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10話

※イラストおよび校閲にAIを使用しております。

馬車が到着したのは、簡素な木柵で囲まれただけの前哨基地だった。防衛線からは約10キロの後方に位置しており、およそ千名で構成される打撃大隊が駐屯している。


ここが本格的に攻撃される前提ではないからだろうが、防衛拠点というよりは出撃までの待機場所という性質が強い造りだった。


(それにしても、酷い格差だな)


本部と貴族士官たちの住居を兼ねる建屋は立派な石造りだが、その他は必要最低限の簡素なものばかりだ。


俺たちの到着を貴族士官が勢揃いして待ち構えており、次々とやってくる彼らの挨拶をこなす。


貴族士官は打撃部隊の指揮を執りつつ、身体強化による弓撃や、元素魔法を用いた遠距離攻撃を担うという。直接的な白兵戦を行わないためか、彼らの軍服には泥一つ跳ねておらず、およそ前線指揮官には見えない優雅な出立ちだった。


対照的に、俺たちを遠巻きに眺めながら戦支度をしている平民兵たちは、軍服は擦り切れ、その顔には深い疲労の色が刻まれている。


対ゴブリン戦線の防衛網において実働の要となる熟練兵たちでさえ、この扱いだ。アストリア王国全体に蔓延る階級社会の闇が、ここ最前線でもはっきりと顕在化していた。


その時だった。


カンッ! カンッ! カンッ!


遠方から、甲高い鐘の音が連続して響き渡った。同時に、地平線の彼方に真っ黒な狼煙が細く立ち上るのが見える。


最前線の監視塔からの急報だ。


先程までの緩んだ空気が一変し、基地全体が蜂の巣をつついたような騒ぎに包まれた。


土埃を上げて駆け回る伝令や軍馬。これから死地に向かう平民兵たちは無言で武器の最終点検を行い、その周囲には重く張り詰めた空気が漂う。その一方で、貴族士官たちは遠巻きに甲高い声で指示を飛ばすばかりだ。


「おい! どうなっている! 状況を説明しろ!」


参謀官のモーリスが血相を変え、近くにいた貴族士官へ鋭い声を飛ばす。


「中規模群の襲撃です! 前回の発生から一月も経っていないというのに……これから打撃大隊総員で全力出撃を行います!」


士官の一人が早口で答え、俺の方へと向き直った。


「万が一に備え、殿下は本部の堅牢な建屋でお過ごしいただけますでしょうか」


「そんな馬鹿な話があるか! 殿下の御身に何かあれば国家の一大事だ。今すぐヴァラリアの司令部へ帰還する! 殿下、急ぎ馬車へお戻りください!」


顔面を蒼白にしたモーリスが、俺の腕を引こうとする。


(中規模群。およそ千匹のゴブリンと、元素魔法を扱うゴブリン・シャーマンが率いる群れか)


事前に聞いていた話を思い出す。中規模群に遭遇した場合、最前線にいる五十名の守備小隊の損耗率は五割に達する。つまり、今この瞬間にも、逃げ遅れた兵士たちが無残に狩り殺されている最中ということだ。


ゴブリン戦線の真の姿、そして南軍の実際の用兵を観察するには、これ以上の機会はない。


「いいや、逆だ。俺は戦場へ向かう」


俺はモーリスの手を払い除け、毅然と言い放った。


「なっ……何を狂ったことを!」


「ぜひとも南軍の雄姿をこの目で観たいんだ。構わないだろう、士官殿?」


俺が冷たい視線を向けると、士官は困惑したように視線を泳がせた。


「し、しかし……この先は兵站道路すら途切れ、丘陵や木立が続きます。馬車は使えませんが……」


「安心しろ。乗馬は俺の数少ない特技の一つだ」


亡き母ロザリーは乗馬を好み、幼い頃の俺に手取り足取り教えてくれた。この身体には、その時の感覚がしっかりと染み付いている。


「そういうわけで、モーリスとコレットは足手まといになるからここで待っていてくれ」


俺が近くに繋がれていた軍馬の鞍に手をかけた瞬間、背後から服の裾を強く引っ張られた。


「テオドール様! 危険すぎます! そのようなことは断じて許しません!」


振り向くと、コレットが涙目で俺の腕にすがりついていた。


「この手は絶対に離しませんからね!」


母との約束を守るため、必死に俺を引き留めようとするコレット。


「心配するな、コレット」


俺は彼女の震える手を優しく解き、安心させるように微笑みかけた。


「ジェラール元帥が選抜してくれた百騎の護衛がついているんだ。ゴブリンの群れ如きに後れを取ることはないさ」


そう口にしながら、俺は周囲を取り囲む護衛たちを一瞥した。百名という遊撃戦力があれば、万が一の際にも戦局を動かせるはずだ。


「でも……っ」


「俺はアストリアの王子だ。民が血を流す様を、安全な後方から眺めているわけにはいかない。そう決意したからこそ、今ここにいるんだ」


静かだが、強い意志を込めた言葉。


コレットは、やがて諦めたようにゆっくりと手を引いた。


「……必ず、無事にお戻りくださいませ」


「ああ、約束する」


俺は馬に飛び乗ると手綱を引き絞り、百騎の護衛たちへ振り返った。


「行くぞ! 南軍の真の戦いぶり、この目で見届けさせてもらうぞ!」


戸惑いながらも陣形を整える護衛たちと共に、俺は血生臭い戦場へ向かって馬を駆けた。

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