06
「お姉さま! 私たちペアルックですよ。ほら、セーラー服!」
*
「湊先輩。他の女と話すの止めてもらっていいですか? あと男とも。ムカつきます!」
……*
「せんぱい……うるさいクラスメイトなんか放っといて、二人きりで過ごしましょう。きっときっと、すごく楽しい時間が過ごせますよ……うふふ……」
…………*
「大変だなぁ、お前も」
「……舐めてたなぁ」
就任演説から丸一週間。今日も今日とて付き纏ってくる綾乃の追跡を振りほどき(というか、噂を聞きつけた梅沢先生が綾乃を強制連行してくれ)、僕は樹多村と紅茶を飲んでいた。
円城寺は近々迫る文学フリマ用の構想を練るため、今日は生徒会室には来ない。というか、そうでなくとも綾乃がうるさいのが堪えられないらしく、二週目にしてリタイア気味だ。
「ありゃ、あれだな。ヤンデレってやつだ」
しばらくぶりに生徒会室が静かだった。四月の西陽は柔らかく、少し開けた窓から吹く風は優しかった。一月前までは毎日がこんな感じだったのに……
アッサムティーを口に運び、うーんと小さく伸びをする。
樹多村は読んでいた文庫に栞を挟んで机に置き、クッキーを食べながら話す。
「早いうちに対処した方がいいぜ。下手に関係が深まってから傷付けると……」
「……流血沙汰?」
樹多村は頷かなかったけれど、首を横にも振らなかった。ただ、目は遠かった。
「中々さ、幻滅してくれないんだよなぁ……」
この一週間の基本方針は、変わっちゃいない。
距離を適度に保ち、首輪をつける。本音をぶち撒けて、幻滅させる。
何度確認しても、何一つ間違っていない。
精々、朝昼晩と付き纏ってくる距離感に、飼い犬みたいに舐めてくる首輪の意味のなさ。
そして、どれだけ本心を口にしても変わらず接してくる彼女の存在そのものが誤算だ。
「嫌われようとしてるんだったか。なにしたの」
樹多村はこの手の、解決すべき類の話をするのを好む男だ。
「どうもこうも。ちゃんと本音で接してるよ。制服なんだからペアルックは当たり前だろって正論吐いたり。そもそも他人と話すの好きじゃないから最近綾乃と以外話さないし。教室にいると友達がうるさいから二人きりでお弁当食べたりするのは静かでいいね、とか」
「お前……本気で嫌われようとしてないだろ」
「え?」
「着実と仲良くなってるじゃねぇか。もっと拒絶を示さないと」
「そうは言ってもなぁ……」
上っ面だけ突き放しても、綾乃は本心の僕を嫌いになるわけじゃない。
それに、真正面からぶつかってくる相手には、最低限の誠意を持ちたい。
きちんと、反論の余地なく、彼女の運命とやらを否定してやりたかった。
「……お前、梶原に好きって言われて喜んでるだろ」
「だって、人から好きって言われた経験ないんだもん!」
「図星か……」
樹多村は紅茶を一気に飲み干し、椅子のポジションを整え座り直す。
それから、少し前のめりに体を乗り出して言う。
「湊お前は――その、自分で思ってるより、嫌われる性格してないと、俺は思う」
「でも紙飛行機飛ばしてレスバに勝とうとするよ?」
「俺が思っただけだな」
ふん、雑魚が……しかしなぜだ? なぜ目から涙が零れ落ちるんだ?
「ともあれ、戦略を練り直した方がいいんじゃないか」
「具体的には?」
彼はうーんと唸り、ぽくぽくと思考を始める。
待って紅茶を飲んでいると、しばらくして名案が浮かんだとばかりに話す。
「素直に諦めさせる方向性はどうだ」
「女の子とは付き合えませんとか?」
「家庭の事情につき成人まで交際が認められていないとか」
「性転換しそうだし、五年後も隣にいそうだからなぁ……」
彼はまたもぐぅむと唸り、腕を組んで問題の解決を図る。
「あとは……実はもう誰かと付き合ってるとか」
彼は、そんな馬鹿げたことを吐かす。
「いや、フリだけでいいんだ。相手がいれば、さしもの梶原でも身を退くだろ」
はぁ……恋人ごっこ? それで諦める? ヤンデレと称した綾乃が?
「た、たとえば、その……」
「それだぁ!! 一樹、やるぞ!」
ワンチャンあるぜ! なんてスマートな具体案なんだ! やるじゃん樹多村!!
実際、勝算は多分にある。
この一週間彼女と付かず離れず接した経験から――梶原綾乃には常識がある。
表面上は確かに、エキセントリックな振る舞いが目立つ。
けれど、意外なまでにマトモな下地を持っているのが綾乃だと、僕は確信している。
まず――僕以外の人間に迷惑をかけるのを極力控えている。そうなるときも、それがエンターテイメントとして成立するよう気を配っているのが目に見える。就任演説がいい例だ。
それに、感性が真っ当だ。運命の予言に対しても、子供っぽいと自覚していた。聞けば笑われると思っていたくらいだ。一般のそれから大きく乖離していないのは間違いない。
僕と二人きりのときだけ、綾乃は危害を加えヤンデレる。
樹多村はヤンデレと称したが、僕はそうは思わない。
僕の面倒くさい後輩は――ヤンデレ『風』なだけだ。
そう思えば、彼女は間違いだらけだ。
迷惑を省みるような性格では、ヤンデレと呼べやしない!
監禁に失敗するようなぽんこつは、ヤンデレの風上にも置けない!
外堀の埋め方もなってない! 恐怖と破滅を匂わせずして、なにがヤンデレだ!
好き好き言ってくるだけの女は単なるデレデレだ。重かろうが単なる純愛だろうが!
愛憎入り混じり自分で殺した相手を優しく抱きしめてから出直してこい!
最低限、想い人に恋人がいると分かったらどっちか殺せ! ヤンデレの前提条件だろうが!
「お、俺でいいのか?」
「場合によっては死にそうだからね。死んでもいい奴じゃないと」
「…………」
いや、分かる。
綾乃は僕も樹多村も殺せない。
分かる。彼女は断じて、ヤンデレじゃない。
だからきっと、勝算はある。
「そうと決まったら、口裏合わせとこ。ボロ出ないように個人情報も共有しとこっか」
「情報も何も、一年一緒にいるんだからだいたい分かるだろ」
「記憶が曖昧でして」
「つっても、誕生日くらいは覚えてるだろ」
「一樹、誕生日あったの?」
「誰でもあるわ!!」
そういうわけで、僕らは綿密な打ち合わせを繰り返した。
どういった経緯で好きになり、どのタイミングで付き合い始めたのか。
それと、恋人くらいにしか話さないであろう僕の秘密もこの際、彼には話す。
「一人暮らし?」
「うん。気楽でいいでしょ」
「……分かった。覚えとくよ」
彼は理由までは聞かなかった。僕は、彼のこういう配慮心が少しだけ気に入っていた。
それと同じくらい、その優しさが弱点だろうとも思う。彼に当分、恋人はできない。
樹多村一樹の好きなところをリスト化し英単語を覚えるよう復唱している間、僕は段々と、かなり馬鹿馬鹿しいことをやっていることに気付く。
誠意を持って向き合うはどうした? 本心から嫌われるんじゃなかったか?
そんな心の声を、実害というベールで覆い隠す。
当面の間だけだ。少し距離をおいて、頭を冷やす時間が互いに必要なんだ。
それに、こんなことで嫌われるような相手なら――それでいいだろう。
じきに終業のチャイムが鳴った。僕らは鍵を梅沢先生に返却し帰路につく。
玄関口で靴を履き替えて、右手に広がる誰もいない運動場を横目に、南門へ。
「そういやさ」
隣を歩く樹多村が言う。
「梶原と手繋いで登校したんだったか」
「うん」
「なんでそうなったんだ」
「綾乃に手、握られたから」
樹多村は「は?」と悩んでみせた。人気のない周囲を少し見回して、
「……予行練習な」
彼は僕の左手を軽く握る。
僕も特に振りほどくことなく、そのままテクテク校門を抜ける。
歩道を歩き、青信号を渡り、地下鉄の八番口から降りていく。
ホームで突っ立って電車を待っている間も、樹多村は手を握っていた。
「ねぇ」
「なに」
「めっちゃ汗かいてるけど、汗性?」
「……まぁな」
「ふーん」
「お前は汗かかないのな」
「春だからね」
「仲がいいんですね、お二人とも」
背後からそんな声。
大したアナウンスもなくやって来る桜通線の電車。
少しだけビビりながら振り返る。
綾乃が、いた。
でも大丈夫。桜通線はホーム柵がついてるから!
握られた手が少し強まる。樹多村は普段の調子のまま、なんてことなしに話し始める。
「隠してたけど、俺たち付き合ってるんだ」
大した役者だ。さっき打ち合わせたばかりなのに、もう適応してやがる。
対する僕は、へにゃへにゃだった。完全にキョドっていた。
綾乃の表情が見れなかった。伏し目がちに顔を落として、声だけ聞く。
「……へぇ。よかったですね、湊先輩」
怒ってる声じゃない。
でも、平静を保とうとしている声色だ。
保とうとして、保てていない。
「……どうも」
ピポピポと鳴る電子音と共に開くホームドア。
動かない僕ら二人と打って変わって、綾乃は僕の隣をすり抜けて、電車に乗る。
「お二人は乗らないんですか?」
「……少しでも長く一緒にいたくてな」
そうですか、と綾乃は呟き、「駆け込み乗車はおやめください」のアナウンスに続いて閉扉を知らせる電子音が鳴り響く。
扉が閉まる直前、綾乃は笑った。
これまででとびきりの笑顔で、綾乃は笑い、言葉を投げる。
「明日はお祝いしましょう。良い日になるように、準備しておきますので」
ホームドアがかっちり閉じて電車が走り出す。数秒もして見えなくなった。
握った手は、汗をかいていた。どちらともなしに手を離し、顔を見合う。
「……なぁ」
「……僕、明日風邪引くから、よろしく」
「……俺は腸チフスにかかるとするよ」
あぁ、ヤンデレの神様、お願いします。
きっと明日は良い日になりますように。
願わくは――誰も死にませんように……




