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8話―② みんなで山の幸の塩鍋

 セオドアの放った複数のクナイが、ツノウサギの群れを的確に仕留める。――のを、目の当たりにしたシャルロッテ。


「あの、私、一度にそんなに入らない……」


 更に、クライドの剣がワイルドボアの頭部をサクッと突き刺す。――のを、目の当たりにしたシャルロッテ。天啓を得る。


「――ああ、そうだわ、野菜がないなら魔物を食べればいいじゃない」


 食事に困っているみんなに、とりあえず炊き出し(魔物料理)を振る舞うことにした。


 大量の食材――ツノウサギ、ワイルドボア、エノキング、普通のシメジ、野生のニラ(採取を手伝ったシャルロッテがよく似た毒草を混入させたのでクライドが選り分けた)――それらを村へ持ち帰り、セオドアが特大の寸胴鍋を空間魔法からよいしょと取り出す。


「ふう、用意しておいてよかったです。炊き出しに使うとは思ってませんでしたけど」


 三人で使うにしても大きな鍋。シャルロッテの胃袋はブラックホールだと思われている。


 並べられたツノウサギやらワイルドボアやらを見て、村人たちが「魔物……?」「なぜ……?」とつぶやきながら遠巻きにこちらを見ている。

 エノキングを踏み倒し、ひげ部分を斬り取っていたクライドが、その輪に向かって普通に目付きが悪いまま聞く。


「おい、お前らも食うか?」


 目が合ってしまった哀れな村人が、ひぅ……と悲鳴を漏らしてから答えた。


「は、はい……いただけるのなら……っ。もう、みんな、お腹を空かせているはずなので……」

「本当に食えるモン残ってないのか」

「っあ、もやしなら、屋内で育ててたので……。あと、かろうじて無事だったニンジンとキャベツの端っことか……」

「日持ちしねぇモン、使っても問題ねぇモンは出せ」

「はっ、ハイ!」


 一連のやり取り、そして解体されていく魔物を見て、村人たちが「く、食うのか……!?」「魔物を……!?」とざわめく。

 手際よく、を超えて高速で切り分けられていく食材たちを見てから、シャルロッテは村人たちを見回し誰にともなく尋ねた。


「あの、一応、村長さんにも許可を取りたいのだけれど……いま、いらっしゃいますか?」


 すると、我こそはと、主に男性と子どもが回答する。


「村長なら」「肉をもらいに」「村長」「野菜ないけど」「隣村が畜産を」「物々交換で」「知らな〜い!」


 大人気のシャルロッテ、一気に聞こえてきたのでわかるようなわからないような状態に陥っているところに、よその村の若者が走ってきた。こちらの村長を縄でぐるぐる巻きにして引っ張りながら。


「おいっ、食料を出せ! さもなければこいつを――!」


 そして、大量の食材を見てから


「あーっ、やっぱり! 何もないからタダで肉よこせとか嘘吐きやがってぇ!」


 とナイフを振り上げたので、飛んでいったセオドアから首筋に手刀を叩き込まれノックアウトした。


 セオドアが「褒めてください!」と言わんばかりの顔で見てくるので、シャルロッテは「傷害事件だわ……」と思いながら微笑んでおいた。教会には正当防衛で報告しておくことにする。

 隣村の若者もまた、簀巻きの隣で簀巻きにされ、目覚めた頃には食材を全部突っ込んだデカい鍋が完成していた。ゆで上がった食材の香りをかぎながら、彼はうるうるとした目でシャルロッテを見上げる。


「あのぉ……うちの村、魔物の被害で家畜が逃げ出してしまって……空腹なので、食べさせてくださぁい……」


 クライドが「そいつら憲兵に突き出せ」ともっともなコメントをした。

 食材の盛られた器が、まずはシャルロッテに渡される。きのこを筆頭に、良い香りが湯気と共にふわっと広がった。

 セオドアにも器を渡したあと、クライドがおたまを片手に村人たちへ「おい、皿持って並べ」とぶっきらぼうながらも世話を焼いていたので、シャルロッテは安心して具材てんこ盛りのスープを口に運ぶ。


「いただきます――」


 各種の肉と野菜ときのこで、もう何がなんだかわからないが――


「あら、クライド、これってなにか調味料を入れてた?」

「塩ぶち込んだ。湯に対して1パーセントくらい。具材の相性が良けりゃ、それだけで食える味にはなるけど……なんか加えるか?」

「いえ、食べられる味というか……この、スープなんて特に、具材の味が染み出していてとっても美味しいわ」


 にこにこするシャルロッテの隣で、セオドアが微笑む。


「ほっとする味がしますね」

「ね。あったかい」

「――そうか」


 クライドは、満更でもなさそうな顔で配給作業を続けた。

 なにも知らない小さな男の子は、鍋の前にいる大きなお兄さんは怖いし、綺麗なお姉さんでは緊張してしまうので、比較的親しみやすいセオドアのところへ行って器の中の肉を指差す。


「ねえねえ、これ、鶏しゃん?」

「それはね、ツノウサギ」

「うしゃぎ――」


 固まってしまった。うさぎ。しかもツノ。

 大人たちも、ワイルドボアの肉に不安げな眼差しを向けてから、恐る恐る口に入れて――


「うっ……美味い! なんだぁ、この濃い肉は!」

「本当ねぇ、魔物なんて嫌なだけだったけど、こんなに美味しいなんて」


 それは本当かと、躊躇っていた人々も次々に口へ運んでは頬を緩ませている。

 クライドは簀巻きにされている二人を無視して自分も食事を始めてしまったので、シャルロッテが予備の器に鍋をよそって簀巻きの元へ持っていく。しかし、ぐるぐる巻きの縄をどうすればいいかわからない。


「ええと……一旦ほどいてあげて?」


 クライドが、仕方なさそうに歩み寄ってきて簀巻きを見下ろした。


「とりあえず食って、余裕が出来てからどうするべきか考えろ」


 ほどくのが面倒で剣を抜こうとしたら、簀巻きから悲鳴があがったので代わりにセオドアが助けてあげた。それでもクナイを取り出されたので、生きた心地がしなかったと後にその二人は語る。

 話を聞きつけた隣村の住民もやってきて、みんなで山の幸の塩鍋でお腹を満たす。各々の村長が、シャルロッテたちにしみじみと言った。


「いやあ、実は、国や教会に相談してもこの地域だけを優遇することは出来ないと言われてしまって……」

「我々は元々、助け合って生きていたのですが、最近は食料を巡ってぎくしゃくすることも多く……。ああ、なんだか、どうしてそんなに悲観的だったのかわからなくなってきました。どう工夫するべきか、皆で知恵を出し合うのが一番ですね」

「わしらに狩りは難しいが……罠を張ってみるかねえ」


 疲れてはいそうだったが、微笑む村長たちにシャルロッテも微笑み返す。

 すると、遅れて隣村からやってきた男が、クライドを見るなり声をあげた。


「ああっ、闇の帝王じゃないか!」


 その異名をはじめて聞いたセオドアは、笑いをこらえきれず器の中身がこぼれんばかりに肩を揺らしていた。子どもたちからは「闇の帝王!? ナニソレすっげー! かっこいい!」と囃し立てられる。

 クライドがものすごく嫌そうにしているのを気に留めることもなく、男は親しげに話しかけた。


「いやあ、久しぶりだなあ、覚えてる? ほら、昔、同じ軍で戦った」

「知らねぇ」

「そっかあ、そうだよなあ。でも、あんたのことは、あの場にいたみんなが知ってるよ。戦争の英雄様だもんな。あんたが出て来てから、戦局がコロッと変わって、向こうがさっさと降参してさ――!」


 過去の光景を思い出して、やや高揚した声色のあと、男はひどく落ち着いた様子で温かな笑みを浮かべた。


「俺たちは、あんたに救われたよ。またよそで戦争やってるみたいだけど、呼ばれたら行くのかい?」


 そばで聞いていたシャルロッテは、ドキリとした。彼が、いつか、遠くへ行ってしまうのではないかという不安の答えを突然聞かされるのだ。

 クライドは、シャルロッテの方を見ないようにしながら、彼女のことを考えた。――必要とされている限り、離れるつもりはない。だが、それを言えば、確実に責任を感じるだろう。

 だから「……興味ねぇ」と、努めて澄まして答えた。


 男は、特に感想もない様子で笑う。


「そうかそうか! ところで、俺に狩りを教えてくれよ。魔物が美味いって聞いてさあ!」


 最初は適当にあしらっていたが、今後のためにシャルロッテからもお願いされ、クライドは渋々その要望に応えることにした。


 ◇◇◇


 全員が食事を終えた頃。クライドは男と森へ入る前に、シャルロッテたちを振り返る。


「すぐ戻って来るから、大人しくしとけよ」

「ええ、わかったわ」「はい」


 セオドアが用意してくれていた紅茶に口を付けながら、彼女は先ほどクライドが言っていたことをぼんやり考えていた。


 ――興味がない、とは言っていたけれど……。私が、このままが良いという理由だけで、彼を引き留めていいのかしら。


 戦争の英雄。結果的に、敵味方問わず多くの命を救うことになる強さ。


 ――そのうち、彼がどちらかに付いただけで戦争が終わるのかしら。それとも、彼を巡って、また争いが起こるのかしら。……この国から要請されたら、さすがに彼も行ってしまうのかしら。


 夢物語だが、そこで一点の曇りもない瞳をしているセオドアのためにも。


 ――争いが、この世界からなくなれば……こんなこと、考えなくて済むのにね。


 しかしどうしようもないことだと、淡い苦笑を浮かべたシャルロッテは、ただただカップから温かな紅茶を飲み干した。


 一方、その頃、男に狩りの手ほどきをしていたクライドは妙な気配を感じ取って顔をしかめた。


「――おい、お前、さっきの村に戻れ。誰もここに近付けるな」

「え?」

「さっさとしろ」


 困惑する男を睨んで追い立て、一人で森に残る。近くにいたツノウサギも逃げ、やけに静かな空間の中、ずるりと何かが地面を這う音がした。

 そちらへ視線を向ける。自分より大きな、背の高いローブ姿が目に入った。

 しかし、黒いフードの中、人間の顔が位置するはずの部分には真っ暗闇しかなかった。体はうねる触腕の群れ。無数の吸盤が付いた先端が、地面をずるずると這い滑っている。


 ――見たことねぇ魔物。いや、昨日の、か。


 おそらく窓の外にいたものと同じ。それなら、追跡されている可能性がある。

 眉間のしわが深まる。剣を握る手に力がこもる。いつでも斬れるように構えていると、ローブの中から、低くて遅いくぐもった声が聞こえた。


『 お 前 か ? 』


「は?」

 ――しゃべるのかよ、気持ち悪ぃな。


 ポポの時といい、クライドは人語を解する非人類への当たりが強い。自分の理解の範疇を越えられるのが苦手なのだ。

 確実に倒せるか、わからないから。

 それが表れた渋面のまま、彼は尋ね返す。


「なんだよお前、人間じゃねえんだろ」


 今度は、それなりに速度が改善した、より人に近いしゃべり方で返ってきた。


『我は古より続く魔物の王。海の主を清めたのはお前か?』


 ――海の主? タイミング的にサーモニュクスか。で、こいつはそれを浄化したシャルロッテに用があるって? ……本当、気持ち悪ぃな。


 敵意をむき出しにしたまま、クライドは


「用件を言え」


 と、魔物の王に言い付けた。

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