6話―① 思い出話(初耳)
老夫は、自分の腰をさすりながらシャルロッテを見上げる。
「いやあ、もう腰が悪くてなぁ。遠くの娘夫婦のところに厄介になるから、会うのもこれで最後になるかと思ってセラさんに居場所を聞いたんじゃ」
「あら……そうだったんですか。お大事になさってくださいね」
老夫婦は、赤ん坊の頃のシャルロッテを森の泉で見つけ、教会へ預けた張本人だ。それから、たまに顔を見にやってくる。彼女も命の恩人として慕ってはいるものの、それ以上特筆すべきこともない――はず、だった。
老婦の、思い出話(初耳)を聞くまでは。
「それにしてもねぇ、美人さんになってまあ。やっぱり、天使が連れてきた子どもだからかしら?」
「……え?」
シャルロッテが目を瞬くと、老夫も目を瞬く。
「おっ、聞いてなかったのか? 教会の人に言うたんじゃがなあ。天使様が赤ん坊を連れて舞い降りたって――なあ、婆さんや」
「やあねえ。あなた、そんなの、年寄りの戯言だと思われたのよぉ」
ははは、ふふふ、と笑い合う老夫婦。
そのまま「それじゃ」と、にこやかに手を振って去って行ってしまった。
呆然とそれを見送るシャルロッテの後ろ姿を、クライドは椅子にもたれながら眺める。
――まあ、口ぶりから孤児だろうなとは思ってたが……。
温かいもので腹が満たされ、比較的落ち着いた気分であることに感謝せざるをえない。
――規格外の浄化能力、天使が連れてきたという証言……。老人の戯言じゃなけりゃ、なんの目的で、っつー話になるわな。
いつか考えた、仮定の話を思い出す。
『極端な話、こいつの能力が浄化ではなく呪殺だったとしたら……』
――地上をどうこうする判断を、こいつに一任されてたりしてな。
半ば投げやりに、クライドは口の端を持ち上げた。
◇◇◇
シャルロッテが人間じゃないかもしれない疑惑は、セオドアにとっては寝耳に水だった。目をぱちぱちと瞬いて混乱の極地にいる彼を宿屋に置いて、シャルロッテはクライドと共に教会へ戻る。
天使が云々という話を知っているのかセラに尋ねてみると、伝書鳩のポポから手紙を受け取っていた彼女は「はぁん?」と、鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしていた。
ポポを抱えたまま、セラが訝しげな声を出す。
「山で拾われたとは聞いたけど、えっ、天使が? そういうのって伝説上の存在なんじゃ……? いや、でも、ポポも同じ山で見つかったって聞いたわね」
彼女は、冗談半分でポポに語りかける。
「あなた、ただの頭の良い鳩じゃないのね?」
『ポ?』
「あはは、さすがにしゃべれないわよねえ。シャルロッテが何者か聞きたかったんだけど」
『彼女は人類の裁定者っポ』
「しゃべったぁあああ!!!!!」
セラは叫んだ。シャルロッテとクライドは引いた。
意味がわからない。だが、とりあえず受け入れるしかない――。クライドが、腕をシャルロッテの前に出して自分の背後へ誘導する。視線はポポを鋭く捉えたままだ。
「鳩のくせに賢すぎると思ってたんだ。魔物のたぐいか?」
『違うっポ! 神の使いっポ! 彼女が自然と人間の味方をし始めたから黙って見守ってただけっポ!』
「ポポポポうるせぇな」
『ポ……!?』
クライドの表情が、一層険しくなる。
「それで? 人類の裁定者ってのが一体なんなのか、教えてもらおうか」
『…………』
「おい」
『…………』
「鳩!」
『…………』
完全に無視され始めた。
「あーっ、クライドちゃんが文句言うからぁ!」
セラから思いっきり指を差された。
それからポポは、ただの可愛い鳩ですと言わんばかりに首をかしげてばかりで一言もしゃべらなくなってしまった。
もうどうしようもないので、セラが巣箱に戻して仕事へ向かう。
「まあ、シャルは人間の味方なんだから、特に問題ないわね!」
「え……あ、はい……!」
「ならっ、この話は一旦終了!」
スタスタと遠ざかって行くセラの後ろ姿を、シャルロッテは戸惑いながら見つめた。
――そんな、軽い反応……。セラさん、なにも考えていないようで、すごく考えてる人なのに……。
そして、ひとつの可能性に、思い至る。
――私を、刺激しないようにした……?
話を聞くに、自分は、物事の善悪や可否を決める役割を与えられているのかもしれない。
――裁定者が……私が、人類の存在がこの世界にふさわしいかどうかなんて、考え始めたら厄介だから?
教会の門の前で、クライドも、何事もなかったかのようにシャルロッテへ別れを告げる。
「じゃあ、また明日な」
「ええ――」
見送って、そのまま、どうしたらいいかわからなくて座り込む。思考を整理しないと、頭の中がぐちゃぐちゃだ。
――ええと……私は、実は、人類を裁く存在で……? 今は、浄化の力で人を助けているけれど、場合によっては害することもできる……?
それも、かなりの大規模で。
――そんなの、危険人物じゃない。
両頬に当てていた手で、口元を覆う。
――私の役目は、みんなの笑顔を守ること……。それが出来るなら、この力の理由は、そこまで気にならなかったけれど……。他のみんなは、そうもいかない。
クライドが、つい数時間前に言っていた、南の呪術師の話を思い出す。
――彼、得体の知れない力とか、嫌いでしょうね。それが、なにかの拍子にセオドアに向く可能性すらあるのだから……。
裁定者の意思は関係ない。人類の味方でいるのも、現段階の話でしかない。危険があるのなら、あらかじめ潰しておくに越したことはない。
――たとえ大規模な浄化がなくなっても、今まで通り、そこそこの平和で世界は回る。それなら……。
「…………」
視線を落としていた地面に、長い影が伸びる。シャルロッテは、ゆっくりとその影の主を見上げた。
「……クライド」
夕陽を背にして、その男は立っていた。
一体、どんな用件で戻ってきたのか――。彼の目付きが悪いことを、これほどまで気にしたことはなかった。
――どういう感情、かしら。
険しい顔をした彼を、彼女は、座り込んだままじっと見つめていた。




