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7話―③ サーモニュクスのカルパッチョ風&SUSHI!

 息子が久しぶりに帰ってきて早々、謎のデカい切り身を持ってキッチンへ入ったので、クライドの両親が廊下から顔を出し様子をうかがいに来た。シャルロッテとセオドアができうる限りの説明をしている間に、クライドは台に乗せたサーモニュクスの腹身を見下ろす。


 ――どうすっかな……寄生虫がいたら、解毒薬じゃどうしようもねぇからな。一回凍らせて殺すか? いや、解凍するのも面倒くせぇし……電気……? 感電死させるか。


 ポーチから雷の魔石を取り出して、こっそり魔力を込める。これから食べるシャルロッテに寄生虫の可能性をなるべく知らせたくない。

 バチン、と大きな音がして彼女が振り返ったが

「すげぇ静電気だった」

 と言ったら

「すごいわね……」

 と素直に驚いていたので良しとする。


 まずは毒見のために、クライドは腹身の端を切って、躊躇なく自分の口に放り込んだ。セオドアが心配そうに見つめてくる中「……めちゃくちゃ味が濃いサーモン。脂が甘い……」と、ついでに味を分析しておく。


 ――食べ慣れてねぇと、この食感はキツイか……?


 ぐにゅ、というか、むにゅ、というか。少しでも食べやすくしようと、頭の中でいくつか調理法の候補を挙げる。


「なあ、カルパッチョは食ったことあるか?」

「ええ。生の牛肉にソースをかけたものなら、セラさんが作ってくれたわ」


(セラは教会のメニューだけじゃ飽きちゃうからと勝手に厨房で料理している)


 うなずくシャルロッテのお腹が、ぐゅ〜と鳴った。クライドはそれに対してうなずく。


「ボリューム出しとくな。普通のカルパッチョとは別モンになるけど」


 そう言うと、彼はポーチから鶏のささみ肉を出して低温でゆで始めた。


「あとな、適当な葉物野菜でもいいけど――これ、ブロッコリースプラウト」


 ひょろりとした細い茎に、濃い緑の小さな双葉が付いた植物を一束取り出す。

 シャルロッテが興味深そうに、のぞき込みに来た。


「ブロッコリー……の、芽?」

「ああ。小せぇのに栄養価が高いんだと。特に味の邪魔しねぇし、彩りにもなる」


 廊下から見ていた両親は


 ――クライドが……彩りまで考えて料理を……????


 と、混乱&感動していたが、シャルロッテに食べさせるので気を配っているだけとも言える。美味しければいいので自分で食べる時は綺麗に盛り付ける労力すら省く。


 彼は、ブロッコリースプラウトの根を切り離して、軽く洗いつつ眉を寄せた。


「味付けはどうすっかな……軽く酸味を効かせるか――」


 廊下から、母親が顔を出す。


「あれ、あるわよ。セオくんが好きな、ほら、大豆のしょっぱいやつが入った酸っぱいやつ」

「なん……だって?????」


 クライドがものすごく怪訝そうにしていたので、セオドアが「醤油入りのドレッシング……」と注釈を付けておいた。

 クライドは保冷庫から出したそれらしき瓶を開け、中身をスプーンに少し注いでシャルロッテの前に差し出す。


「いけそうか?」


 ちょうど口元にあるスプーンを、受け取ろうかちょっと迷って手を上げてからやっぱりやめて、彼女はそのままパクっと口に含んだ。


「――うん、このくらいの酸味なら大丈夫。なにかしら、塩味がメインだけれど……ちょっと甘みもある?」


 それには、クライドの父親が自慢げに答えた。


「うちの畑で採れたタマネギを使ってるからね。美味いだろ?」

「はい、とっても」

「だろ〜! あとは砂糖に塩、醤油にオリーブ、香辛料も入れて――」


 シャルロッテがにこやかに相づちを打ってくれるので調子に乗る父。そちらを意に介さず、自分もドレッシングの味見をしようとクライドがスプーンを持って瓶を傾けた。

 しかし、そういえばさっきシャルロッテが使ったなと思って自分の手の甲に少量出して舐める。

 それを見守っていたセオドアは、クライドが途中で思い出して間接キスを回避したのでホッと胸をなで下ろした。


 ――いや、なにホッとしてるんだよオレ……。シャルロッテはそういうのじゃない。オレのために頑張ってくれて、オレが守るべき相手で――。


 彼女の方を見ていると、ふと目が合って微笑まれる。こてん、と首をかしげながら。


 ――そうだ……オレのために、当然みたいな顔をして、ここまで来てくれたんだ。浄化のために、毒があるかもしれない、よくわからない魔物を食べると決めてくれたんだ。なのに……。


『いざとなったら、一瞬の迷いもなく命を差し出してもらうけど大丈夫?』


 セラの問いが、頭の中で繰り返される。


 ――オレ、は……。


「セオ。ささみ、鍋から上げて切ってくれ」


 サーモニュクスを捌き始めたクライドに声をかけられる。


「あっ、はい……!」


 今は、とにかく目の前の敵に集中だ。


 セオドアが食べやすい大きさに切ったささみ。それが皿に並べられ、クライドが上にブロッコリースプラウトを添える。一番上には、程よい厚みで切られたサーモニュクスの刺身。全体に、醤油ドレッシングをかければ完成だ。白と緑と鮮やかなオレンジで彩りもとても良い。

 クライドが、難しい顔で最後の確認を取る。


「シャルロッテ――今のところ、俺はなんともねぇけど……まだ身は残ってるから、凍らせて数日様子見てもいいんだぞ」

「いいえ、サーモニュクスが遠くへ逃げてしまったらいけないもの」

「本当に、いいんだな?」


 シャルロッテが、不敵に微笑む。


「ふふ、こんなに美味しそうなんだもの。毒くらいは、まあ、いいかなって」

「それは……それはちょっと振り切り過ぎじゃねえか」


 クライドはちょっと引いた。

 まあ、今はそれでいいかと、彼は皿をテーブルに置いてシャルロッテを座らせる。


 セオドアとクライドが両手に各種解毒薬を構えて見つめてくるのがさすがにおかしくて、少し笑ってから、彼女はフォークを手に取った。

 何割か人間っぽかったのは気になる。気になるが、ペコペコのお腹が、形なんてどうでもいいと言っている。すごくおいしそう。

 せっかくなので、重なっている三種の素材をひとまとめに刺して口へ運ぶ。目の前の兄弟がものすごい形相で顔色や体調の変化がないか見てくるが、その迫力は気にしないことにする。


「ん……!」


 オレンジ色の身が舌に触れると、しっかり乗った脂がとろけるような錯覚に陥る。


「ふふ、すごいわね、本当に溶けてるわけじゃないのに。甘くて、旨みもあって――でも、脂っこくないわ。ささみと一緒だから、いつまでも飽きが来なさそう」


 もう一口、ぱくり。

 淡白だが上品な味わいのささみは、ドレッシングの味がよく絡んでいる。やわらかく、しっとりとした食感で、引っかかりなく咀嚼し飲み込むことができた。ブロッコリースプラウトも、ほとんどドレッシングの味になっているが、シャキシャキとした軽い食感が良いアクセントになっている。


「ささみって、こんなにやわらかくなるのね」

「……低温でゆでてるからな。で、どうだ?」

「美味しいわ、とっても。醤油を使ったドレッシングだから、魚ともよく合うのかしら」

「いや――そうか、美味いか、よかった。で、体調は?」


 もう毒の有無など忘れていそうなシャルロッテに、クライドがもどかしそうに尋ねる。


「なんともないわ。これ、全部食べていいのよね。魔力の補給も必要だから」


 尋ねながら、彼女は、皿を軽く持ち上げてクライドから遠ざけていた。美味しかったので渡さないつもりだ。


「……お、おう」


 はじめは魔物食自体、恐る恐る食べていたのに。ずいぶん肝が据わったものだと、クライドはなんとも言えない気持ちになった。


 ◇◇◇


 シャルロッテが一皿分のサーモニュクスを食べ終えてから、セオドアたちは砂浜へと向かった。クライドが、沖合の方をじっと睨む。


「一応、大昔に船として使われてた魔物だからな。正気にさえ戻れば、言葉が通じる可能性はある。体内の亜空間にいるなら、時間が止まったまま生きてるはずだ」


 それから、シャルロッテに視線を移した。


「……いけるか?」

「ええ。やってみるわ」


 彼女が、目を閉じて、胸の前で両手を組む。やわらかな光があふれるのを、セオドアは息をのんで見守っていた。


 ――これで……これで、また、お父さんとお母さんに会える……?


 優しい両親。ある日突然いなくなって、もう二度と会えないと思っていた、大好きな二人。

 なんだか、まだ信じられなかった。夢の中にいるみたいだ。


 と――波音だけが響いていた海岸に、海を割る大きな音がこだまする。


「あ――」


 巨大な影――サーモニュクスが、姿を現した。


 クライドが、念のため剣に手をかけて声をあげる。


「おい、お前、飲み込んでる船全部出せ!」


 言い終えた直後、いや、少々食い気味にサーモニュクスが大きく口を開けた。光が渦巻く口内から、一気に何隻もの船が飛び出して来る。


「――!?」


 バシャンと激しい水音を立てて、なんとか転覆を免れつつ波間に揺れる船たち。柵にしがみついた乗員の女性は、目を丸くして辺りを見回した。


「なっ、なに……!? うわっ、魔物!?」

「ねえ、あれ! 陸に誰かいる!」


 すぐに、夫である男性が遠くを指差す。


 一隻の船が、すぐに桟橋へ向かってくる。セオドアは、早る鼓動のままそちらへと駆け出した。

 細かい砂を踏みしめ、散らし、前へ。足元の木を踏み鳴らし、飛ぶように、前へ。やがて桟橋に寄せられた船から、両親が――あの頃と全く変わらぬ姿のまま、顔を出し、こちらを見て声を揃えた。


「えっ……セオ……?」


 大きくなったセオドアを、それでも我が子だと認識して、問いかける。


「っ……お父さん、お母さん……!」


 鼻の奥がツンとする。胸が熱くなる。大きな紺色の瞳から、涙がぽろぽろとあふれだす。

 泣き始めた息子を見て、二人は、事態が飲み込めないまま急いで船から降りてセオドアを抱きしめた。


 それを、桟橋のたもとから、シャルロッテと共に見ていたクライドが目を細める。


「……ありがとな、シャルロッテ。俺一人じゃ、こうはいかなかった」


 その声は、いつになく穏やかなものだった。そして、こんなにも表情が変わるものなのかというくらい、優しい優しい顔をしている。

 彼の視線が向くのと同時に、シャルロッテもクライドを見上げて微笑む。


「私だけでも出来なかったわ。こちらこそ、ありがとう」


 それから、彼女は、もう一度セオドアたちを眺めて言った。


「本当によかった。……いいわね、家族って。あたたかい感じ」


 教会で育ったから、孤独ではなかった。けれど、笑顔を向けてくれた誰も彼も、自分の家族がいることがほとんどだった。離れて暮らしていても、大抵、部屋には家族の写真が置いてある。


「――憧れるわ」


 シャルロッテが持ち得ない、まぶしい繋がりがそこにあった。クライドは、彼女の方をじっと見つめたあと、また桟橋の方へ視線を戻して尋ねる。


「聖女は、家庭を持てねぇ決まりでもあんのか」

「……? いえ、ある程度制約はあるけれど、禁止はされていないはずよ」

「なら、できるかもな。そのうち」


 彼は、それ以上、なにも言わなかった。

 だから、彼女も


「そうね。それもいいかも」


 とだけ言って、満足そうに笑った。


 サーモニュクスは別の地域でも船を飲み込んでおり、一緒くたに吐き出された人々がそこの海で「どこだココ!?」「どうやって帰るんだ!」と大混乱を起こしている真っ最中だが、それはそれ。セオドアの両親が戻ってきたお祝いに、なぜか亜空間から帰ってきたばかりの本人(父)がサーモニュクスの寿司を作り振る舞うという状況になっていた。


「聖女様、この度は大変お世話になったそうで! さあ、お寿司をどうぞ!」

「OSUSHI?」

「あっ、食べたことないですか? 酢飯に魚を乗せましてね、こっちが普通の腹身で、こっちが炙りチーズサーモニュクス。私のひいひい祖父さんの友達がサーモニュクスを食べたらしいんですが――」


 どうやら毒はないらしい。

 それはいいけど、と、セオドアは母に尋ねる。


「ねえ、もう何年も経っちゃったけど、大丈夫そう? 当時の知り合いも、みんな歳取ってるよ」

「まあ、若いお母さんになれたからオッケー!」


 オッケーらしい。

 あっちの方では、寿司を食べたシャルロッテから

「酢飯って甘いのね……! ああ、幸せな味……。ん、炙りチーズもすごいわ。すごく美味しい。セオドアもどう?」

 と、感動を共有したい声があがっている。


 それから、彼女はクライドも呼ぼうとして――彼が、険しい表情で窓の外を睨んでいることに気付いた。


「クライド? どうしたの?」

「……いや、なにかいたような気がしたが……。まあ、気配も消えたし、とりあえずは問題ないだろ」

「そう。ところで、炙りチーズサーモニュクスがすごいわ。脂と脂と香ばしさと塩味って感じ」

「着々とジャンキーになってるな」


 その時、外では、異様に背の高いローブ姿が、賑やかな家からゆっくりとすべるように遠ざかって闇に消えた。

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