9話―① ラスボスは誰だ
ろくでもない用件だったら、斬りかかろうと思った。
『人間の愚行は目に余る。裁定者は、今すぐ目を覚まし制裁を――』
斬りかかった。
「はあ? お前の都合を押し付けんな……!」
防御魔法でいくらか抵抗されたが、力任せに叩き割る。
ローブの下、うごめく足の一本を斬り落とした時点で、魔物の王は身を引いた。
『なんと、野蛮な……』
「弱ぇな、古参ってだけで王様気取りか?」
異形の姿が、蜃気楼のようにゆらめく。
『人間こそが、瘴気の発生源だというのに……』
「あっ、おい、待て!」
剣で薙いでも、それは空を斬るだけ。魔物の王は、気配ごと完全に姿を消した。
「チッ……転移魔法かよ」
苦々しく吐き捨てて、クライドはシャルロッテたちの元へと引き返した。
「魔物の王とかいうワケわかんねぇやつがいきなり絡んできた。同じ言語しゃべってるだけのイカレ野郎だから、お前ら関わるなよ。特にシャルロッテ、能力のせいで狙われてるから一人で行動するな」
クライドが戻ってきて早々そんなことを言うものだから、二人は眉をひそめ目を瞬いた。
クライドが、ポーチに入らないほど太く長い触腕をセオドアに渡す。
「これ、解析できるやつがいるかもしれねぇから保管しといてくれ」
「え、あ、はい……。あの……兄さんが、取り逃がしたんですか?」
おずおずと尋ねてくるセオドアに、クライドは恥じるでもなく言う。
「転移魔法を使われた。初っ端から周り吹き飛ばす勢いでやるべきだったな」
「え……? 転移魔法ですか? そんな、もう古代エルフの生き残りしか使えないって言われてるのに……」
「まあ、大昔から存在してるっぽい口振りだったからな。下位互換程度の能力はあんじゃねえの」
クライドすら忌避感を滲ませる様子を見て、シャルロッテが不安をのぞかせる。
「そんなに、すごい魔法なの?」
それに対して、愕然としていたセオドアが、空間魔法で触腕を亜空間へ収めて見せた。
「普通は、こうやって、外から亜空間に干渉するか――空間魔法が付いたポーチのように、A地点から亜空間を通過してB地点へ干渉するのが限界なんです。自分の体は、常にこちら側の世界に存在していないといけない」
「ああ……亜空間に入ってしまったら、時間が止まったようになるから。脳機能まで停止したら、動けないわね」
シャルロッテは、サーモニュクスの体内にいたセオドアの両親のことを思い出す。飲み込まれた直後から記憶がなく、吐き出されるまで不変だった。
「はい。それどころか、高確率で魔法自体が乱れて、移動中の体があっちとこっちで分離することになります。それを、なんらかの技術で行動可能にして、亜空間から抜け出してるんでしょうけど……」
理解が及ばず言い淀むセオドアの言葉を、クライドが引き継ぐ。
「攻撃を避けるのに使わなかったのは、おそらく、目印となる魔法陣を置いた先にしか出られねぇっつうことだが……逃げ場だけならいくらでもあって、しかも、こっちが対策できねぇ魔法を他にも使ってくる可能性がある」
「そんな……私、どうすれば」
「……いや、まあ、逃げ帰ったっつうことは、俺には太刀打ちできないと判断したわけだろうし。不便にはなるけど、離れなければそこまで悲観する事態でもねぇだろ」
次は初手で潰す、と彼が宣言したから、本当にそうなるんだろうなとシャルロッテたちは納得してしまった。
しかし、セオドアは“離れなければ”の部分が気になって、控えめに発言の挙手をする。
「あの……でも、それって、オレたち四六時中一緒にいないといけないってことですよね? どこでどうやって生活するんですか……?」
三人が、無言で顔を見合わせる。誰もなんの意見も出せないので、シャルロッテが「上司に確認してみます」とその場をセラに丸投げした。
元いた町に戻ってから、真っ先に教会へ足を運ぶ。セラをつかまえて相談があると伝えると、三人そろって奥の小さな会議室に通された。
テーブルの向かいに座って、セラがいつも通りテンション高めで応対する。
「さっ、相談ってなあに? あっ、人払いは済ませてあるから安心してね〜!」
かくかくしかじか、シャルロッテは海辺の地域へ行っていた間のことを報告する。魔物の王の話題を出しても、セラは驚きこそすれ明るい調子のまま返答した。
「あらぁ、それじゃあ念のため、あなたたちのご両親には現地の教会から護衛を付けて〜」
後ろに立っているクライドとセオドアを見て、それから彼女はシャルロッテへ視線を戻した。
「暮らす場所の件だけど、職員以外を教会に住まわせるとなると手続きが煩雑なのよね〜。ちょっと時間をもらえるかしら。あと、セオドアちゃんの正規雇用について二人きりで話したいから、クライドちゃんとお散歩してきてくれる?」
「はい。わかりました」
なんでちゃん付けされるんだろう、と納得いっていない様子のセオドアを置いて、シャルロッテはクライドと共に部屋を出る。静かに扉を閉めて、隣を見上げた。
「でも、あまり離れない方がいいわね。魔物の王が、誰を狙うかわからないのでしょう?」
「ああ。海岸にいた俺たち三人の誰かが裁定者、っつうところまでしか把握してないっぽいからな。とりあえずここで待つか」
その会話は、部屋の中にまでは届かなかった。会議室に設置されている消音魔法の装置に、セラが魔力を流したから。
その光景を、セオドアが不思議そうに見る。視線に気付いたセラは、うふっと笑ってみせた。
「大丈夫よ、ただの消音魔法だから。座って?」
「は、はい……」
――でも、人払いしたって言ってたのに。兄さんとシャルロッテにも聞かれたくない話……?
椅子に座り、そわそわとする彼に、セラは妙に落ち着いた声音――いや、普通の人はこれが標準程度の声音で言う。
「じゃあ、とりあえず、さっき言ってた魔物の一部を見せてくれる? 簡単な解析魔法なら使えるから」
「はい。これです」
テーブルの上に出される大きな触腕。
「うん、これはタコ……いや、イカみたいね。吸盤にトゲがあるわ」
シュールな光景にコメントしつつ、彼女は触腕に手をかざしながらしゃべる。
「ところで――あなたの正規雇用の話、っていうのは半分建前なんだけどね」
「え?」
「私、さっき、魔物の王の話を聞いて思ったの。目的は、まあ、人類への加害行為に他ならないだろうなって。そんなものに、シャルロッテの力を利用されるわけにはいかないのよ」
「は……はい。あの……浄化の力、ですよね、彼女が持っているのは」
「今はね。でも、一度あちらの手に落ちたら、何をさせられるかわからない。どれだけ離れていても対象にできる、という素養があるだけで危険よ」
「それは……そうかも、しれないですけど。安全のために、教会から出ないように、とか……?」
軟禁生活になってしまうのだろうか。不安げに問うてくるセオドアに、セラは微笑む。
「私はあの子に、一人の人間として自由に生きてほしい。幼い頃から、ずっと、今でも幸せを願っているわ」
「じゃあ……」
セオドアの顔色に、安堵の色が差す。
その矢先、セラの微笑みからスッと温度が抜け落ちた。
「――でも、それも、人類の敵になるまでの話」
セオドアは言葉を失った。どうしていいかわからず、ただ、心臓が嫌なリズムを刻むのを感じながらセラの言葉を聞く。
「はじめはね、あの子は絶対に人間を裏切らないと思ったから自由にさせていたけど。でも、得体の知れないモノが介入してくるなら話は別だわ。守りきれるなんて考えない方がいい。――あの子には幸せになってほしい、だなんて私情で、その他大勢を危険に晒すわけにはいかない」
彼女の小さな体が、温もりのない微笑みが、とても恐ろしく見えた。
「セオドア。何かが起こる前に、シャルロッテを――」
ガタン、と音を立てて、セオドアが椅子から立ち上がる。
「承服できません」
恐怖と、焦燥で、彼の息があがる。殺してと、そう命令されかけた。
セラは、小さく首を傾げた。
「それで、もしも、みんなが――あなたのご家族が、死ぬようなことになっても?」
「っ……」
「あなたが適任なのよ。シャルロッテのために自分の命を差し出すの、即答できなかったでしょ?」
痛い。胸が痛い。なにも否定できない。
それでも嫌だ、嫌だ、嫌だ――彼は、大きく脈打つ胸をつかんで、声を振り絞った。
「オレは……! 彼女を手にかけるくらいなら、ここで死にます……!」
閉ざされた部屋に響く音。やがて訪れる一時の静寂。
セラは、再び、ころりと温度を取り戻して笑った。
「ふふ、若いわね。でも、まあ、合格かな」
また、セオドアが言葉を失う。
セラはお構いなしで続けた。
「そのくらいの気概でシャルを守ってねって話。あ、でも、あなたが実行してくれるならそのまま頼んでたわ。他にクライドちゃんを出し抜ける人材なんていないから諦めるけど」
虚をつかれて固まっているセオドアに、彼女はテーブルの上の触腕をちょっと押して寄せた。
「はい、解析終わり。やっぱりイカっぽいなぁしかわからなかったけど、もう完全に本体からの接続は切れてるから安全っちゃ安全よ」
「あ……はい……」
「ちなみに、さっきの反逆行為は試用期間ということで不問にします。で、どうする? 私は正規雇用に移ってもいいと思うけど」
「あ……はい……」
「よーし、じゃあ契約書用意しとくから。あと、結局クライドちゃんがいるところが一番安全だと思うから、シャルには外泊許可出しとくわね。一緒のお部屋で寝てあげて。手は出しちゃダメだけど」
「あ……はい……」
セラは、それから、ああ忙しい忙しいと言って何事もなかったかのように部屋を駆け出て行く。
シャルロッテたちが廊下から顔を出すと、セオドアは、椅子と机の間にへなへなと座り込んだ。
「こ……怖かったぁ……」
一体何事かと、外で待っていた二人は顔を見合わせた。




