12話―① 再び日常へ
再び教会がある町に戻るまで、クライドはシャルロッテとセオドアを思いっきり甘やかした。帰りの鉄道車内で、上級回復薬(明らかに役不足)を、セオドアの頬の傷に塗ってやる。
「あの、兄さん、ちょっと……自分で、できますから……っ」
「いいだろ。こっちは、なにもできなかったんだ」
「いや、魔物の王を消し飛ばしたじゃないですか……森ごと……」
クライドはまだ満足いっていない様子で、サンドイッチを食べ終えたばかりのシャルロッテに自分の分を差し出す。
「食うか?」
「いいの? お腹、空かない?」
「見てるだけで腹いっぱい」
「そう。なら、いただくわ」
受け取ったサンドイッチ(ジャンボベーコンチーズレタス)へ嬉しそうにかじりつくシャルロッテを見て、クライドはようやくちょっとだけ満足したように口元を緩めた。
そうやって(行きはポポに従っていたため、何度か迷子になりかけながら)三人は帰路へついた。
◇◇◇
報告等諸々を済ませた翌日、セオドアは、提出するはずだった正規雇用の契約書を持って一人で宿屋を出た。
店の前を掃除していた宿主に「いってらっしゃ……えっ、人を殺めに行くんじゃないですよねスミマセンいってらっしゃいませ」と見送られる。どうやら表情が真剣すぎたようだ。目が大きい分、眼力がすごくなる。
――これで、騎士でいる内はシャルロッテと結婚とか……できなくなるけど。冷静に考えたら、オレはそういう対象として見られてない感じがするしな……。それなら、名実ともに彼女の騎士でいられたら。
教会へ到着し、建物の前まで出てきたセラに渡すと、彼女はさっと内容を確認して快活にうなずいた。
「はいっ、確かに受け取りました!」
もしかしたら、やっぱり駄目だと言われるかもしれないと緊張していたセオドアは表情を緩める。まだ少し、疑問は残るけれど。
「あの……本当にいいんでしょうか。オレ、ドライアドに、ほとんど何もできなかったのに」
「え? あのイレギュラーの件でしょ? うちの騎士だって一体何割太刀打ちできるか。それより、シャルロッテはあなたたち兄弟を気に入ってるみたいだもの。何かしらのメリットがあると私が判断したの」
自信満々に言うセラの頭上から、ポポが舞い降りてくる。彼女は足の筒から普通に手紙を取り出して読んでいるが、セオドアはポポが嘘をついて魔物の王に加担したのを聞かされているので思わず眉を寄せた。
「その鳩……」
「あっ、焼き鳥にしたい? でも頭が良いから便利なのよね〜。だから、いつでもこっちから爆破できる足輪を付けて労働刑に処してるのっ!」
ウインクされた。怖い。セオドアの顔が引きつる。
セラは、ポポの頬を指でうりうりつつきながら苦笑した。
「でも、バレたらまずいってわかってるのに、なんで戻って来ちゃったのかしらね。人間の味方をする気がないのに、エサと住む場所は提供してほしいなんて虫がいいわ〜」
『ポ……ポゥ……』
「あっ、そうだ、今からあなたたちに仕事――いや、別の人に回すわ! シャルって全然お休み取らないし、一緒に羽根を伸ばしに行ってあげて!」
「へっ、はい……!」
思わぬ指示に目をぱちぱち瞬くセオドア。セラは、もう一度、うふっと笑ってウインクした。
「あの子、自分で服も選んだことないから。お買い物に付き合ってあげなさいっ!」
それは、いつか見た、温度の抜け落ちた笑みとは全く違って。本当にシャルロッテのことを大事に思っているのだというのがわかって、彼は圧倒されながらも安堵の息を漏らした。
◇◇◇
とある服飾店内。シャルロッテが、白のブラウスと、黒と紺のバイカラーのフレアスカートを手に取って振り返る。
「これを試着してみるわ」
「おう」「いってらっしゃい」
試着室へ消えて行く彼女を遠目に見ながら、クライドは隣にいるセオドアに問いかけた。
「そういや、お前、結局教会付きになったんだな」
「あ、はい。そういえば、兄さんは教会付きにならないんですか? 他の仕事、するつもりないんですよね」
「まあ、この契約が終わるまではな」
他の客がクライドの姿を見て入店を諦めていることなど知る由もなく、彼はシャルロッテが向こう側にいるカーテンをじっと見つめている。
セオドアは、首をかしげた。
「教会付きになれば、ずっと一緒にいられますよ? 福利厚生もちゃんとしてるし」
すると、クライドはちらりと彼を見て、微かに笑った。
「色々、面倒くせぇ規則とかあんだろ」
――規則……?
セオドアは思い出す。自分が持っている契約書を、兄が後ろからのぞき込んでいた時のことを。
『騎士と聖女の交際、婚姻を禁止する』
「……????? ……!?!?!?!?」
思考回路がショートした。
「へっ、あっ、えっ!? 兄さん!? まさか――はえぇっ!?」
「店ん中だぞ。静かにしろ」
「はわ……」
茫然とするセオドアに対して、クライドは平然と、カーテンが開くのを見てシャルロッテの方へ歩み寄る。
結局セオドアにはわけがわからないまま、その服は購入され三人は表通りへ出た。
買ったばかりの服を着ているシャルロッテは、知らない人からすると、気品と美しさが目を引きはするが町娘と区別がつかない様相だった。
通行人たちが、三人を見てひそひそ話(聞こえている)をする。
「えっ、見て、闇の帝王が女の子連れてる」
「マジか二人も……いや一人……? 二人……?」
セオドアがカウントされかけている。
そこに居合わせたとある商人は、はじめて生で見る黒ずくめの長身に違和感を覚えた。
――あれがクライド・セイヴァリー? なんか思ってたのと違うな……いや、デカいけど……。
たしかにお世辞にも柔和な顔立ちをしているとは言い難いが、どちらかというと女の子疑惑をかけられて冷たい目で通行人を一瞥している小さい子の方が怖い。
――あれなら、まあ、護衛依頼をしてみるのも……アリか……?
商人は、あれこれ考えながら三人とすれ違った。
セオドアが、自身の着ているシンプルな白シャツをつまむ。
「どうしてこれで女に見えるんだ……? もっと、こう、トゲとか付いた革製の服を着ればいいんでしょうか……」
「やめとけ」
クライドに呆れられる。
「クライドの前では、大抵の人は女の子だから」
シャルロッテに意味のわからないフォローを入れられる。
セオドアは、小さくため息をついた。
「それにしても、変な目立ち方をしますね。一緒に町を歩くの、そんなに珍しいことなんですか?」
「そうね、基本的に任務が終わったら解散だったし……」
この八年間を思い出しながら、シャルロッテが遠くへ視線を投げる。
「そもそも、私があまり町中を歩き回らないの。非番の日でも、人手が足りなければ出られるように教会にいるし」
「なるほど……でも、最近は色んな所に行ってますよね。教会は大丈夫なんですか?」
「ええ。最近は寄付も増えたし、人手不足が緩和しているって」
彼女は、セラが大規模浄化について言っていたことを思い出す。
『表向きは、国から援助があって人員も成果も爆上がりしたってことにしといたから! 実績出したら寄付も増えたし、雇えてなかった層もバッチリ引き入れられたわ!』
彼女のことだから、国の上層部の仲良しさんと、なんか良い感じに口裏を合わせたのだろう。多少犯罪めいたものを感じたが、シャルロッテは気にしないことにして微笑む。
「まあ、余裕があった方ができることも増えるし、今日は好きにしておくわ」
少し前の彼女からは想像もつかないような言葉を聞いて、感慨深そうな顔を見られないようにクライドはそっぽを向いた。
程なくして前を通りかかった、いつもの飲食店オルテンシア。扉には『本日貸切』の札がかかっていた。
全員昼食はここだろうなと当たりをつけていたので、行く当てもなくなり、顔を見合わせてからクライドが口を開く。
「なんか適当に狩って食うか」
「そうですね」「ええ」
狩るのか買うのかの選択肢すら出ないことに、もはや誰も疑問を抱かなくなっていた。




