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森の霊樹トレント①


「ハイドゥーモ・ワーワー・ユーティマスクゥド……!」


「お初にお目にかかります。私は宮廷魔術師、対話の魔女アマリアマリア・マリア・アマリアマリア。長いのでアマリアとお見知りおきを。千年を生きる霊樹トレント様、秘術によりあなたの魂に直接話かけています。どうか突然の訪問をお許しください」

「……おお、なんと懐かしいマナの香りよ……。かの聡明なる魔女の子孫よ……よくぞ参ってくれた」

「おわかりになるのですか!?」

「……わかる、わかるぞ……。かつて魔王の討伐に先立ち、かの者はここを訪れた……。自らは強大な魔力を持ちながら、魔王に操られし者を討つことに最後まで心痛めておった……やさしき娘……わしにはわかるぞ、そなたにはその血が流れておる」

「さすが……おっしゃる通りにございます。それでは私がここへ来た理由も、お見通しでございましょうか?」


「……うむ、人と人との争いについてーー」

「モテたいんです!」


「……。……続けよ」


「不肖アマリアマリア、これまで殿方との交際経験もなく、生きてまいりました。気が付けば母が私を生んだ歳……一族の危機なのです! 我が祖と霊樹様との語らいの伝説は今なお伝わっております。森の奥に住みながら、その博識は万物を通づると。どうかそのお知恵を賜りたく存じます」


「……。むうん、ブランチウィップ」


 アマリアに無数の枝が襲い掛かった!


「……障壁」

「ほお……」

「……霊樹様。これはいったい何のお戯れでしょうか?」

「うむ……。四方八方から襲い来るの枝の雨を、指一つ動かさず防いでみせるか……。ローブにも傷ひとつついておらぬ、見事練り上げた魔道である」

「ハッ、もったいなきお言葉」

「じゃが娘よ」


「だからそなたはモテぬのじゃ!」


「なんですって!?」

「そなたがモテる魔女ならまず、ローブをはためかせて飛び上がる」

「飛び上がる意味はなんなのですか?」

「……そんなこともわからんか娘よ。はためくローブから露わになるインナーのチラリズムがないんじゃ」

「チラリズム……」

「さらにモテる魔女なら体だけを障壁で守り、衣服にダメージを受ける。さすれば露出だけではなく、同行した兵士や冒険者に布を肩にかけてもらえるというイベントも発生するというもの」

「なんたる知見。アマリアは膝を打ちました!」

「『衣服には少々ダメージを受けましたが、体は問題ありません』」

「エロカッコいい!」

「良いか、いましがたの所作がそなたの全てを物語っておる。そなたの一挙手一投足には決定的に色気が足りんのだ」

「……色気。……霊樹様私にも色気が出せるのでしょうか!?」

「ばかもの。いつまでそんなフードを深々とかぶっておるつもりじゃ。よいか? 流れる髪がモテる女のフードと知れ」

「はい! すぐに脱ぎます」

「北風と太陽の寓話を知っておるか?」

「はい。確か、北風は自らの力を誇示したため逆に旅人の服を脱がすことが出来ず、太陽はその温かさで旅人に服を脱がせることが出来た、と」

「この話の教訓は何か?」

「人を動かすには温和な行動をとるべきということでしょうか?」

「そうではない。この話の教訓は……」


「厚いアウターから薄いインナーが見えたらうれしいね! じゃ!」


「ガガーン! そんなメッセージが……。浅学のいたすところをお許しください」

「アマリアよ、そなたはいわゆるボッキュッボンではないが、すらりと細いしなやかな体をしておる。インナーには体のラインの出るタイトなワンピースを着るのじゃ。スリットがあれば尚良い」

「しかし! お言葉ですが霊樹様。そういった服は男受けが悪いとも聞きます」

「愚か者め。現時刻をもって非モテのおぬしが気にすることではない。まずは自分の武器を活かせ。好みの話はそれからじゃ」

「ハッ、浅はかでした」

「ローブもローブじゃ、先ほどは確かに厚いものが良いと説いたが……、そなたは冬ごもりでもするつもりか? そなたの場合ショート丈の薄いペラペラなものでよい。間違ってもフードはかぶるな。下着もいいものを身につけよ。肌から自分をいい女であると思い込ませるのじゃ」

「身なりのことで質問があります」

「申してみよ」

「自分は背がそこそこ高いほうなのでありますが、それでもヒールの高い靴を履いた方がよいのでありましょうか?」

「……確かにいい女というものは高いヒールの靴を履くものじゃ、じゃがな、急いていい女ぶらなくてもよいのじゃ、文字通り背伸びをする必要はない」

「なるほど……! ためになります」

「それよりにおいにも気を掛けよ。そなたからは薬品の臭いがプンプンしておる。職業柄仕方のないこととはいえ、だからこそ対処すべきじゃ。香水を用いよ。薬品のにおいと混ざり悪臭を放たぬように、柑橘系や石鹸などの匂いが望ましい。振りかける量は少なすぎるくらいがちょうどいいと心得よ」

「盲点でございました」

「よいか、いままでしたのはあくまで身なりの話。真に色気を出すためには、己が所作ひとつひとつに意識を配らんといかん。じゃが身なりを整えればその意識も変わるじゃろうて」

「はい! 早速王都のブティックで一式そろえます!」

「それは少々危うい。成金が突然身だしなみを整えようとして金に物言わせて高級服を買いあさるのは危険な行為じゃ。必ず女友達など第三者の意見を取り入れながら買い物をするのじゃ。店員は味方でもあり敵でもある」

「霊樹様! 自分、女友達がいません!」

「……左様か」

「友達ってどうしたら出来るんでありますか?」

「……。そなたの場合、地位が高く話しかけずらいのもあるだろう。まず自分から話しかけるのじゃ。『そのローブいいですね、どこでお求めになったんですか?』この程度で良い」

「なんという難題。これは霊樹様の試練なのですね」

「それでよく対話の魔女とか名乗れたのう……」

「恥ずかしながら返す言葉もございません」

「ふう……もう良いぞ娘よ。思えばそなたの祖もたわいのない話で、森から出られぬこの老体を慰めてくれたものよ……。まこと賑やかでやさしき娘じゃった。さあそろそろ本題に入ろうではないか対話の魔女よ。我が叡智、古よりの盟友のため振るわんとしよう」

「お心遣い感謝致します。千年を生きる偉大なる霊樹よ、願わくば我が問いに答えたまえ」


「好みでない男に言い寄られたときの対象法をお教えください」


「……。……続けよ」


「霊樹様のお知恵もあって、私はもはやモテ女寸前。いえ、すでにモテ女と言っても過言ではありません。ですが……私の色香は罪なことに望まぬ者まで招いてしまうでしょう。いい女には彼らを傷つけずに適度に相手をし、あしらうことも時には必要。その心得を是非ともご教授願います」

「……」

「霊樹様! どうかお力を!」


「じゃあ、わしが男役やるから、それを振って見せよ!」


「ありがとうございます! 霊樹様の面倒見の良さは大陸に轟きます! あ、チャラい系の前衛職でお願いします」


「カランコロンカラーン。お、カウンターで一人で飲んでる女がいるな。声かけてやろう。ねえお姉さん隣いい?」

「あら、坊や、私が宮廷魔術師である前にイイ女であることを知っての狼藉かしら? 私と同席したいならオムツが取れてからになさい」

「いやー厳しいねーお姉さん。いいじゃん、いいじゃん、お姉さん一人なんでしょ、俺も一人だからさ、一杯飲もうよ。これも何かの縁ってわけ」

「あら? 本当に一杯だけでいいの? あなたの目はそう言ってないようだけど?」

「ホント、ホント、一杯だけ! お願い付き合ってよ」

「ふふ、仕方ないわね、一杯だけよ?」

「ホントに? マスター、とっておきの酒、二つ追加ね」

「まあ、はりきっちゃって。でも酔わそうたってだめよ? 私、魔法薬の飲み過ぎで酔わない体質だから。でも、ま、イイ男には酔ってしまうかもね」

「じゃあ今日はいっぱい酔ってもらわなくちゃ。俺はトレント、お姉さん名前は?」

「あら、自分から名乗る礼儀はあるようね。私はそうね、マリアとでも名乗っておこうかしら」

「じゃあマリアさん今日の出会いに乾杯」

「乾杯」

「くぅーうまい! これをマリアさんに飲んでほしかったんだよ」

「私と飲みたかったの間違いじゃなくて? でもおいしいわ」

「でしょー? やっぱりイイ女と飲むと酒もうまくなるっつーか」

「ふふふ、困ったわね、あなたすっかり魔法にかかってしまったみたい」

「いやほんと。もうどんな薬でも解呪できないよ」

「クスッ、なら、そこいらで飲んでいるヒーラーにでも治してもらったら? あなたのような無謀な前衛職には回復術士がお似合いよ」

「俺は魔法が解けなくたってかまわないぜ?」

「だめよ。解けない魔法をかけるほど私は愚かではないわ」

「俺のこと遊び人だと思ってる? こんなにマジになることないんだぜ?」

「マジになるならもっと武勲を立てることね。そうしたら相手をするのも考えてあげてもいいわよ」

「やっぱり遊び人だと思ってる。俺こう見えて結構やり手なんだぜ?」

「そうかしら、あなたからはそんな香りがしないわ」

「香り?」

「そうイイ男からしない危険な香り……時間切れよ、グラスはもうすっかり空だわ」

「また頼めばいいさ」

「一杯限りの約束でしょ? あなたが行かなくても私が行くわ。マスターお勘定」

「そんな、ちょっと待ってよ」

「じゃあね、そこそこ楽しかったわ。今度があったら私を酔わせてみせてね」

「そんなー」


「どうでしたでしょうか? イイ感じに振れてましたか?」

 トレントの瞳から大粒の涙がこぼれた。

 アマリアは霊樹のしずくを手に入れた。

「この世に生を受けて幾星霜……。こんな辱めを受けたのははじめてじゃ」

「どうなさいました霊樹様!? 何か私に至らぬところがありましたでしょうか? 色気を漂わせながら、ほんの少しだけ希望を持たせてあげて、そしてきっぱりと振ったつもりだったのですが……」

「よく聞くがよいおぼこ娘よ。あんなものは色気ではない! 激イタ勘違い女じゃ!」

「そんな……! 何がいけなかったのでしょう」

「うすっぺらい。なにもかもがうすっぺらい。身なりを整えよとは言ったが、そなたはまず内面が幼稚すぎる。枯れ葉のごときうすっぺらさじゃ。イイ女の色香は清らかな内面から来るものと知れ!」

「な、い、め、ん……。霊樹様! 私は汚れているのですか!?」

「そうではない……。おお……かなしき娘よ。見えるようだ……。そなたは一族の期待に応えようと幼き頃から魔道に励み、他者を寄せ付けなかったのであろう。そして若くして仕事をこなし、名誉という名の鎧を身に纏っていった……。心許せる友はおらず、現実と物語との区別もつかず、このような奇行に走る……。まことにかなしきことよ……そなたには孤独という病魔が巣くっておる。わしなんぞに相談に来るのがいい証拠じゃ」

「……そうです。私には相談のできる友の一人もおりません。それ故、霊樹様を頼る他ありませんでした。今にして思えばこんなことを霊樹様に打ち明けるなど、なんと無礼な……」

「……かまわぬ。ただ森の中で老いていくだけの我が身……。そなたのかしましさには救われておる」

「……霊樹様!」

「よいか? そなたにまことに必要なのものは人の温もりじゃ。分厚いローブを脱ぎ捨て、幼い心を解き放つのじゃ」

「……私にできるのでしょうか? 霊樹様のおっしゃる通り人を遠ざけ続けていたこの私に」

「案ずるな。風のうわさで聞いておる。強大な魔力を持ちながら魔獣と争うことを避け、対話によって様々な事件を解決に導いた魔女のうわさを……。対話の魔女、そなたはそう呼ばれておるのじゃろう?」

「はい……はい!」

「ならば行け。そなたがいま為すべきことは、こんな森の中で老体と語らうことではないはずじゃ」

「はい! このアマリア、霊樹様をメロメロにするほどイイ女になって戻ってまいります! それでは失礼いたします!」


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