10話―① ドライアドと黄金リンゴ
クライドが自室にセオドアのベッドを運び込んで、そこで兄弟がぎゅうぎゅう詰めになり、シャルロッテは隣のベッドで一人すやすや眠る――という、無理やり三人部屋で夜を過ごした。
宿主には、もしかしたらイカみたいなやつが襲ってくるかもしれないと迷惑料込みでシャルロッテ分の部屋代も支払おうとしたが「じゃあこれで俺も守ってくださぁい……!」と突き返された。ちょうど他の宿泊客がいなかったためか、追い出されなかったのは僥倖だ。
そして魔物の王がなにかしてくることもなく、翌朝。セオドアが目を覚ますと、狭かったこともあり腕枕をしてくれていたクライドと目が合った。セオドアを起こさないように、じっとしていたらしい。
「あ……おはようございます」
少し照れくさく思いながら挨拶すると、クライドは「ん」と小さく相づちを打つ。彼が視線を寄越した先には、未だに眠っているシャルロッテがいた。
セオドアは、そろりとベッドから降りると、机の上に置いてあったヘアゴムを手に取る。髪を結びながら、隣に置いてある契約書に目を通している途中だったことを思い出した。
――あ、そうだ。教会に持って行かないと。
色々とある注意書きを読んでいると、とんでもない一文が目に飛び込んで来る。
――『騎士と聖女の交際、婚姻を禁止する』……!?
実際は、なんてことはない、それ目的で近付いてくる輩を弾くための条文だ。
――いやっ、まあ、そのために近付くわけじゃないけどぉ……!
書類を手に一人で百面相しているセオドアを、クライドが後ろからのぞき込む。そして「あー……」という顔をした。
それでも二人が一言も発さず静かにしていた所に、窓ガラスをゴンゴンと強めに叩く音がした。見ると、外でポポがわりとけたたましく鳴いて開けろとアピールする。
これにはシャルロッテも目を覚まし、ひとつ伸びをしてベッドから降りてきた。
「ポポ? 珍しいわね、そんなに音を立てて」
『伝言っポ!』
急にしゃべったので、三人とも「あ、しゃべった」とつぶやいた。セオドアだけはじめて聞いたので「えっ、しゃべった!?」が追加された。
ポポはこちらの様子を気にせず、本題に入る。
『ダンジョン・ドライアドの庭で黄金のリンゴを確認。摂取して魔力を補給し、大規模浄化に備えるようにってセラおばさんが言ってたっポ!』
ポポから見るとセラはおばさんらしい。もしかしたら何か鬱憤が溜まっているのかもしれない。
シャルロッテは、そこには言及することなく「ドライアドの庭……?」と首をかしげる。
『案内するっポ! 早く早く!』
うながされるまま、三人は外出の支度をすると外へ出る。少し先を飛んでいくポポを見上げながら、シャルロッテは目を瞬いた。
「こんな指示の出方、はじめてね。黄金のリンゴって、そんなにすごいものなの?」
それには、クライドが答える。
「魔力がありえねぇほど詰まってる。並の人間じゃ魔力中毒起こすほどだが、希少過ぎて出回らねぇな」
「そんなものが……。きっと、それがあれば、今までよりずっと多くの瘴気を浄化できるわね」
期待に満ちた瞳をする彼女の後ろで、セオドアは
――え……鳩……やっぱり魔物なんじゃ……?
と、一人で衝撃を受け続けていた。
◇◇◇
船や鉄道まで使って、ずいぶんと遠い場所まで連れて来られた。
クライドすらも「ここまで来たことねぇな」と言うほどの場所。
深い深い森の奥で、ポポはようやく地面へ降りた。
目の前には、大木に埋まるようにして存在する木の扉。神秘的な雰囲気に気圧されながらも、セオドアは二人をうかがい見る。
「あの、兄さんも入ったことのないダンジョンなんですよね? シャルロッテまで行くのは危険なんじゃ……」
すると、彼の眼前にポポがバタバタと羽ばたきながら突っ込んできた。
『ここは安全っポ! ドライアドに気に入られた本人しか実をもらえないから入るっポ!』
「ちょっ、もう、わかったから……!」
セオドアがポポをやんわり押しのけると、シャルロッテが手を伸ばしてきた。
「三人、離れないようにすれば大丈夫よ。調査員が事前に入って、そう報告しているんだろうし」
「は……はい」
これは、手を繋いで行きましょうということだろうか。少し気恥ずかしく思いながらも、セオドアは彼女の手を取る。
クライドも、ひとつため息をついてからシャルロッテの手を取った。
彼女を真ん中に、三人で手を繋ぎ合って扉の前に立つ。
「入るぞ」
クライドが魔力を流すと、扉が淡い光をたたえながらゆっくりと開く。
ポポに見送られながら、三人はドライアドの庭へと足を踏み入れた。
そこは、白磁の天井が見える、温室めいた小さな庭園だった。芝生と花々、中心には一本の木が生えている。
その幹からは、とても長い緑色の髪をした女性が――なんというか、生えていた。枝みたいに、上半身が幹から出ている。ドライアドという、樹木の精霊に近い存在だ。
右目からは花が咲いている、表情に乏しい、美しい顔立ち。
シャルロッテは「綺麗ね」とつぶやいたが、セオドアは肯定すれば浮気/否定すれば空気を読めないやつになる気がして「んぅ」と曖昧な返事しかできなかったし、クライドなんて「そうか……?」と、睨む勢いでドライアドを見た。
すると、脳内に直接、たおやかな女性の声が響いてくる。
『これより、試練を開始します。ドライアドを笑わせてください』
「そんな突然……」
シャルロッテとセオドアが困る。
「気持ち悪ぃなこれ」
嫌そうに頭を押さえたクライドが、辺りを見回す。
「自動で声が流れるようになってんのか? 生き物の気配がねぇ」
なんとなく、天井の方に目を凝らしてみるが、やはりそこには誰もいない。
声だけが響く。
『そのドライアドは、バッドエンドになりそうな状況を乗り越える人間を眺めるのが好きです』
――そんな、特殊な……。
三人がなんともいえない顔でドライアドを見ていると、天の声が続ける。
『今回は、お互いがひそかに抱いているイメージを相手の姿に付け足して、お前そんなこと思ってたのか……! と、仲違いを狙います』
あえて秘密にしていることを、わざわざバラすと言われた。
セオドアは思いっきり「えっ!!!???」と叫んだし、クライドは真顔で「タチ悪ぃ」と言わざるを得なかった。シャルロッテは「まあ構わないけれど」と一人だけ清廉潔白を主張した。
『それでは、まずは――』
ポン、という音を立てて、シャルロッテが白い煙に包まれた。
びくりと肩を跳ねさせるセオドア。クライドがこれでもかと顔をしかめる。
「まずいな……これは阻止できねぇ」
煙が晴れると、そこには、猫耳尻尾の天使という属性盛々のシャルロッテが立っていた。
彼女は、自分の猫耳を触り、体をひねって尻尾や羽を見てから「ええと……どういうこと?」と、これをイメージした兄弟を見回した。
セオドアが、視線を泳がせまくる。
「いや、あの、えーっと……仕方なかったというか、ほら、天使が連れてきたって話があったから……じゃあ天使なのかなって……」
『彼はあなたをスイートマイエンジェルだと思っています』
天の声がバラした。セオドアは悲鳴をあげて卒倒した。
羞恥で真っ赤になった顔を両手で覆い動かない弟を、クライドが揺り動かす。
「おい、セオ、しっかりしろ……!」
「クライドは、私のことを猫みたいだと思ってたの……?」
シャルロッテに尋ねられ、彼も動かなくなった。妙齢の女性を猫にたとえることの是非について、馴れ馴れしくて良くはないだろうなと自覚している。懐いているようで懐いていなくて、なぜか気を惹かれるなんて口が裂けても言えない。
『彼はあなたを、懐いているようで――』
「おい。やめろ。おい」
『うふふ、裁定者に対してこんなイメージを抱いているなんて』
天の声が笑った。
「は? ダンジョンの機能じゃねえのかよ……!」
クライドの発言に、シャルロッテが辺りを見回す。
「えっ、どういうこと? 人がいるの?」
「古代エルフの生き残りが、直々に俺たちを監視しながら弄んでやがる」
『ただの試練ですよ、黄金リンゴを与えるかどうかの。さあ、裁定者よ、人類からずいぶんとナメられているようですけど……どうします?』
兄弟が、人類の命運ではなく個人的な事情で焦った視線をシャルロッテにむける。
しかし、当の本人は、こてんと首をかしげた。
「どう、と言われても……このくらいで怒ったりしないわ」
『あら、今回の裁定者は、ずいぶんと大らかに育ちましたね』
「まあ……そうなの、へえ〜とは思うけれど」
微笑みの意図がわからなくて怖い。
セオドアは、もうワケがわからなくなりながらも尋ねた。
「あの、ところで……裁定者って……なんなんですか……?」
セラが教えてくれなかったので、セオドアは初耳の単語だった。かといって、シャルロッテたちも詳しいわけではない。
「あの、なにか、知っているんですか?」
彼女の問いかけに、天の声が答える。
『はい、人類が存続するべきか――繁栄するべきか――そういったことを判断する、神が作った機能です。私たちエルフには関係がないので放置していますが、いくつか過去の裁定者の判断で滅んだ文明もありますね』
文明を滅ぼすことができる。その事実に息を飲んでから、シャルロッテはずっと疑問だったことを口にした。
「では……どうして、浄化をするのに魔物を食べる必要があるんでしょうか」
『それは――裁定の力で滅ぼす時の、ワンクッションのようなものですね』
一体、なにを言っているのだろうか。三人が怪訝な顔をしている内に、言葉が続けられる。
『裁定者の器は、人間に限りなく近いですから。ついカッとなって間違いを犯すこともあります。はじめから対象の遺伝子情報を持っていては、あまりにも簡単に壊せてしまうので、相手のことを考える猶予を持たせるため――と、かつて地上に舞い降りた神は語っていました』
天の声は、シャルロッテたちに考える猶予など与えず
『それでは、次に行きますね』
と、クライドをポンと白い煙で包んだ。
「あっ……」
シャルロッテとセオドアが見守る中、煙が晴れて――
首から『私は人外です』と書かれた看板を下げたクライドが立っていた。
「……お前ら……」
眉を寄せられても、シャルロッテは動じない。
「仕方がなかったの」
目をそらすついでに、セオドアは天井を仰ぐ。
「兄さんのこともわかるんですか……?」
『こちらの分析魔法では、変態的に強いただの人間と出ています』
「っふ、変態――」
思わぬ言い回しに、セオドアが笑いかけた時。何の前触れもなく、彼の体をポンと白い煙が包んだ。
「えっ、なに!? なにが変わってます……!?」
不意打ちされたセオドアが、シャルロッテたちに助けを求める。しかし
「うーん、特になにも……」
「変わってねぇな」
二人が近くで見てみるが、わからない。
「えぇ、なんだろ……」
セオドアが自分の体を触ってみる。そして、胸の辺りで気がついてしまった。やわらかい。
「えっ…………ちょっと、ある…………」
シャルロッテとクライドが、同時に「あー……」と声を漏らした。
セオドアが、外観からはわからない胸のふくらみを隠すように身を抱いて叫ぶ。涙目で。
「あーじゃないですよ、あーじゃ! なんっでオレを女の子にするんですかぁ……!?」
「不可抗力だろ」
「黄金リンゴのためだから」
「ちょっとは悪びれて……!?」
「昔よりは男らしくなったと思うぞ」
「女の子のあなたも好きよ」
「うわーっ!!!!!」
キャパシティオーバーで再び叫ぶセオドア、ふと自分の脚の付け根を見て愕然とする。
「え…………こっちも、ある…………」
今度は、シャルロッテとクライドも衝撃を受けた。どっちもある。
天の声が、のほほんと言う。
『ここに組み込んだ術式は、付与しか出来ないのでぇ。元からある物は取れないんですよ。ほら、裁定者にも人間の耳が残っているでしょう?』
たしかに、猫耳とは別にある。
しかし、セオドアの混乱の比ではない。
「えっ、これ、元に戻ります……よね? 待って体の中は? えっ、どっ、どうしよう、どうしてくれるんですかぁ……っ?」
半泣きで抗議してくるセオドアに、二人は
「責任は取る」「責任は取るわ」
と、妙に頼もしく言った。
それを眺めて――ここにきてはじめて、無表情だったドライアドがニッコリする。
クライドは引いた。
「こいつ変態だろ……」
結果、三つの黄金リンゴをもらうことができた。
セオドアが受け取る時、ドライアドは木の根を操って、彼の手のひらをトントン、トンと不規則に叩く。
「……信号? えっと……『きみカワイイね』……? ど、どうも……」
率直な感想に引きつつ、なんとか礼を言った。
シャルロッテもリンゴを受け取り、キラキラと輝くそれを手に目を瞬く。
「なんだか、あっさりもらえたわね。希少品というから、もっと大変なのかと……」
『そのドライアドは、そもそも自分好みの美男美女が織りなす人間関係からしか得られない栄養で魔力を――……あら。いつの間に。一体どこから……』
一般人には理解しがたい解説をしていた天の声が、ひとりごとを言い始める。
『なるほど……弾き出しておかないと』
『お姉ちゃーん、もう出かけるよぉ!』
『あっ、はーい! いま行きまーす!』
途中で、幼い少女の声が割り込んできて、それからパッタリと天の声は途絶えてしまった。
自分の身を抱いて座り込んでいたセオドアが、バッと天井を見る。
「えっ、どこ行った……!? これ戻るの!? ねえ!?」
応答はない。仕方がないので、人外看板クライドは猫天使シャルロッテに全ての黄金リンゴを渡し、セオドアくんちゃんを連れてそのまま外へ出た。
ダンジョンから足を踏み出すと、なにもかも元通りになっていた。三つの黄金リンゴを除いて。
「よかったわね。これ、空間魔法にしまえる?」
シャルロッテが、ようやく落ち着きを取り戻したセオドアにリンゴを渡す。
クライドは前へ進みながら、姿の見えないポポを探した。
「あの鳩、どこ行きやがった? 帰り道の案内は――」
その直後。
背後で、シャルロッテの短い悲鳴が聞こえた。
「――!?」
とっさに振り返ると、ダンジョンの扉が勝手に開いて、中から無数の木の根がシャルロッテとセオドアを絡め取って行くところだった。
即座に駆け寄るも、届かない。
二人が消えた扉の先には、当然のように、木の幹があるだけだった。
分断された。そもそも、ダンジョンの扉が勝手に開くなど、聞いたことがない。
「…………は?」
理解が追いつかなくて、油断した自分が許せなくて、クライドは地の底から響くような声を漏らしてその場に立ち尽くした。




