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9話―② フライドサラマンダー

 セオドアの腕を引いて助け起こしながら、クライドは眉間にしわを寄せた。


「あいつに、なにか脅されたのか」

「いや……脅されたというか、シャルロッテのことで……」


 どこまで話していいものかと口ごもるセオドアを見て、大体のことを察したシャルロッテは淡い苦笑を浮かべる。


「ああ、いいのよ、彼女はそういう人だから。私も異論はないし」


 クライドの眉間のしわが深くなる。

 セオドアも、先ほど自分が必死に否定した“人類を脅かす可能性がある異能を、シャルロッテごと葬り去る”という方法を他でもない本人に受け入れられたことに動揺を隠せなかった。


 しかし、彼女は、甘く軽くふわりと微笑む。


「でも、その様子だと突っぱねてくれたのでしょう? その気持ちは、とっても嬉しいわ。ありがとう」

「―――」


 喜んでいいのか、嘆いていいのか、もう何がなんだかわからなくてセオドアは「とにかく兄さんから離れないでください……」と、人外並みに強い兄へ全てを託すしかなかった。

 そこへ、廊下から、ガラガラガラと何か台車状のものが転がってくる音がする。急速に近付いてくる。

 程なくして、料理を運ぶためのサービスワゴンを暴走車のごとく押して、セラが部屋に飛び込んで来た。


「シャルーっ! ちょうどいいからこれ食べて! 遠隔浄化してほしいの!」


 ワゴンの上の、銀の覆いをバッと取ると、炎のように赤いトカゲがいた。ちょうど大皿に収まるくらいの、そのままの姿で横たわっている。

 あまりにもトカゲなので


 ――トカゲ……。


 と、シャルロッテが見つめているところに、セラが注釈を入れた。


「サラマンダーよ。マグマがドロドロの火山地帯にたくさんいるから、探して浄化するのも大変でなんとか一匹だけ捕まえてきてもらったの」

「ええと……調理してもらってもいいですか……?」

「ええ、早いに越したことはないけど、そのくらいはね。じゃっ、あとは任せたから!」


 セラがまたゴム毬のようにビュンと外へ出て行く。

 調理を任されたクライドは、言いたいことはいくらでもあったが、なぜか皿の上に乗っている生のサラマンダーに視線を落とした。


「あー……サラマンダーか。ドラゴンよりは鶏って聞いたことはあるけど……。セオ、蜂蜜持ってるか?」

「え、はい、たしか……蜂蜜マーガリンをパンに塗りたいなと思って入れたような……?」


 空間魔法に手を突っ込み、ごそごそするセオドアに、シャルロッテが「美味しいわよね、蜂蜜マーガリン」と微笑みかける。

 急に話しかけられたので、彼はテンパった。


「えっ、あっ、はい……! あのっ、一生供給するので好きなだけ食べてください……!(?)」

「ふふ、楽しみね」


 自分の言動にも付いて行けていないまま、セオドアが蜂蜜の瓶をクライドに渡す。


「あ、えっと、これをどうするんですか?」

「サラマンダーはな、表皮近くに毒があって、蜂蜜で解毒しねぇと舌がピリつくらしいんだよ。あと、普通に肉がやわらかくなる」

「蜂蜜で……解毒を……?」

「そういうモンなんだよ。あと、もし将来お前が親になった時、蜂蜜にもヤベェ菌がいる可能性があるから一歳未満児(小せぇやつ)には与えんなよ」

「は、はい……」

 ――オレが、親に……?


 セオドアがその可能性について考え、将来設計上隣にいてほしいシャルロッテの方をちらりと見ると、彼女は蜂蜜の瓶をじっと見つめて


「そう考えると、普段の食生活も()()()()なものよね……。蜂蜜なんて、虫が出しているんだし」


 と、身も蓋もないことを言っていた。ここで二人の目が合うことはない。

 クライドは、サラマンダーをぱっと捌くと、ボウルに入れて蜂蜜をまとわせる。


「こいつの耐火性能は皮にあるから、剥げば普通に熱が通る。防具にも使えるし、とりあえず返却するか。――で、どうする? 淡白らしいし、ガッツリ味付けて揚げるか?」


 シャルロッテが満面の笑みでうなずく。


「ええ。会議室で揚げるのもなんだから、厨房へ移動しましょうか」


 空いている厨房は勝手に使っていい、という間違った知識を彼女はセラから教わっている。

 結果、なぜかサービスワゴンを押して歩く黒くてデカくて怖い男を、廊下ですれ違った職員が「敵襲……!? じゃ、ないかさすがに……。いや、え?」と二度見する事態が発生した。


 厨房に到着すると、クライドはフライパンに張った油を加熱し、ボウルに鶏卵を割り入れる。


「あとは小麦粉、ブラックペッパー、ガーリックパウダー、コンソメ、塩コショウ……シャルロッテ、醤油は普通に食えてたよな?」

「ええ、美味しかったわ」

「じゃあ入れとくか。全部混ぜたら、肉をぶち込む」


 どろっとした液の中にサラマンダーをもぐらせてから、彼はバットの上に白い粉を広げた。

 シャルロッテが、じっとのぞき込む。


「それは?」

「片栗粉。これを最後に付けて揚げると、衣が分厚くなってザクッとして、やべぇモン食ってんなって気になる」

「素敵ね」


 大真面目に、シャルロッテがうなずいた。

 セオドアがボソッと言う。


「兄さん、健康的な食生活を送らせようって気あります……?」

「……わかってる。わかってるんだよ……」


 喜ばせればいいというものではない。頭で理解してはいる。

 葛藤しながらも片栗粉をまんべんなく付けていると、シャルロッテが全幅の信頼を寄せた目で見上げてくる。


「いいわよ、あなたの好きにしてくれて」

「……お前は、また、そういうことを……」


 他のやつには言うなよ、という言葉と共に、熱した油に入った肉と衣がジュワッと音をあげた。


 カラリとキツネ色に揚がった肉が、バットの網上に乗せられる。


「――よし、フライドサラマンダー」


 先ほどから、せめて野菜をとセオドアがむしったレタスを渡され続けているシャルロッテが、それをシャクシャクしながら寄ってきた。


「もう食べてもいい?」

「熱いぞ。気を付けろよ」


 彼女は、にこりとうなずいてフォークをフライドサラマンダーに突き立てた。ザクリと、それなりに手応えがする。


「ふふ、硬いわね」


 ふーふーと冷ましてから、かじる。厚い衣は香ばしく歯ごたえがあって、それだけで満足感が上がる。中のやわらかな身を噛むと、口の中に肉汁がじゅわりとあふれた。


「ん、ふふ、熱い、美味しい」

「だから熱いって言ってんだろ」


 クライドが呆れたように笑う。セオドアがすかさず水を差し出す。


「ええ――ありがとう」


 一口飲んでから、シャルロッテはフォークの先の肉をまじまじと眺める。


「やっぱり、蜂蜜がほんのり甘いのね。衣はしょっぱくて、コクと旨味もあって……もうこれは“全て”が詰まってない?」

「言いたいことはわかる」


 クライドがひとつ、ひょいとつまみあげて自分の口へ放る。熱いけど、このくらいなら彼は平気だ。

 セオドアも、丁寧にふーふー冷ましてから食べる。


「ん〜! すごい、ザクザク。肉は舌触りがいいし……ブラックペッパーもよく効いてますね。というか、醤油がこんなに合うんだ」


 三人で一通り楽しんでから、シャルロッテがハンカチで口元を拭く。


「それじゃあ、世界中のサラマンダーを浄化すればいいのかしら」


 そこへ、セラが大慌てで走り込んできた。


「あっ、いたぁ! ちょっと待ったぁ! ソレ、いま、生息地周りの瘴気が増えてるから! 全部浄化するのキツイかも!」

「わかりました」


 こくりとうなずくシャルロッテ。そのまま胸の前で両手を組む。


「本当にわかってる!?」「本当にわかってるのか」「本当にわかってます??」


 平然としすぎていて三人から突っ込まれる。


「ああ、ここで倒れたら運ぶのが大変?」


 そういうわけじゃないけど……という反応をもらった彼女は、頼もしく宣言した。


「魔力が切れそうになったら、また食べます!」


 ◇◇◇


 二時間後、シャルロッテはセオドアにぴったり寄り添われて宿屋までの道を歩いていた。


「あの、シャルロッテ、本当にもう大丈夫なんですか……?」

「ええ、さっき夕食もたくさんいただいたし」


 彼女は宣言通り、倒れる前に浄化を中断したがそれでもフラフラだった。それを見かねたクライドが、馴染みの飲食店オルテンシアまで担ぎ込んで店主に「食いもん出せるだけ出せ」と強盗ばりに無茶な注文を付けシャルロッテに食べさせまくった。


 彼女は大真面目な顔でクライドに


「私、力の使い方が上手くなってきた気がするの」


 と申告しているが、セオドアは、激しく消耗するほどの使い方をしているのをはじめて見たため気が気でなかった。


 ――シャルロッテ……ずっと、これを続ける気なのかな。いくら、一度凶暴化した魔物は瘴気への耐性が付くといっても、世代交代したらまた繰り返しだし。そもそも数が多すぎるし。世界中から、瘴気が……人間の負の感情が消えるなんて、ありえないし。もっと手を抜いて、ほどほどにした方がいい……なんて、不誠実かな。


 そっと、彼女の様子を盗み見る。清廉で、気品のある横顔は、まっすぐ前を見据えていた。


 ――ああ、やだな、そんな人とは思わなかった、なんて思われたら……。そもそも兄さんだけで事足りてるんだから、考えが合わないならサヨナラなんてことに……?


 脳内シャルロッテが、慈愛に満ちた笑みで

「無理はよくないわ。私たち、別れましょう」

 と、なぜか別れ話みたいに切り出す。


 ――いや、駄目だ、オレもちゃんと気に入られるようにしよう……!


 そうは思うものの、


 ――でも、どうやって……?


 シャルロッテが初恋(?)のセオドア、経験がなさすぎてその方法が全くわからなかった。


 宿屋に着いて、クライドが一階奥にあるシャワー室の扉を指し示す。


「シャルロッテ、今日はさっさと風呂に入って寝ろ。あっちだから」

「ええ、じゃあ、お先に失礼するわね」


 セオドアから数少ない手荷物を受け取り、彼女は扉の向こうへ消えて行く。

 クライドと二人きり。セオドアは、今だ、と思った。


「兄さん。シャルロッテは、髪が短い男の方が好きだったりしますか?」

「……は……? …………知らねぇ」


 なにがどうなってその質問に至ったのかわからないクライド、訝しげにそばのテーブル席へ腰かける。


「どうした」

「いや、そばに置いてもらうので、少しでも好みに合わせようというか……兄さんみたいにした方がいいのかなって」


 とりあえずクライドに寄せておけば間違いない(だって格好良い)と思っているセオドアは、彼の隣に椅子を引いて座った。

 真剣な眼差しでじっと見つめてくるセオドアの、結ばれた後ろ髪をクライドが指ですくう。


「お前は髪やわらけぇから、俺みたいにはなんねぇだろ」


 言ってみて、重要なのはそこじゃないなと思った。


「つーか、なんだよ、そこまでしてシャルロッテの気を引きたいのか? 必死だな……」


 呆れを通り越して、感心すら覚える。

 セオドアは、ちょっといじけたような顔をした。


「兄さんは余裕そうですね。絶対に手放されない自信があるんだ……」

「あいつは別に、そこまで俺に執着してねぇよ」


 意外な答えが返ってきた。セオドアが大袈裟に驚く。


「えっ? で、でも、八年も関係が続いてるんでしょ? どう見ても大好きじゃないですか」

「……あいつはな、いまいち言うこと聞かねえっつうか……」


 クライドが顔をしかめる。口調がちょっと、愚痴っぽい。


「昔から、無理はすんなって話してきたつもりなのに、今でも普通に体張るだろ。うなずいても、その場だけ。仮に“大好き”なら、さすがに心に残ると思わねぇ? 別に、言いなりにしたいわけじゃねえけどよ」

「それは……」


 ついさっき目の当たりにしてきた光景なので、反論できない。

 クライドは、足を組んで、テーブルに頬杖をついて、明後日の方向を見た。


「あいつが俺の所に来るのは、都合が良いからだよ。戦力になって、一線を侵さず、それなりのコミュニケーションが取れる。あくまでも、雇い主と傭兵の関係。――まあ、契約切られれば応じるだけ、と思ってる分余裕に見えるかもな」


 彼から微かに聞こえた吐息は、ため息だったのかもしれない。

 やがて、肩にタオルをかけたシャルロッテが荷物を抱えてシャワー室から出てきた。その長い髪は、まだ濡れていて小さな雫をつけている。

 クライドが、流れるような動作でポーチから超吸水力のふわふわタオルを取り出し、彼女に渡した。


「早かったな」

「ええ、さっさと入って寝ろって言うから。――ありがとう」

「そういう意味じゃねぇよ」


 呆れたように、軽く笑うクライド。

 そのやり取りを見て、セオドアは思う。


 ――いや、一線って。兄さんの方は、めちゃくちゃ内側に入れてるような気がするけど。……もしかして、強がってる?


 彼は、なんでもないような顔をしている兄に疑わしげな目を向けた。

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