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5話―② ドラゴンポトフ

 ある日の晩、浄化の報告に帰ったシャルロッテには、セオドアが付き添っていた。用事が済んでから、教会の前で待っていた彼に声をかける。


「お待たせ。それじゃあ、行きましょうか。クライドは、行きつけのお店よね?」

「はい。個室が取れてるといいんですけど――」


 セオドアが目を瞬く。シャルロッテが、いつもの聖衣ではなく白のロングワンピースに身を包んでいたから。

 彼女の細く長い指が、スカートをつまんで少し広げる。


「外食すると言ったら、上司が『オシャレして行きなさい!』って渡してくれて。お店に合わないかしら……?」

「いっ、いえ! 大丈夫です! あの、すごく、似合ってます……!」


 セラは「シャルに似合うと思って買っておいたの!」と言っていたので、なるほどそうなのだろうとシャルロッテは微笑む。一方、セオドアは、本心ではあるが「好き……!」のフィルターがかかったうえでの発言だ。


 町の中心部へ近付く。石畳の商店通りに武器や防具の店が見えだすと、シャルロッテが「そういえば」と切り出した。


「あなたの推薦の話、たぶん大丈夫そうよ。試用期間、必ずクライドと組むという条件はあるけれど――近々、上司から話があると思う。その時に制服も支給されるだろうけれど、どうする? 装備は自分で揃えておく?」

「あっ、そうですね、なるべく軽いものがいいので……」


 言葉の途中で、セオドアが武器屋から出てきた男たちの方を見る。というか、なんだかこちらを見られていた。どっちが良いとか、そういう話をしながら無遠慮に視線を浴びせてくる。

 男たちは、いかにも荒くれ者ですといった風貌で、しかも既に酒が入っているらしく赤らんだ顔でニヤついていた。


「おう、嬢ちゃんたち。これから一緒に飯行こうぜ」


 まさか自分も“嬢ちゃん”だと思われているのだろうか――セオドアが唖然としている内に、シャルロッテが人好きのする笑みを浮かべる。


「お誘いありがとうございます。でも、これから予定があるので」

「あー? いいだろ、少しぐらい」


 男が、シャルロッテの腕をつかもうと伸ばした手。それを、セオドアが、瞬時につかみ上げた。


「……お引き取りください」


 その、低くて冷たい声が、セオドアから出ていることにシャルロッテは一瞬理解が追いつかなかった。

 まるで息を引き取れと言われているかのような凍て付く表情に、男たちは一気に酔いがさめてそそくさと立ち去って行った。体格差も人数差もあるのに、ケンカを売っては駄目だと本能が叫んでいたのだ。

 それを横目で見ているセオドアの視界に、シャルロッテが入っていく。


「セオドア。ありがとう、助けてくれて」


 すると彼は、ぱっと表情を和らげて曖昧に笑った。


「すみません、お騒がせして。兄さんと一緒なら、こういうふうに絡まれることもないんでしょうけど」

「それはそう、だけれど」


 クライドと一緒に歩いていると、通行人が離れて行く。揺るぎない事実すぎて否定できなかった。

 セオドアは、再び歩き出しながら静かにやる気を滲ませる。


「兄さんみたいにはいきませんが、遠慮なくオレを使ってくださいね」


 その表情には、一点の曇りも迷いもなかった。


「ここですね」


 オルテンシアという看板がかかった店の前で、セオドアが立ち止まる。中へ入ると、店主から奥の個室へ案内された。椅子に腰かけて待っていたクライドが、酒の入ったグラスからこちらへ視線を移す。


「おう。なにも問題なかったか?」

「酔っ払いに絡まれました。すぐに追い返しましたけど」


 セオドアが正直に申告すると、クライドが眉を寄せて頭をかく。


「あー、普通はそういうことがあんのか……」


 人数分のメニュー表を机に置いた店主が、おかしそうに微笑する。


「ふふ、クライドは経験ないですよね。きみと肩がぶつかっただけで消し炭になるなんて噂があるくらいですから」

「んなヤベェ機能付いてねぇよ。つーか、なんだその噂」


 クライドは、度数の高い酒を顔色一つ変えずに飲みながら「化け物じゃねぇか、俺でも近寄らねえよ」とぶつぶつ言っている。


 シャルロッテは今さらのように


 ――そういう感覚あるのね。


 と、驚いた。あれだけ強いのだから、危機管理能力が欠如していた方が自然な気がする。


 注文を終え、運ばれて来た料理に手を付けながら、クライドが本題に入る。


「で、魔力溜め込んでる魔物だけどな。辺鄙な場所にいるから俺とセオだけで行こうと思うんだが、その間の護衛は教会で工面できるか?」


 彼の手元で分厚いステーキが豆腐みたいにスッと切られる様を眺めながら、シャルロッテがトマトソースのパスタをフォークで綺麗に巻き取る。


「ええ。それは問題ないけれど、どんな魔物なの?」

「ドラゴン」


 あっさり言われたそれに、ミネストローネを飲み込み損ねたセオドアがむせる。


「っ、げほっ、兄さ……! ごほっ!」

「どうした。大丈夫か?」

「だっ、や、それ……! ドラゴン、なんて、オレが付いて行って大丈夫なやつですか……!? 下位のそこそこまあまあ倒せるやつですか……っ?」

「黄金竜とか呼ばれてるやつ」

「それ、昔、一息で町を消し飛ばしたとかいうやつですよね」

「美味いんだと」


 セオドアは、一度深呼吸をしてから


「わかりました、肉の収納役に徹します」


 と、潔く戦闘を放棄した。


 ◇◇◇


 後日、店休日のオルテンシアの厨房に、各種肉の塊となった黄金竜が並べられていた。尻尾にあばら、足、おまけに目玉――。

 シャルロッテが、口をきゅっと結んで食材なのであろう目玉と見つめ合っている。眉間には珍しく微かにしわが寄っていた。

 これから貸す大きな寸胴鍋を持った店主が、ドラゴン肉からクライドへ視線を移す。


「これでもまだ人間だと言い張るんですか?」

「事実だっつうの。お前は知ってるだろ、紛れもなく人間の両親から産まれてんだよ」


 同郷の彼は、肩をすくめて二階の自室へ戻ってしまった。

 それを一番よく知っているのはセオドアだが、山越え谷越えした後にへとへとで戦闘の様子を見ていた彼は、クライドが嬉々として全力を出す姿を目の当たりにして「やっぱり人間の所業じゃないよなぁ……」ということを再確認せざるをえなかった。


「よし、始めるぞ。目玉と骨は煮出したら取るから」


 難しい顔をしているシャルロッテの前から、ドラゴンの各部位を取って鍋に放り込むクライド。そんな彼の頬に、うっすらと赤い線が入っていることに彼女は気付いた。


「あら、傷が……」

「ドラゴンに引っかかれた」

「ネコに引っかかれても、普通もうちょっと深く切れるわよ」


 クライドは、水を入れて火をつけながら「ネコって引っかくのか……あんなに大人しいのに」と、動物さえ野生の勘で下手に出る圧倒的強者のズレた認識をコメントした。


 ぐつぐつと沸騰して、灰汁が取り除かれていく様を見ながらシャルロッテがつぶやく。


「クライドが怪我を……」

「なんだよ。無敵だとでも思ってたのか」 

 呆れたように、彼は軽く笑う。

「魔力でダメージ殺してるだけで、俺にだってどうしようもねぇ時はあるさ。一回、南の方の呪術師に殺されかけたしな」

「えっ」

「ああいう得体の知れねぇやつダメなんだよ。隙をついて術者殴ったけど、もう近付きたくはねえな」


 傭兵として雇われて行ったが、割に合わない仕事だったと彼は苦笑する。

 南の方はとにかく魔物がデカいとか、花や魚が派手だとか、そんな話を語って聞かせながら野菜に包丁を入れる。

 ニンジン、タマネギ、キャベツ――それらを炒めて香りを出してから、鍋へ。


「あと、ハーブ色々入れるけど食えるか?」

「ええ、なんでも大丈夫よ」


 ローズマリー、タイム、ローレル、パセリなどなど。ブーケみたいにひとつにまとめて、これも鍋へ。塩コショウも振っておく。


「あとは二時間くらい煮て、肉がやわらかくなったらジャガイモ入れてハーブとかは取り出す。食感欲しけりゃニンジンも途中で出すけど」

「お任せするわ。それにしても、時間がかかるのね」

「ドラゴンだし、このサイズの肉だからな。面倒くせぇから、いつもは野菜も炒めずにゆでるし、肉の代わりにウインナー突っ込んで完成にしてる。あと、これな」


 取り出されたのは、顆粒状の何かが入った小瓶。


「それは?」

「魔法薬師が作ったコンソメ顆粒。肉とか野菜とかハーブから抽出されたやつで――結構売れてるんだと」

「需要の高さがよくわかったわ」


 それを手作業でやろうとしてまだまだこれからな状態の鍋と、後ろの席で疲労から眠りこけているセオドアを順に見てシャルロッテがうなずく。


 二時間後、お腹が空きすぎたシャルロッテも机に突っ伏していた。

 そこへ、クライドが皿を両手にやってくる。


「ほら、ドラゴンポトフ――先に何か食っとけばよかったのに」

「だって、これをたくさん食べたいから……!」


 肉の塊に視線が釘付けだ。


「お前ならいくらでも食えそうだけど」

「否定できないわ」


 セオドアも、半分夢見心地で体を起こす。


「んん……あ、良い匂い」


 すっきりとしたハーブの香りに、炒めた野菜の香ばしさ。加えてドラゴン肉の、不思議な、食欲を誘う匂いがする。

 シャルロッテが、スプーンでそのゴロッとした塊肉をすくった。


「どんな味がするのかしら……いただきます」


 大きな肉が、口の中でほろほろと崩れる。


「ん……! 鶏みたいに上品……いや、牛みたいなコクと甘み……?」


 セオドアも、飲み込んだ直後に目を瞬きながら「エビ……?」とつぶやく。

 クライドも一口食べて「ワケわかんなくなるな」と考えるのを放棄した。鶏と牛とエビを一気に食べた味かもしれない。


 肉は野菜の旨味を吸い、野菜は肉の旨味を吸っている。塩とコショウだけのシンプルな味付けだが、優しい甘さをよく引き立てていた。

 そして何より、ごろごろの具材で食べ応えがある。

 お腹があったかくて、いっぱいになって、セオドアがまたうとうとし始める。その時、店の扉を叩く音がした。老夫の声で、シャルロッテを呼ぶ声がする。


「あら――」


 彼女が扉を開けると、見知った老夫婦が声をあげた。


「おお、いたいた!」

「久しぶりねえ、シャルロッテ」

「――お久しぶりです。おじいさま、おばあさま」


 彼女の祖父母かとクライドたちが納得しかけた矢先、シャルロッテが振り返って老夫婦を紹介する。


「あっ、私を拾ってくれたご夫妻よ」


 それに合わせて、老婦がころころと笑った。


「いやあ、泉で赤ん坊と会うなんてびっくりしたわぁ」


 状況が飲み込めなくて、セオドアは思いっきり目が冴えた。

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