためと、あとは
「でも、この辺りにはいない魔物が多いんでしょう? ふふ、どんな料理ができるのかしら」
自分自身の楽しみも、結構大きな理由になっていた。
第一部はこれにて完結です。
お読みいただきありがとうございました!
第二部投稿時期→未定
今度はみんなで南の方に行くかも?
何もかも未定ですが、よろしければブックマークをしてのんびり気長にお待ちいただけますと幸いです!




