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7話―① 道程

 シャルロッテが死者のために祈っている後ろ姿を、クライドとセオドアは静かに見守っていた。


 クライドは、少し呆れたように、しかし慈しみとさえ表現できる感情で目を細める。


 ――本当、割り切るのが下手なやつだよな。


 セオドアは、自分とは色んなものが違う彼女に焦がれるような気持ちで胸を押さえる。


 ――正面から丁寧に向き合えるなんて、なんて優しい人なんだろう……。


 雲の合間から月が顔を出して、彼女をやわらかく照らしていた。


 三人が屋敷を出て、森の中を歩き出した頃には、また雲が月を隠していた。星も隠していた。真っ暗だ。

 クライドが炎の魔石で枝に火をつけ松明にしたが、それにしたって暗い。

 しばらく歩いてから、シャルロッテは現実を直視することにした。


「ねえ、さっきから同じところを回ってない?」


 クライドも認めることにした。


「迷った」


 セオドアは自分の記憶を信じた。


「こっちじゃないですか?」


 違った。


 どんどん足場が悪くなる。クライドは元の道に戻ることをすでに諦めた。


「とにかく進めば森は突っ切れるだろ」


 セオドアもうなずくが、足元が気になる。


「そ、そうですね……でも、危ないな、ここ。転びそう」

「そうだな――」


 クライドとセオドアが、同時に、片膝をついてシャルロッテの方を向いた。


「ほら、乗れ」「背負います」


 挟まれたシャルロッテが、二人の顔を交互に見て困る。

 二人は、互いのことを「は……?」「え……?」と言わんばかりの表情で見つめていた。


「セオ、お前より俺の方がデカいし安定するだろ」

「いや、兄さんは魔物が出た時のために備えてください」


 両者一歩も引かない。シャルロッテは心底どちらでもいい。なんなら自分で歩いてもいい。


「私、転んでも守りの加護が付いてるから……」

「おい、今さらなにを遠慮してんだよ」

「あの、オレはあなたの騎士ですから」

「……ええと、じゃあ、ジャンケンして交代で背負ってもらおうかしら」


 ジャンケンした。


 シャルロッテたちが無事に森を抜けたのは、もう真夜中のことだった。小さな町の小さな宿にたどり着いた三人は、従業員から「シングルのお部屋がひとつなら空いておりますが……」と案内された。

 いざ部屋に入ってみて、シャルロッテがベッドを確認する。


「やっぱり三人は乗れないわね。二人が限度かしら……いや、どうにか……」


 セオドアが挙動不審になる。


「え、オレ、床で寝ますけど……」


 クライドがため息をつく。


「どうにもならねぇよ。つーか、そういうの、他の護衛に言うなよ」


 シャルロッテが「あなたたちだから言ってるのよ」と言うので、じゃあまあいいかとクライドたちは二人で床で寝た。


 壁にもたれて座り、倒れる素振りもなく姿勢を保ったまま眠るクライド。セオドアは、それに寄りかかりながら、はじめはやや恥ずかしがっていたものの眠気に負けて微かな寝息をたてていた。過去の光景を映した、とある夢を見ながら。


 その中では、幼い頃の自分が、両親と一緒に食卓を囲んでいる。


「ねえ、お母さん、ハンバーグおかわりある?」

「えっ、まだ食べるの? もう余ってないよ〜」


 朗らかに笑う母。父が、まだ手をつけていなかったハンバーグを半分に割って皿に乗せてくれる。


「はい、お父さんのあげる」

「いいの? ありがとう!」


 お母さんが作ってくれたハンバーグ。

 お父さんが分けてくれたハンバーグ。


 それを美味しく食べていると、いつものように父が言う。


「セオ。今日も、お父さんとお母さんは漁があるから、クライドくんのところに行っておいで」

「うん!」


 ちょっと走ればすぐ着く距離にある、大好きな従兄の家。一緒に遊んでもらって、眠って、ふと夜中に目が覚めたときにはそろそろ両親が漁から帰ってくる頃だった。

 そろりと起き出して、ひとりで砂浜へ向かう。

 到着すると、明かりを灯した漁船が数隻、こちらへ向かってきていて――


 巨大な影が、海面を割って姿を現した。


 ◇◇◇


 シャルロッテは、なにか声がしたような気がして目を覚ました。

 壁際を見ると、目を閉じたままのセオドアが、うなされているのか切羽詰まった声で「お父さん……お母さん……」とつぶやく。

 クライドが頭をなでてやると、いくらか落ち着いた表情に戻った。

 シャルロッテまで悲しげな表情で見つめてくるから、クライドは小さくささやく。


「来月、な」


 以前、漁船を襲った魔物が来たときと同じ時期に近付きつつある。クライドからしてみると遭遇できるか以外にも問題はあったが、シャルロッテはようやく手が届きそうだと、わずかな安堵と共に再び目を閉じた。


 セオドアは、自分がどんな夢を見たかなんて決して言わない。普段通りに朝起きて、三人で町へ帰って、これまで通り護衛としての日々を過ごす。

 そして、そう時間が経たない内に、セラから教会へ呼び出された。

 応接室での面談に、緊張しながら受け答えする。彼女は始終明るく軽い感じで話していたが――


「じゃっ、最後にこれだけ確認させて」


 あくまでも笑顔で、セラは尋ねる。


「いざとなったら、一瞬の迷いもなく命を差し出してもらうけど大丈夫?」


 ドキリとして、すぐには言葉が出なかった。

 うろたえながら、しかしそれも今さらだとセオドアはうなずく。


「っ……はい」

「そう。あの子には、本当はずっと安全なところにいてほしいんだけど。今はこれが、私にできる最大限の特別扱い。あなたたち兄弟に任せたからね!」


 最後まで笑顔で送り出されたのに、セオドアは、なんだか圧倒されたまま宿屋に帰ってきた。


「えっと……」


 大量の本と服。自室のベッドや机の上に置きっぱなしだった荷物を、空間魔法にしまっていく。自分が急に死ぬことがあっても、人に片付けをさせなくて済むように。


 ――なんか……さっき、即答できなかったな。シャルロッテが湖に落ちた時は、すぐ飛び込めたのに。


 子どもの頃からたまに読んでいる本、大きくなってから買った本、これから読もうと思っている本――ひとつひとつ拾い上げながら考えて、ふと気付く。


 ――いや、あれは、かなり動揺してたしな……。オレ、ちゃんと覚悟できてるのかな。今までだって、ずっと、兄さんがいるから大丈夫だって甘く見てたんじゃないかな……。


 シャルロッテのことは大切だ。

 でも、それは、自分の命よりも?


 動きが止まってしまったセオドアの耳に、ノックの音が入る。


「あ……はい、どうぞ」

「――セオ」


 扉を開けたのは、クライドだった。彼は、入口のところで、腕を組んで壁にもたれる。


「来週、実家に帰るぞ」

「へっ、あっ、え!? 実家……あ、あの魔物の件ですか……? でも……」


 今日、セラに言われたばかりだから、気になってしまう。


「オレの都合で、シャルロッテを連れて行っていいんでしょうか……」

「もう教会には了承得てるんだと」

「早い……いやでも、それで彼女に危険が及ぶようなことがあったら……。その、オレは、もう昔のことですし……一回ちゃんと諦めてるので、やっぱり……」

「お前がうなされて親のこと呼んでるの聞かれたから無理だな。あいつ絶対納得しねぇ」

「え……」


 戸惑うセオドアは、戸惑ったまま、結局故郷へ連れ帰られてしまった。


 潮騒が、聞こえる。

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