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アドマスト王国

アドマスト王国ーーそれはこの世界で最も平和な国だ。


大陸の南側に位置し、年中過ごしやすい気候が続くと共に、王は民からの支持を多く受けている。それは単に国王の打ち出す政策の良さが為すところであり、そのお陰か国民全体の国に対する忠誠心が高い。国内でもここ百年反乱は愚か内戦すら起きた記録がないほどだ。周囲は他の国に隣接しているが、国軍の戦力の高さや、食料などの輸出によって国際的にも確固たる地位を築いているため他の国に攻撃される事はほとんどない。あるとすれば魔物による被害くらいのものだ。


他の国のようにいつでも内戦状態だったり、戦闘を生き甲斐にしているような戦闘国家ではない。



これほど人に取って住みやすい国はないと言える。


それを象徴するように、王都は人で溢れかえっていた。ただ歩くだけなのに人と人との間を縫って進むようにしなければ一向に進めない。今の俺のように小さな体では尚更人の流れに押されてまともに歩けない状態だ。俺でそうなるという事は俺より体の小さいホノカはもっと酷い。俺が手を繋いでいないとすぐに見えなくなってしまう。


手を繋ぐ時に少し嫌がられたのがとても心に響いた。一瞬その場に崩れ落ちかけたが、なんとか耐えることが出来て良かった。理由を説明してなんとか了承を得たのだが、今はそこまで嫌そうでもない様子だ。何で最初は嫌がっていたんだろうか.......永遠の謎だな。


にしても人が多い。前世でも人混みはあまり得意では無かったのだが、今世でもそれは変わらないらしい。早くこの場所から抜け出したいと足を速めた時。


尋常ではないほどの殺気が俺を襲った。



「っ!!」



息が詰まる。全身が泡立つような真っ黒な気配が俺にまとわりついた。それも一瞬で、次の瞬間にはその倦怠感は無くなっていた。一瞬すれ違った黒いマントの男から発せられたものだと思い振り向くが、既に人に紛れてしまい何処にいるのかは分からなくなってしまっている。



「気のせいか.......?」



そうにしてはやけにリアルな体験だった。くいくいと手が引っ張られるのを感じ、前を向くとホノカが不思議そうにこちらを見ている。やっぱり気のせいか。さっきあんな事があったばかりだし、神経が尖っているのかもしれない。



「何でもないよ。さ、行こう」



気を取り直して再び歩き出す。道のど真ん中で突っ立っていては他の人の邪魔になってしまうので、文句を言われても何も言い返せない。



「どこ.....行く、の?」


「まずは冒険者ギルドに行こうかと思ってたけど、それは明日にしようか。ホノカも疲れただろ?今日は取り敢えず宿を探そう」


「明日行く、ギルド.....場所分かるの?」


「あ〜確かにそうだね。宿で聞けばいいんじゃないかな?多分教えてくれるだろうし」


「ん、分かっ......た」



冒険者ギルドに行く前にまずは今日の宿を見つけなければいけない。出来るだけ早くしなければ、泊まる場所が無くなるなんて事がザラにある。俺達のような子供が路上で寝ていれば、犯罪のカモになること間違い無しだ。出来れば安くて良い宿に泊まりたいが、そうそうそんな好条件の宿が見つかるかどうかは分からない。


どうやって泊まる宿を探そうか考えていると、隣にいたホノカのお腹が大きな音を立てる。



「そういえばもうお昼か。先にご飯を食べよう」



お腹の音を聞かれたのが恥ずかしいのか、俯いたままコクリと頷く。それについては言及しないのが気遣いというものだろう。朝ご飯を少ししか食べていないし、お腹が空くのも仕方ないとは思う。けれどもそれとこれとは別だ。俺は男だから分からないが、聞かれた事が恥ずかしいんじゃないか?



「何が食べたい?何でもいいよ」



盗賊から所持品はほとんど全て奪ったので、お金ならたんまりある。かなり溜め込んでいたようだし、奴隷商人の方も決して端金とは言えない額を持っていた。今の俺ならコース料理だって食べられるーー食べたら宿代が無くなるけど。

まあとにかくお金の心配はいらないという事だ。



「あれ......美味しそう」



ホノカが指差したのは、肉を焼いている屋台だった。そういえば先程から芳ばしい匂いが漂っていると思ったら、歩いている内に屋台が多い場所に来ていたみたいだ。



「分かった。じゃあ買いに行こうか」


「ん.......一緒に行く」



屋台を切り盛りしているのは、強面のおっさん。その手際の良さから、屋台をやっているのは結構長いと推測できる。



「すいません、焼き串四本いただけますか?」


「おうよ、兄ちゃん!四本でいいのかい?」


「はい、それでお願いします」


「了解!ちょっとそこで待ってな!」



そう言って、店のおじさんは肉を焼き始める。出来立てが食べられるのか、美味しそうだ。



「ほらよ!四本出来たぞ!これがお釣りだ!」



元気な人だなあ。お釣りを渡すだけなのに凄い笑顔だ。釣られてこっちも笑ってしまう。



「ついでになんですが、ここら辺で良い宿屋って知ってます?差し支えなければ教えて頂きたいのですが....」



一度はやってみたかった。屋台の人に宿やギルドの場所を聞く、という行為。弁明しておくが、彼に質問したのは俺がやってみたかったからだけでは無い。こういう人の方が宿や、その他の情報に詳しいと思ったからだ。ここに店を構えているのならお客さんの話とかもよく聞こえるだろうし。そして、俺のその推測は当たっていた。



「う〜ん、そうだな.....お前さんら二人か?なら、ここの道を真っ直ぐ行った所にある「雛菊亭(ひなぎくてい)」って宿がオススメだぞ。普段は定食屋なんだが、店の二階で宿屋もやっていてな。飯も美味いし泊まりも安いっていう良い所だ。俺が知ってるのはそこくらいだな」


「そうですか、ありがとうございます。食べ終わったらそこに行ってみますね」



よし!良い情報を手に入れることが出来た。やはり俺の判断は間違っていなかったようだ。串焼きを持ってホノカの所に向かう。近くに良さげな噴水があったので、その近くのベンチで食べることにしたのだ。



「いただきます」


「いただきます.....」



思い切り肉にかぶりつくと、濃厚な肉汁が口いっぱいに弾け、肉の味が広がっていく。これは.......



「.......美味しい....」



どうやらホノカもご満悦の様子で、パクパクとお肉を口に運んでいる。口元には珍しく笑みが浮かんでいて、とても可愛らしいと言わざるを得ない。屋台で食べるからか、あまりこういった物にはハズレがない気がする。


四本買って来ていたのだが、ホノカはすぐに二本目に取り掛かっていた。食べられなければ俺が食べようと思っていたが、余計な心配だったらしい。


全部食べ終わると、次は「雛菊亭」を目指す。屋台のおっさんの言う通り、道を真っ直ぐ進むと店の名前が書かれた看板が見つかった。


扉を開けると、チリンと来店を知らせる鈴が鳴り、目の前にホノカと同じくらいの年の少女が飛び出て来る。店員であるという印の給仕服を身につけており、店の手伝いをしているようだ。



「いらっしゃいませ!お食事ですか?それとも宿泊ですか?」



元気はつらつ、と言った様子に多少気圧されつつ要件を述べる。



「宿泊でお願いします」


「えーと、お二人なので.......二部屋でよろしいですか?」


「いえ、一部屋で大丈夫です」


「かしこまりました!お母さーん!一部屋だって!」



親子で切り盛りしているのか。パッと見綺麗だし、雰囲気は良さげだ。こんな小さな年から働いている、というのはこの世界では珍しくない。それに親子でやっているということは、あくまで手伝いの延長線上。あの子も働いている、というよりは親の手伝いをしている、という感覚だろう。



「ならアンタが案内しておやり!私は今手が離せなくいから!」



厨房と見られる場所からそんな声が返ってくる。どうやら俺達の案内はこの子がしてくれるらしい。



「分かったー!じゃあ、こちらにどうぞ!」



そう案内されて、階段を登り二階に上がる。廊下は決して広くはないが、人二人が横に並んで通れるくらいはある。一番奥の一室に通され、ここが俺達の泊まる部屋だと紹介された。






「それでは、十泊ですね!延長したい場合は十日後にまたお支払い頂ければ大丈夫です!それではごゆっくり!」



取り敢えず十泊分のお金を払って泊まることにした。しばらくはここを拠点にするだろうし、長く取っておいて損は無いはずだ。朝、夜ご飯付きなので、ご飯を考えるのは昼だけでいい。お金が無くなれば冒険者として稼げばいいし、訓練に専念できるだろう。


ここは公衆浴場の近くだったな、という事を思い出し、ホノカも誘おうと振り向く。姿が見えないと思ったが、よく見るとベッドに横になっているのが分かる。寝息も立てているので、寝てしまったのだろう。慣れない野宿や人混みやらで思ったより疲れていたのか。


配慮出来なかった自分が嫌になるが、自分の荷物を漁ってタオルなどの風呂道具を取り出す。


隣の公衆浴場に行ってくる、という書き置きを残し、俺は部屋を出て行った。

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