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9話

※イラストおよび校閲にAIを使用しております。

南軍司令部での騒がしい夜会から一夜明け、俺は予定通り前線視察へと出発した。


馬車を囲むのは、百騎の護衛たち。石畳の整備されていた街道とは打って変わり、でこぼこの兵站道路が、戦場が近いことを実感させる。


「殿下、本日は絶好の視察日和でございますな。これも殿下の徳が天に届いた証左に相違ありません」


向かいの席に座る四十代半ばの男が、顔を揉みほぐすような卑屈な笑みを浮かべて言った。


挿絵(By みてみん)


ジェラール元帥の部下であり、今回の案内役を務める参謀官、モーリスだ。由緒ある貴族の出らしいが、その言動からは王族に取り入ろうとする打算が透けて見える。


「……あいにくだが、俺は天候で戦の吉凶を占う趣味はない。それよりも、現状の防衛体制について詳しく聞きたい。元帥からは機動防衛を行っていると聞いたが」


「は、ははっ。流石は殿下、お目が高い! まさにその通りでございます。我ら南軍は限られた兵力を最大限に活用するため、三層の防衛網を敷いております」


(限られた兵力、か。実情は不足する兵力を無理な運用で胡麻化しているのだろう)


俺が内心で毒づいていると、隣に座っていたコレットが少し心配そうに身を寄せてきた。


「テオドール様、あまり根を詰めすぎないでくださいね。馬車の中くらいは、少しお休みになられた方が……」


「心配いらないさ、コレット。それよりも時間は有効に使わないと。南軍の実情を知らずに戦果もへったくれもないからな」


「もう、誕生日から人が変わったようなんですから」


コレットはそう溜息をつき、皮袋に入った水を差し出してくれた。


俺はのどを潤して、モーリスに続きを促した。


「まず、第一層。これが最前線となる『監視網』でございます。240キロに及ぶ広大な戦線に、約2キロ間隔で百基の監視塔を配置しております」


挿絵(By みてみん)


モーリスは指を折りながら、立て板に水のごとく説明を続ける。


「一塔あたり五十名の守備小隊が監視に当たっており、ゴブリンを発見次第、鐘と狼煙で急報を上げます。彼らの役割はあくまで誘因。無理な戦闘は避け、後退しながらゴブリン共を引き込むことが目的です」


(誘因ね……徴集兵は体のいい餌ってところか)


「そして第二層。防衛線から五キロほど後方に、六つの前哨基地を設置しております。ここが迎撃の要となる『打撃部隊』の駐屯地です。一基地あたり千名の熟練兵が控え、急報を受けて1時間以内に戦場へ駆けつけ、ゴブリンを迎撃する仕組みでございます」


「なるほど。貴重で数少ない熟練兵を有効利用する仕組みだな」


俺はわざとらしく感心して見せた。


「左様でございます! そして最後が第三層。我らが出発したヴァラリアの司令部本部です。ここには約五千名の戦略予備と後方支援部隊が控えており、兵站の維持と最終防衛ラインの役割を担っております」


(総兵力一万六千で240kmの戦線を完全防衛か。今の技術水準では無理難題と言っていいだろう)


俺はゲームでの経験から、現状が限界に近い状況であることを悟っていた。


「防衛の仕組みは理解した。だが、肝心の敵についてまだ聞いていないな。ゴブリンどもは、具体的にどのような規模で襲撃してくるんだ?」


俺が尋ねると、モーリスは少し顔を引き締め、真面目なトーンで口を開いた。


「奴らの襲撃は、規模によって三段階に分けられます。最も多いのが、日常的に散発する『小規模群』ですな。およそ百匹程度の群れでございます」


「百匹か。それなら、守備小隊の五十名でも持ち堪えられるのではないか?」


「いえいえ、殿下。守備小隊はほとんどが練度の低い徴集兵ですから、兎にも角にも発見報告と撤退が最優先です。それに、群れを率いるボス個体は強力な身体強化魔法を扱う『ゴブリン・ウォーリアー』であることが多く、熟練兵でないと相手が難しいのです」


モーリスは大げさに肩をすくめてみせる。


「とはいえ、守備小隊がうまく後退し、打撃中隊の援軍と噛み合えば、被害はほぼ出ません。後退中に食い付かれた場合は死傷者が出てはしまいますが……」


(だろうな。全力の撤退ならまだしも、練度の低い徴集兵が敵を誘引しながらの後退するなんて、そう何度も成功させられるわけがない)


俺は内心でため息をつきつつ、先を促した。


「なるほど。では、より大きな群れも来るのか?」


「はい。年に数回、『中規模群』と呼ばれる千匹程度の群れが発生します。しかも、近年はその頻度が増加しておりまして」


モーリスの声が一段低くなる。


「この規模になりますと、ボスは元素魔法を扱う『ゴブリン・シャーマン』であることが多く、さらに複数のウォーリアーまで混ざってまいります」


「元素魔法だと? 貴族が使うような魔法を、蛮族が操るというのか」


俺が驚いたふりをして見せると、モーリスは重々しく頷いた。


「左様でございます。この中規模群に遭遇した場合、誘因する守備小隊の損耗は五割に達します。かといって群れを見失ってしまえば、南部の民に甚大な被害が出かねない。だから逃げ出すわけにもいかないのです。この規模になると、迎撃を担当する打撃部隊にも死傷者が多くでてしまいます」


「……十分に厄介だな。それが中規模群ということは……」


「はい。数年に一度、『大規模群』が発生いたします。およそ一万匹の群れでございます」


その数字を聞いた瞬間、俺は思わず息を呑んだ。


(一万匹の群れは、ゲーム開始から長期間放置しないと発生しない規模だ。つまり、この世界はすでにゲーム開始から相当な時間が経過しているのだろう。蛮族どもの成熟や、この国より数手先をいく文明が存在する可能性も、考慮しないとな)


「大規模群と接敵した際は、守備小隊は全力撤退致します。それでも壊滅することがほとんど。各所の守備小隊と打撃部隊、そして戦略予備も合わせ、南軍の総力をもって相対することになります」


馬車の中に、重苦しい沈黙が降りた。コレットも顔を青ざめさせ、不安げに手を握りしめている。


(安全な宮中暮らししか知らないコレットには、ひどく堪える話なのは当然だ)


「……よく分かった。なかなかに厳しい戦況だな」


ジェラール元帥が、俺を神輿にしてでも中央から予算と人員を引き出したかった理由、それが痛いほどよく分かる。この戦線は、いつ崩壊してもおかしくない薄氷の上に成り立っているのだ。


俺は気分転換に窓の外へと視線を向けると、地平線の先に物々しい防壁が見えてきた。


「向こうに見えてきたのが、打撃部隊が駐屯する前哨基地か?」


「左様でございます。本日はこちらの基地の実情を視察いただければと存じます」


俺はいよいよ、血と泥に塗れたリアルな戦場へと足を踏み入れようとしていた。

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