12話
※イラストおよび校閲にAIを使用しております。
俺と護衛の百騎は、前線基地を出撃した打撃大隊の本隊に追いつき、大隊本部へと合流した。
大隊長のアランは、突如として現れた王子の姿に仰天していた。
「殿下、なぜここに! 基地で待機されているはずでは!」
馬を寄せたアランが、驚愕の声を上げた。
「実際の戦場をこの目で確認しておきたいんだ。案ずるな、護衛の百騎は精鋭だ。大隊の足は引っ張らない」
俺が短く告げると、アランは苦虫を噛み潰したような顔で首を振った。
「王族が視察するような戦場ではありません。今すぐお引き取りを」
「ゴブリンは目前だ。ここで押し問答をして行軍を止めるつもりか?」
有無を言わさぬ俺の言葉に、アランはしばし沈黙し、呻くように言った。
「……分かりました。ただし、現場では私の指示に絶対に従っていただきます。勝手な真似は一切許しませんぞ」
「承知した。宜しく頼むぞ、アラン大隊長殿」
やがて大隊は、敵の侵攻ルートを見渡せる小高い丘の上へと陣取った。そこに広がる光景に俺は息を呑み、思わず目を見開いた。
(……あれが、ゴブリンか)
およそ一キロ先の平原を、緑色に蠢く醜悪な群体が覆い尽くしていた。
遠目にもわかる異形。風に乗って届く、獣の体臭と血の混じったような鼻を突く悪臭。耳障りな甲高い金切り声が、地鳴りのように響いてくる。
かつてディスプレイに表示されていた「敵ユニット」ではない。まぎれもなく、人間を殺して喰らう生きた化け物たちがそこにいた。
「まずいですな。通常の中規模群の倍……数は二千近い。残念ながら守備隊の生き残りは諦めざるをえませんな」
隣に馬を寄せたアランがそう呟く。
俺がそれを聞いて必死に目を凝らすと、眼球に焼けるような熱さが走り、突如として視野の中央が拡大された。
(……視覚の強化か。身体強化魔法の一部なのだろうが、今は都合がいいな)
拡大された視野でよく見ると、緑の波から逃れるように必死にこちらへ向かって走ってくる人影が見えた。
最前線の監視塔から撤退してきた守備小隊だ。本来なら五十名編成のはずだが、土埃の中で確認できるのは、わずか十名足らずしかいない。
さらに注視すると、逃げ惑う彼らを守るように、最後尾で孤軍奮闘する一人の兵士の姿があった。
ボロボロの鎧を血に染めながらも、群れから突出して飛びかかってくる敏捷なゴブリンどもを力任せに突き飛ばし、鋭い一撃で切り伏せていく。
このまま殿が機能すれば、いずれ守備兵の生き残りはこの丘下までたどり着けるかもしれない。そう思った矢先、戦場に絶望が襲う。
ゴブリンの群れの後方からいくつもの火球が発射され、放物線を描いて逃げる守備兵を襲った。おそらくは群れのボスであるゴブリン・シャーマンによるものだろう。その一発が至近距離に着弾した。
凄まじい爆発音と共に、人間の身体がボロ布のように無残に宙を舞う。
遠く離れたこの場所まで、焼け焦げた肉の臭いが届いたような錯覚に陥る。生身の人間が、血肉を撒き散らして理不尽に命を奪われているのだ。
(これが……本物の戦場……)
血と泥に塗れた本物の命のやり取り。背筋に氷をねじ込まれたような悪寒が走り、胃の奥から強烈な吐き気が込み上げてきた。
「よし、大隊を左右に分けろ! 敗走する守備兵を囮にして、両翼から回り込んで挟撃するぞ!」
アランが剣を抜き放ち、高らかに号令を下した。それに呼応し、打撃大隊の騎兵たちが一斉に散開を始める。
(……正しい判断だろう。軍略上、あの守備兵を救う意味は皆無だからな)
リアルな人間が目の前で血を流している凄惨な光景に、一瞬だけ現代人の感覚が悲鳴を上げそうになる。だが、すぐに冷徹なゲーマーの思考がそれを塗り潰す。
(今の俺にとっては、他人の命よりも重要なことがある。そう……戦果だ。南軍を掌握するために、誰の目にも明らかな実績を積み上げなくてはならない)
俺の背後には、実戦経験ゼロとはいえ、百名もの貴族騎兵が控えている。
(第一王子が自ら死地へ赴き、貴族の精鋭を率いて平民を救い出す。これ以上ない英雄的なプロパガンダだ)
「……ならば、俺が護衛を率いて彼らの救出に向かう。お前たち! 生き残っている守備兵を回収するぞ。さあ、ついてこい!」
「殿下! 約束が違いますぞ! そのような身勝手な行動は……」
「アラン大隊長! 貴殿の作戦はそのまま実行しろ! 俺たちがより目立つ囮となって敵を惹きつける。必ず挟撃を成功させろ!」
俺はそう叫んでなりふり構わず馬に鞭を入れ、丘を駆け下りた。護衛隊長のジュリアンも慌てて号令を飛ばし、俺の後を追ってくる。
俺は震える手を無理やり押さえつけ、俺は土煙を上げて迫りくる化け物の群れへ向かって風を切った。




