6話―② お化けカボチャのサラダ
実際は、クライドが口を開くまでに大した時間はかからなかったのだろう。
「おい、いつまでそこに居んだよ。さっきのこと気にしてんのか?」
しかし、シャルロッテからしてみると、ようやく――やっとの思いで、肩の力を抜くことができた。目付きが悪いだけで、敵意は向けられていないらしい。
「ええ……。でも、まあ、よく考えると、あなたが相手なら良いような気がしてきたわ」
「なに言ってんだ。……他に殺らせる気もねぇけど」
彼は、ちょっと機嫌が悪そうに顔をしかめて、シャルロッテの目の前にしゃがみ込む。
「お前、皆の負担になるくらいなら、とか思ってんだろ」
「心の平穏は大事だもの」
「はぁ……そこら辺は、お前の上司が上手くやるだろ。その、妙に悟ってるところ治んねぇの?」
そんなことを言われても、と思いつつ、シャルロッテは後ろ頭をかいているクライドに問う。
「ところで、どうして戻ってきたの?」
「…………」
彼は、ばつが悪そうに、眉間のしわを深くして目を細めた。
「……なんとなく。どうしてるか気になって」
相変わらず、優しくて義理堅いことだ。更に目付きを悪くしているところを見ると、善人だと思われるのが嫌なのだろう。
ぼそりと言われたそれに、シャルロッテは、ふっと笑う。
「そうなの。てっきりセオドアの安全を優先するかと思ったわ」
「今の段階じゃ、なんとも言えねぇよ。教会敵に回したくねぇし、俺はいま、お前に雇われてる身だし……個人的にも、様子見するべきだと思ってる」
「つまり、私情で? あら……私のこと、そんなに気に入ってくれていたの?」
「なんで聞くんだ。タチが悪ぃな」
苦笑する彼と、笑い合って、シャルロッテは空腹感を訴えるお腹をさする。
「ふふ、なんだか安心したらお腹が空いちゃった」
「さっきあれだけ食ったのにな。どうする、軽く腹に入れてから魔物でも狩りに行くか?」
「ええ。急ぎの仕事がないか、確認取ってくるわね」
小走りで教会へ戻って行く彼女の背中では、金色の髪がぴょんぴょんと毛先を遊ばせていた。
◇◇◇
宿屋の受付前のテーブル席で、セオドアは一人そわそわしながら頻繁に入口を見ていた。
クライドが扉を開けて、シャルロッテを中へ入れる。それを視認した途端、セオドアは椅子を倒しそうな勢いで立ち上がった。
「あっ、あの……!」
駆け寄ってはみたものの、まだなにをどう尋ねていいものか決めかねていた。
全てを話すわけにはいかないシャルロッテが、言葉を選ぶ。
「ええと……さっきは突然ごめんなさいね。私たちには守秘義務があるから、まだ話せなくて」
「あ……いえ、そうですよね。その……オレは、一緒にいてもいいんですか……?」
「ええ。もちろん」
「……! なら、はい、大丈夫です!」
とびきりの笑顔を見せてから、セオドアは恥ずかしそうに姿勢を正す。
「あ、えっと……。こちらへ戻ったということは、また浄化へ向かうんですか?」
「ええ。そのついでに夕食も外にしようと思って」
「はい、お供します!」
「森の中の、ゴースト系の魔物が出る廃墟だけれど大丈夫?」
「…………はい、お供します……」
セオドアの顔が死んだ。
クライドが、奥のキッチンにいる宿主へ声をかける。
「今日、俺とセオは外で食うから」
「はいよ〜!」
退路を断たれて、セオドアはきゅっと口を結んだ。
そんなこんなで、セオドアは、蜘蛛の巣と血痕だらけで上から骸骨の魔物が落ちてくるような屋敷の中で叫んでいる。
「あ――っ!!!! なんで! なんで! 消えて!」
キレている。
骸骨は回し蹴りで倒したが、いかにも幽霊ですといった感じの半透明な人間が飛んでくるのはダメだった。
「アーッ物理が効かない!」
悲鳴をあげながら、シャルロッテのことはしっかり守ろうと抱きしめているのがすごいところである。泣き付いているようにも見えるが。
一方、クライドは幽霊すらもスッパスパ斬っている。
「魔力まとわせて斬るんだよ」
次第に幽霊からも距離を取られていた。
セオドアが、クナイを片手に困惑する。
「魔力を……まとわせ……?」
やり方が全くわからない。ただただ力ばかりがこもって手と眉間をぷるぷるさせているセオドアを、シャルロッテが優しい顔でのぞき込む。
「ゆっくりでもいいんじゃない?」
「……え、あ、はい……っ」
彼女の微笑み、そして清廉でやわらかい声に触れていると、さざ波立っていた心が落ち着き背筋が伸びる。
――やっぱり本物の天使なのでは……?
※ただし人を狂わせることもある。
シャルロッテの正体は、地上を救済するために舞い降りた天使ということで納得した。
玄関ホールにいた魔物を片付け終え、クライドが中庭へ続く扉に足を向ける。
「なんか隙間から瘴気が漏れ出てんな。目に見えるほどって相当だぞ」
その後ろに、シャルロッテも続く。
「ここは、昔、強盗殺人があったみたいで……権利者も残っていないし放置していたら、いつの間にか魔物と瘴気が溜まってしまっていたらしいの」
「あー……魔物化するようなやつらは、大抵、怨念抱えたまま死んでんだろうからなあ。そういう場所に引き寄せられるんだろ。……つーか、大丈夫なのかシャルロッテ。精神、引っ張られんなよ」
人類存続のために、世を儚んではいけない存在ナンバーワンのシャルロッテがうなずく。
「ええ、今のところは大丈夫だけれと……セラさんに直接仕事を選んでもらうべきだったわね」
「セオドアは? 平気か?」
「……え? いま素数を数えてました」
「大丈夫そうだな」
クライドが扉に手をかけ開け放つと、中庭は木で大量の十字架が組まれた墓場になっていた。屋敷内にも血痕があったし、一族郎党その下にいるのかもしれない。
そして、その合間には、大人がようやく抱えられるほどの大きなお化けカボチャが、赤く妖しく輝く瞳でケタケタといくつも笑っていた。
悪寒がするような笑い声が、全く違う言葉として脳内に響いてくる。
『助けて』『どうして』『許せない』『殺してやる』『死ね』『死ね』『死ね――!』
「うるせぇな」
クライドが、お化けカボチャをひとつ剣で叩き割った。
「これ、カボチャサラダにしようぜ」
シャルロッテはちょっと引いた。
――たぶん、非業の死を遂げた人の叫び……。
しかし、つい耳を傾けてしまっていた彼女にとってはありがたいことでもあった。高濃度の瘴気を吸うと胸が冷たく潰れるような感覚に陥るし、今は浄化に集中するべきだ。
セオドアが、隣から控えめに両手を差し出してくる。
「耳をふさげば、少しは良いかもしれません」
それを受け入れ、シャルロッテは胸の前で両手を組んだ。浄化と、あとは、どうか安らかにという祈り。
黒い霧状の瘴気が晴れ、亡者の叫びを宿していたお化けカボチャも静かになっていく。
組んだ手をほどき、無意識に自分の身を抱くシャルロッテ。セオドアは、彼女の耳からそっと手を離して尋ねる。
「大丈夫ですか?」
「……ええ、ありがとう。あなたは?」
「……だ、大丈夫です。カボチャなので」
微妙に表情が固かったが、シャルロッテはホラーっぽさの話がしたいわけではない。
「ええと、それもだけれど、幻聴や瘴気の影響とか……」
「アッ」
思い違いに恥ずかしそうにしてから、彼は曖昧に微笑む。
「えっと、あの無念を晴らせるとしたら、それは元気な時のオレなので。そう割り切ってると、不調が出るほどは響いて来ないですね」
なにも感じていないわけではない。自分とは違う向き合い方に、シャルロッテは目を瞬く。
寒気から指先が小さく震えていた彼女を見て、クライドは上着を脱ぐとパッとその肩にかけた。
「そろそろ飯にするか。――普通のサイズなら、スプーンでやるんだが」
半分にしたお化けカボチャの種を豪快に手で抉り取りながら、彼はセオドアに指示をする。
「机と椅子、そこら辺に出しといてくれ」
「えっ、ここで調理するんですか……?」
「今から帰っても遅くなるしな。屋敷勝手に使うより、目の前でやった方がそこに埋まってるやつらも納得すんじゃねえの」
「えぇ……?」
一体なにを納得させようというのか。神経を逆なでするんじゃないか。セオドアは心配だったが、
――まあ、積極的に悪霊扱いするのも失礼だろうし……。
と、言われた通りにしておいた。
剣で食べやすいサイズにしたお化けカボチャは、浅めに湯を張った鍋で蒸す。隣にもう一つ鍋を用意すると、クライドはポーチから出した鶏卵をゆで始めた。
「ここら辺は好みだけどな。カボチャだけでもいいし、ゆで卵と合わせてもいい。和えるのも、マヨネーズ使ったりクリームチーズ入れたり。どうする?」
クライドがシャルロッテに視線を向けると「全部」と真剣な表情で返ってきた。
ぐつぐつと湯が音を立てる。いつの間にか、机の前には、半透明の――霊体らしき、幼い少女が立っていた。鍋を見下ろしている薄着の怖いお兄さんを、不思議そうに見上げている。
それに気付いたセオドアは驚きすぎて数秒呼吸が止まったが、シャルロッテは目を丸くするだけだったし、クライドに至っては普通に話しかけた。
「どうした」
『……さむくない?』
「全然」
追い払うわけでもなく、必要以上に構うわけでもなく、彼はゆであがった卵を殻のまま冷水につける。
しばらく冷やすと、殻を一箇所割るだけでつるりと簡単にむけた。
教会で出るゆで卵をむくのに度々苦労しているシャルロッテが、感銘を受ける。
「すごいわ……」
「中身が縮むからな。普通に失敗する時もあるけど」
続いて、蒸し上がったお化けカボチャを器に入れ、大きめに潰したゆで卵と一緒にマヨネーズで和える。カボチャ単体バージョンと、あとはクリームチーズを加えたものも作っておいた。
「――ほら、お化けカボチャのサラダ」
シャルロッテの前に並ぶ、大皿に山盛りのオレンジ色。加えた食材の白と黄色がアクセントになっている。
「それじゃあ、ゆで卵とマヨネーズも入ったこれから――いただきます」
一口食べると、まず濃厚な甘さに驚いた。
「んっ、お化けカボチャって甘いのね」
「ああ、デンプンが多いから加熱するとそうなる。パサつかねぇのは、どろっどろの人の怨念吸ってるからだな」
シャルロッテは聞かなかったことにした。もう浄化したし。
「マヨネーズも甘みを引き立ててるわね。ゆで卵の優しい味とも、よく合ってる」
微笑む彼女に意識を集中し、周りの状況は忘れて、セオドアはクリームチーズ入りを食べた。
「ん。あっ、なんか、こういうお菓子ありそう。爽やかで甘い……!」
クリームチーズのやわらかなコクと、軽やかな酸味。それが濃厚な甘さに食べやすさをプラスしている。
続いて、カボチャとマヨネーズのみを皿に取って食べる。強い甘みに、マヨネーズのコク、それから塩味と酸味が癖になる味だ。
「これは健康的なジャンクフード」
次から次へと口に入れるセオドアを見て、ジャンクフードにあまり馴染みのないシャルロッテは興味深そうに同じものを自分の皿に盛った。
途中でクライドがパンとレタスサラダも出してきて、本格的な食事が始まった。それを眺めていた少女が『おいしそう……』とつぶやく。
クライドは、ニヤリと笑って少女の方を見た。
「だろ? お前も、早く生まれ変わって美味いモンたくさん作ってもらえ」
少女は、ぱぁっと顔を輝かせると、元気にうなずいて墓場の方へ駆けて行った。
その姿は見えなくなったが、おそらく、親族たちの元へ戻ったのだろう。
それを見送ったシャルロッテは「いい子ね。私、同じ立場だったら待ちきれなくて食べてる人を襲うかも」と冗談なのか本気なのかわからない調子で微笑んだ。クライドとセオドアは、シャルロッテの前で食事をする時は絶対に一緒に食べようと固く心に誓った。表に出さないだけで恨まれることがあるかもしれない。
食事を終え、中庭から出る前に、シャルロッテはクライドに上着を返す。
そして、ただただ幸福な未来を願って、墓の前でしばらく祈っていた。




