悲しき旅路ゴブリン
「ハイドゥーモ・ワーワー・ユーティマスクゥド……!」
「私は対話の魔女アマリアマリア・マリア・アマリアマリア。長いのでアマリアとお見知りおきを。そこのゴブリンさん、秘術によりあなたの魂に直接話かけています」
「な、なんだ? 人間の言ってる言葉がわかるぞ」
「対話の魔法の効力です。私にもあなたの言葉がわかります。ゴブリンさん、あなたにお伺いしたいことがあります。先ほど所用で近隣の村に立ち寄ったのですが、そこで何者かに家畜を盗まれたという報告を受けました。目撃証言によりますと、犯人は人間よりもずいぶん小柄な影だったと。ゴブリンさん、この地帯はゴブリン族の生息地ではないと存じ上げておりますが、たまたまあなたの姿をお見かけしたのでこうして話しかけさせていただきました。この件について何かご存じないでしょうか?」
「まことに申し訳ありませんでしたァ!」
ゴブリンは土下座した。
「お察しの通り、家畜を盗んだのはわたくしめにございます」
「顔を上げてください。あなたが盗んだので間違いないですね?」
「はい、その通りでございます」
「妙ですね、群れを成して定住するゴブリンの生息地の外での犯行、何か事情があるとお見受けしますが」
「……はい、私は群れを離れ、この奥の洞穴におります妻と、子供を連れ添って、安住の地を求めて旅をしている身にございます」
「ゴブリンが旅とは珍しいこともあるものですね。なぜ群れを離れたんです?」
「はい、それは私と妻との問題にあります。私たちは幼い時分からお互いを好き合っておりました。しかし妻は、族長の娘だったのです。妻には許嫁がおり、私たちは結ばれぬ運命にありました。しかし私たちは愛し合い、ついに子を授かったのです。族長はそれはもう激しくお怒りになりました。私は身重の妻を連れ、群れから逃げ出しました。あてのない放浪の日々の中、やがて息子が生まれました。私たちは幼い我が子がいつか、私たちのように愛し合い子供を授かれるよう、他のゴブリンの住む集落を探しているのです」
「なるほど愛の逃避行というわけですね。感動的な話です。では、家畜を盗んだのは?」
「……情けない話です。私は群れにいたときは鍛冶職人でした。私は持ち出した手製の剣と弓さえあれば、家族三匹食っていくだけの狩りができると思っていました。しかし実際、私の狩りの腕は悲惨なもの。木の実をつまんで飢えを満たしては、人間の村を見つけると夜な夜な忍び込んで野菜や家畜を奪う日々。いつか討伐され、妻や息子に危険が及ぶことはわかっております。ですが飢えをしのぐため悪事に手を染めることをやめられなかったのです。私は息子のため立派な父でなければならないのに……。これ以上情けない姿を妻と息子に見せたくはありません。二度と! 二度と人間様の家畜には手を出しません。だから、どうかお命だけはご勘弁を……!」
「ゴブゴブ(父ちゃん)? ゴブゴブゴ(なにしてるの)?」
洞穴から子ゴブリンが現れた。
ゴブリンはアマリアに掴みかかった。
「オラァー! 人間風情が偉そうな口聞いてんじゃねえぞオラァ! そうさ、てめえらの家畜を食ったのはこのオレだ! うまかったぜ、ケケケ!」
「ゴブゴブ(父ちゃん)? ゴブゴブゴ(なにしてるの)?」
「おう息子よ。人間どもがよお、牛盗まれたってんで、こんなすっとろそうなさえねえブサイクな魔女をよこしてきたからよォ、ちょっとヤキいれてやってんだ」
「ゴブゴ(魔女)?ゴブゴブ、ゴブゴブゴブ(父ちゃん勝てるの?)」
「当たり前だ! 父ちゃんは数多くの人間と戦ってきた勇者だ。この魔法使いは見たとこ下級も下級。父ちゃんの敵じゃないさ、いまもブルっちまって突っ立ってるだけだ。そうなんだろ? エェ!?」
ゴブリンはアマリアの顔につばを吐きつけた。
アマリアは1のダメージを受けた。
「ケケケ! よくお似合いだぜ。わかったらお前も穴に戻ってろ。こんな雑魚に構うことはねえ」
「ゴブ、ゴブゴブ(うん、わかったよ)ゴブゴブ、ゴブゴブゴブ(父ちゃんはやっぱすげえや)
子ゴブリンは洞穴に帰っていった。
「すいません! すいません! すいません!」
ゴブリンはアマリアにすがりついた。
「父の威厳を、父の威厳を、保ちたいという私的な感情のために、魔女様に大変な無礼を!」
アマリアはハンカチでつばを拭いた。
アマリアはハンカチを捨てた。
「構いませんよ。どうせすっとろくて、さえない、ブサイクな、下級魔女ですから」
「心にもありません! 言葉のあやというやつに御座います!」
「いいですよ、正直ムカつきましたけど親というのはそうゆうものかもしれませんね」
「なんと寛大な……!」
「それより、ゴブリンさんはゴブリン族の集落を探しているのですね?」
「はい、そうでございます」
「それでしたら、ここから村の方へ行った街道を北へ10日ほど行き、山をふたつ越えた先に、ゴブリンが住み着いた廃坑道があります。かなり大規模なコロニーですので、もしかしたらゴブリンさんたち家族を受け入れてくれるかもしれません」
「そ、それはまことの話でありますか魔女殿!?」
「ええ、この目で見たわけではありませんが、このあたりでゴブリンの生息地と言えばそこになります」
「……なんと、なんと慈悲深いお方だ。家畜を盗み、あまつさえ魔女様に罵詈雑言の数々を吐き捨てた私に、道まで示してくださるとは……。かの魔王との争い、我らゴブリン族の多くは自ら魔王に与し、人間に対しそれはもう凄惨な悪逆非道の限りを尽くしたと伝え聞いております。魔王が敗れたとき、我々は一匹残らず駆除されても仕方なかった。それなのに人間は我々を見逃し、今もなお我々と一定の距離を保ちながら、不可侵を貫いております。……なんと慈悲深い。私は息子たちに人間の高潔さを伝えていきます。……人間に比べ、ゴブリン族はやや野蛮な面があるかもしれません。しかし、種族は違えど、これからのゴブリン族のこどもたちには人間のような高潔さを学ばせるべきと悟りました。魔女様、私は――」
「ゴブゴブ(父ちゃん)? ゴブーゴブ(魔女は倒した)?」
洞穴から子ゴブリンが現れた。
ゴブリンはアマリアに掴みかかった。
「――人間風情がゴブリン様に逆らってんじゃねえぞコラァ!」
「ゴブリンさん、怒りますよ」
「上等だァ! この下等生物が! ケケケ、いいかそのちんけな耳の穴かっぽじってよく聞けよ? 人間なんてのは群れなきゃ何も出来ねえ雑魚なんだよォ! オレのようなゴブリン族の戦士の足元にも及ばねえ。下劣な家畜以下の低能野郎どもの集まりよ。オイ、ホラ、どうした? 悔しかったら魔法のひとつでも唱えてみろよ。オレは二つでも三つでもかまやしねえぞ。真の戦士にはそんなおまじない効きやしねえからなァ! ペェ!」
ゴブリンはアマリアにつばを吐きつけた。
アマリアはつばをかわした。
「ゴブゴブ(父ちゃん)? ゴーブゴーブ(まだ倒してないの)?」
「ケケケ、倒すまでもねえのよ息子よ。こいつはとっくに父ちゃんに小便ちびって戦意喪失してやがる。だけど父ちゃんは低俗な人間どもと違って慈悲深いからよォ。命乞いを聞いてやってるってわけよ。いいか息子よ、お前も雑魚を相手にしたときは見逃してやるんだぞ。わかったら、母ちゃんのとこ戻ってろ、高潔な魔女様もガキの前でいたぶられるのは屈辱だろうからよォ。ケケケ」
「ゴブ、ゴブゴブ(うん、わかったよ)ゴブゴブ、ゴブゴブゴブ(父ちゃんはやっぱすげえや)」
子ゴブリンは洞穴に帰っていった。
「すいません! すいません! すいません!」
「まず手を放してもらえますか?」
ゴブリンはアマリアから手を離した。
ゴブリンは土下座した。
アマリアはファイアボール(弱火)を唱えた。
「ぎゃー!」
ゴブリンは燃え上がった。
アマリアはウォーターを唱えた。
ゴブリンは消火した。
「このくらいで許してあげます。ですが、いくら父の威厳を保つためとはいえ、これはいささか少々やり過ぎじゃないですかね?」
「……返す言葉もありません」
「人間の高潔さを子供たちに伝えるんじゃなかったんですか?」
「すいません、わかってはいるんですけど、子供のことになるとどうしても我を忘れてしまって……」
「あと、つば吐くのやめてもらっていいですか? 他の言動を見逃すとしても、あれは看過できません。する意味ないですよね?」
「……申し訳ありません。感情が高まるとゴブリンの性なのでしょうか、つい下品な行動に走ってしまうのです。しかし、魔女様の美しいお顔を汚そうなどと、とても許されることではありません。魔女様はそのお心だけでなく、容姿も美しくいらっしゃいます。種族が違えどわかるほどです。さぞ人間の殿方にも言い寄られていることでしょう」
「今更そんなお世辞を言われても困ります」
「いえ、お世辞だなんて本心かと思います。私に妻がいなければ種族を超えて恋に落ちていたことでしょう」
「まあ、なんでもいいですけど、ちょっと坑道までの簡単な地図を描きますね。ゴブリンさん一人ならほうきに乗せて連れていってあげれるんですけど、三人は流石に狭いですし、さっきのやり取りがあるので整合性が取れませんしね」
「そ、そんなことまで……! 魔女様は聖女様であらせられます!」
「方位磁石はありますか?」
「はい、所持しております」
「ふん、ふん、ふんっと、まあ本当に簡単ですけどこんな感じですかね。どうぞ」
「本当になんとお礼を言ってよいか……!」
「そんな大層なものじゃないです、古い街道が鉱山の前まで続いているので、そこまでなら迷うこともないと思います。その代わり二度と家畜に手を出さないと誓ってくださいね」
「もちろんでございます。魔女様の美しい御心に触れ、私はすっかり改心いたしました。例え飢えても、心は気高く、悪事に手を染めぬと誓いま――」
「ゴーブー(あんた)? ゴブゴブゴ(どうしたんだい)?」
洞穴からメスゴブリンが現れた。
ゴブリンはアマリアに掴みかかった。
「調子こいてんじゃねえぞコラァ! 人間の家畜はみんなオレ様のもんなんだよォ! ケケケ」
「ゴブゴブゴブゴブ(なんだいその人間は)? ゴブゴ、ゴブゴブゴブ(あんた、大丈夫なのかい?)
「おう、お前か。聞いてくれよここにいるコイツは、魔女だってんだがよう、オレが牛を盗んだって難癖付けてきやがったもんだから、少々ヤキを入れてやってたんだよ。そうしたらどうしたと思う? ケケケ、こいつオレにちっとも敵わねえと見たら、体を差し出して命乞いしてきやがったんだ。笑えるよなあ。薄汚ねえ人間がヨォ! 大体なんだその薄っぺらい体は。こんなガリガリのまな板女、人間だって誰も抱きやしねえ。そんな貧相な体で許してもらえると思ってるのが笑えるぜ」
「ゴブゴ(そうかい)。ゴブゴブゴブ、ゴーブゴブゴブゴブゴブゴーブゴブ(でも大丈夫なのかい、さっきからその人間ブツブツ魔法か何か唱えてるけど)
「……母なる大地を走る地脈に集いしマナよ、強き流れに逆らわず――」
ゴブリンはアマリアの口を塞いだ。
「テメェ、ナニ勝手なことやってんだ、おお? いまさら何やったってテメェの負けなんだよ。テメェが口にしていいのはな、すみませんでした、以外ねえんだよ。対話の魔法とか言ったか、オレにだけは人間の言葉がわかるのは愉快だぜ。ケケケ。ほら、早く言うんだよ。すいませんでした、だ。すいませんでした、言ってみろ。オラ、言うんだよ。おっと手を離さなきゃ言えねえよなァ? ほら、放してやったぞ。言ってみろ。すいませんでした、だ。すいませんでした。すいませんでしたァー。このみじめな行き遅れ女がヨォ!」
「ブライン」
アマリアはブラインを唱えた。
メスゴブリンの視界が真っ暗になった。
「……王宮式棍術」
アマリアはほうきで神速五月雨突きを放った。
ゴブリンは156のダメージを受けた。
「ぐへえ!」
「ゴブゴブゴブ、ゴーブー(なにも見えないよ、あんた)ゴブゴ、ゴブゴブゴ(何が起こっているんだい)」
「き、気にすることはねえ! ちんけな魔法で反抗してきただけだ。もちろんそんな下級魔女のちんけな魔法なんぞオレには効かないがナァ! わかったら、洞穴の中に戻ってろ。魔女に何かされたらしいが、帰るくらいならできるだろ? オレはこれからこの魔女にお仕置きをしなきゃいけねえからよ。巻き込まれねえように戻ってろ」
「ゴブ、ゴーブー(わかったよ、あんた)ゴブゴブゴーブゴーブゴブゴーブゴーブごーぶ(だんだん目が見えるようになってきたし、戻ってるよ)
メスゴブリンは洞穴に戻った。
「さて、加減はしましたが、立てますか?」
「……いえ、私のような矮小な存在はもうしばらく地面に伏しているのがお似合いです」
「そうですか、では話を戻しますけど、家畜泥棒のゴブリンを見つけ、対話を試みましたが、交渉は決裂。襲い掛かってきたので討伐、ということでいいですか?」
「……本当になんとお詫びしてよいか。お望みならば靴でも舐めます」
「いえ、もう唾液はいただきましたので結構です」
「重ね重ね申し訳ありません」
「……奥さん巨乳でしたね」
「はい……」
「貧相な体ですみませんでした」
「いや……それは……」
「家族の前で威厳を保ちたいのは理解しているつもりですが、ゴブリンさんの常軌を逸した行動に、私にはその本心がわかりません」
「いま、魔女様と対峙しているわたくしめがまぎれもない本心でございます」
「そんなこと言って、またご家族が出てきたら豹変なさるんでしょう?」
「……否定しきれません」
「まあ、もう用は済みましたし、長居は無用ということですかね」
「魔女様には本当に千の言葉でお礼を申し上げなければならないのに……、未熟な私をお許しください。息子が大きくなった暁には、偉大な魔女様の話を語り継ぎたいと思います」
「まあ、なんでもいいですけど、また話してると、ご家族が出てくるので、他に用事が無ければ私は行きますね」
「あ、魔女様、最後に一つだけ、お役に立てるかはわかりませんが、お耳に入れたいことが」
「なんですか?」
「いま魔女様が使っていらっしゃる対話の魔法なんですが、私が群れを出る少し前のことになります。全身をローブに包んだ魔法使いが、それを使って族長と会話をしておりました。私には族長の言葉しかわかりませんでしたが、人間の戦について話していたと思われます」
「対話の魔法は我が一族の秘伝です。使えるものがそうそういるとは思えませんが……。ゴブリンさんの元居た集落はどちらにありますか?」
「へい、ここから東の方角に。大きな湖の近くの山にございます」
「……それはおそらくは敵国との国境付近……。調査の必要がありますね。貴重な情報をありがとうございます。はじめて今日来た甲斐を感じました」
「お役に立てたのならなによりです」
「では、私はこれで。ご家族を大切になさってください。坑道の群れとうまくなじめることを祈っています」
アマリアはほうきに乗って飛び立った。
子ゴブリンが洞穴から出てきた。
ゴブリンはアマリアに弓を撃った。
アマリアはゴブリンの攻撃をかわした。
近隣の村に降り立ったアマリアは、村人に家畜泥棒を討伐したと伝えた。
村人は感謝の宴を上げると言ったが、それを断り、アマリアは王都へと急いだ。
研究所へと戻ると、ペンを取り、対話の魔法らしきものを用いて国境沿いのゴブリンに接触したものがいると、報告書を作成した。
争いの影に蠢く者がいる。
「ハイドゥーモ・ワーワー・ユーティマスクゥド……」
アマリアは魔力を込めずに、対話の魔法の文句をなぞった。
「人間が恐ろしいのはね、アマリア。言語に長けているからなのよ」
かつて母はそう言った。
「魔獣たちとは比較にならないほど発達した言語は、ありとあらゆる物事を高度に結びつけるわ。そして、対話の魔法は恐ろしい力を持った魔獣たちとも、関係を結ぶことができる。その危険性を理解できないのなら、対話の魔法は使ってはいけないわ」
「どうしたのアマリアさん。難しい顔して」
数少ない友人のリズが話しかけてきた。
「ううん。なんでもないですよ」
「そう?」
「ええ大丈夫。それよりドラゴン様はよく眠ってらっしゃる?」
リズはグリーンドラゴンの卵の監視員の一人だった。
「ええ、ピクリともしないわ。私もアマリアさんみたいにお話ししてみたいわ」
「それはやめといたほうがいいと思います……」
緊急クエスト『家畜泥棒を追え』クリア
アマリアの名誉が上がった。
クエスト『謎の魔術師の調査』が追加された。
アマリアはハンカチを一枚失った。




