3話
※イラストおよび校閲にAIを使用しております。
遠くから、必死に呼ぶ声がする。
深い水の底から引き上げられるように、意識が急浮上した。
「……様! テオドール様!」
ハッと目を開くと、専属侍女のコレットが俺の体を激しく揺さぶっていた。
(……なぜ俺は、この女性の名前を当然のように知っている?)
その疑問の答えにはすぐに辿り着いた。この肉体、テオドール少年の記憶が俺の意識と完全に融合しているのだ。様々な思い出を鮮明に思い起こすことができる。
俺が目を覚ましたことに気づくと、コレットは安堵からかポロポロと大粒の涙を流した。
「申し訳ありません、寝室に踏み込んでしまって。ひどい叫び声がしたものですから、つい……」
彼女は隣国イオシアから俺の母・ロザリーの侍女として付いてきたのだが、母が亡くなった後も引きこもる俺のそばにずっといてくれたのだった。
「起こしてくれてありがとう、コレット。ひどい悪夢でうなされていただけだよ」
「それなら安心しました! それにしてもすごい汗ですね。お水とタオルをお持ちします」
コレットはそう言って立ち上がり、寝室を出て居間へと向かっていった。
一人になった寝室で、俺は急ぎ状況の把握に努める。
こんなオカルトを信じるのは馬鹿げているが、おそらくここは、戦略ゲーム『エリシオン戦記』で自動生成された世界。テオドールの記憶から察するに、ここは大陸辺境の弱小国家アストリア。そして俺は、母を亡くして自室に引きこもっていた第一王子だ。
王宮内での権力基盤は皆無。おまけに、王族に代々伝わる『雷魔法』の才もない。所属する国家そのものが貧弱な上に、俺自身が国権を得ることすら絶望的な状態だった。
(戦略ゲームのくせに、操作する国家も軍隊も無い状態からのスタートかよ……)
そんなことを考えていると、不意に外から扉を激しく叩く音が響いた。
ドンッ! ドンッ! ドンッ!
「テオドール殿下をお迎えに参った! 今すぐ扉を開けよ!」
外から近衛兵の野太い声が飛ぶ。
「ちょっと! 成人の儀は昼過ぎのはずです! まだ十時にもなっていないですよ!」
居間に向かっていたコレットが慌てて扉の前に立ち塞がり、抗議する声が聞こえる。
「時間が変更になったのだ! 今すぐに連れてこいとのご命令だ。悪く思うなよ」
近衛兵たちはコレットの制止を気にする素振りもなく、乱暴な足音を立てて寝室へと踏み込んできた。
「テオドール殿下。国王陛下のご命令により、今すぐに成人の儀を執り行います。着替える時間も与えるなと言われておりますので、その格好のまますぐにお連れさせていただきます」
有無を言わせぬ冷徹な通告だった。
今日はテオドールの十五歳の誕生日だ。この大陸において成人は十五歳と定められており、王族の男子は成人の儀をもって王位継承権が明示され、初めての公務が任じられることになっている。
「寝衣のままってのはどうかと思うが、仕方がないか。大人しく連行されるとしよう」
反抗する力など今の俺にはない。ベッドから降りて寝室を出ると、コレットが別の近衛兵に肩を押さえつけられていた。
「テオドール様!!」
「コレット、心配するな。何も命を取られるわけじゃないだろ? ここで大人しく待っててくれ」
そう言い残し、俺は部屋を出た。
部屋の外にはさらに近衛兵が待機しており、総勢二十名ほどの大所帯だった。俺は完全に包囲された状態で、王宮の大広間へと連行されていく。
まともな王子であれば、この成人の儀で王位継承順位が宣言され、省庁や軍における要職が与えられるのだろう。だが俺は、数年間引きこもり、碌な王族としての教育も受けていない無能王子だ。しかもつい最近、継室から健康な男児が誕生したばかりである。
このまま何もしなければ、良くて廃嫡、最悪の場合は国外追放だろう。
(このままでは破滅は免れない。なんとか足掻く方法を考えないと……)
立ち並ぶ近衛兵たちの冷ややかな視線を浴びながら、俺は必死に脳を回転させ始めた。




