04
……これだから運命は嫌いなんだ。
たまに当たるから。
「なので、先輩は運命の人に違いありません! 見えない赤い糸で繋がっているはずです!!」
僕の思考は速やかに回り始めていた。ファンが必要なほど熱気を帯びフル回転する。
会話とは思うに、爆弾渡しだ。
爆発させないよう、慎重に立ち振舞い、場を乗り切る。
たとえ地雷が地面に埋まったままでも、とりあえず、踏み抜かなければそれでいい。
この地雷女には、触れぬが吉。
「見えないのに赤いって、なんか矛盾してるよね」
「こう、ニュアンスでお願いします!」
適当な中身のない会話で場を繋ぐ。
繋いで、逸らし、切り抜ける。
「ない、ないよ。ただの偶然だから」
「偶然の積み重ねこそ運命ですよ」
「……探せば他に条件満たす人いるよ」
そこに僕の胸中は無縁だ。外堀を埋めるように、隅っこを探すみたいに、僕は続ける。
「いるかもしれませんね」
なお爆弾を抱える綾乃は、僕の呟きを気楽に肯定する。
「でも、私は湊先輩しか知りません」
「見聞を広めようという気概は?」
「ありません」
「馬鹿馬鹿しい予言だとは思わない?」
「馬鹿らしくない恋愛なんてないと思いますけど」
「……僕のこと好き?」
「愛しています!!」
はっきり言って。
僕はちょっぴり――嬉しかった。
理由はどうあれ――全く面倒だし決して踏み抜きたくないけれど――好きと言われて、悪い気はしなかった。
中身はどうあれ――中身が空っぽのすかすかでも――他人から好意を口にされるのは、嬉しかった。
「僕は、軽々しく愛してるなんて言う奴は、嫌いだね」
だからこそ拒絶する。
それは別に、したいことじゃなかったから。
「でも私たち、これからずーっと……一生一緒ですよ……?」
「形勢を判断して重々しく愛を告げるな」
僕は最後に残しておいた苺を口に放り込み、仄かな酸味を味わいつつ席を立つ。
「ショートケーキ、美味しかったよ。ありがとね」
席を立って帰ろうとする僕に、綾乃は特に慌てる様子もなく、平然と言葉を返す。
「お礼なんていらないですよ。ちゃんと、返してもらいますから」
「……また明日ね」
ため息混じりそう呟いて、僕はドアノブを回す。
回す……回して……回らな……え?
鍵、開かないんですけど?
慌てて振り返り綾乃の動向を確かめる。彼女は世界を闇に堕とした魔王の如く笑っていた。
「……くっくっく。先輩は本当に愚かですね。まさか、私を目の前にして逃げられるとでも思っていたのですか? 浅はかですよ、その考え!!」
「敵である前提は受け入れているんだ……」
「先輩は朝日が昇るまで、この生徒会室という密閉空間で、私と二人きりで過ごすのです! 他に選択肢はありませんよ?」
「……いや、綾乃が開けてよ」
「私が開けると?」
もう一度ドアノブを回す。開かない。
「…………日が沈むまでは付き合ってやる。満足したら帰るよ」
僕は渋々、彼女から一番遠いパイプ椅子に座って、不満を露わに睨みつけてやる。
「綾乃は、なにがしたいの?」
「んー……なにがって言われると、ちょっぴり困りますね」
「……目的もないのに、監禁するのかお前は」
「誤解ですよ。私にだって考えくらいあります」
「その心は?」
「私も出れなくて困ってるんです。先輩を監禁しようと鍵穴いじってたら内側から開かなくなっちゃって。途方に暮れていたところに、のこのこ先輩がネギ背負って訪れました」
「危機じゃねぇか!!」
お前、部屋から出れないくせして、あんなラスボスっぽく笑えたの?
っていうか、僕が入ってきた段階で言えよ! そこにだけ神経をすり減らせよ!!
僕は困っていた。ついでに綾乃も困っているように見えた。
……帰りてぇ!
「まぁ、なってしまったものはしょうがありません。環境に適応しましょう」
「この環境を作り出したの綾乃だけどね」
「自己紹介でもしましょう。私たち、まだしてませんよ」
提案としては悪いもんじゃなかった。どうせそのうちするし。必要なことではある。
それに、なんやかんやあれども、梶原綾乃は僕の後輩だ。
そこで、僕はなるべく自分を詳しく説明することにした。
「黒川湊。二年七組。生徒会長。部活動には所属しておりません。趣味は乙女ゲーです」
以上! なんか質問ある? 人間性が浅すぎる? 地に足ついてると呼んでくれ。
「なんというか……大した人間ではなさそうですね」
せめて大したことのある人間に言われたかった。
「じゃあ、綾乃はどうなのさ」
僕が口を尖らせそう尋ね返すと、綾乃は待ってましたとばかりに胸を反り、口上を述べる。
「一年八組、梶原綾乃と申します! 書記です! まぁ字は汚いのですが、会計処理は難しそうなので書記にしました! ひらがなくらい書けますからね! カタカナも書けますよ!?」
「義務教育に感謝しろ」
漢字が書けると豪語しないあたり、苦手なんだろうな。
「部活も入る予定は皆無です。先輩と会う機会が減りますからね。趣味も皆無です。寂しい人生を送らなければ、先輩を好きになることなどありませんでした!」
「寂しい奴だなぁ……」
「どうです? そろそろ私の魅力に気付き始めてきたのでは!?」
「あったかなぁ」
「あとは……しょうもないですけど、総資産が5000億くらいありますね」
「先に言えや!!」
いや、分かりやすい嘘だろうが。なに金で釣ろうとしてんだ。
「まぁ、私が稼いだわけではないですからね」
「あくまで真実と言い張るつもりか……」
「……言わなければよかったと後悔してます」
「…………ごめん。面白い冗談だったよ」
「どうも……」
「…………」
「…………」
気まずい!! もしかしてお互い他人との距離感が上手に測れないタイプの人種か!?
漂いつつある中途半端な居心地の悪さに、現状の打破を考えていると、ついに綾乃が立ち上がる。
「……湊先輩」
「なに?」
「暇なので、監禁ごっこでもしませんか?」
「監禁されてるときにする遊びではないよね」
「そうですか?」
綾乃はゆっくりと僕の方に寄ってきて、椅子を寄せて、僕の隣にちょこんと座る。
それから、なぜか僕の手を取って、お祈りをするときみたいに手のひらを合わせさせる。
そして――
「――ちょうどいいと思いますけど」
ガチャリ、と。
金属質な音がした。なんとなく両手首が重たい気がした。
……え?
「油断しちゃ駄目ですよ。悪い人だったらごっこ遊びじゃ済みませんから」
祈る手首に目をやる。
ごつい手錠がかけられていた。
がちゃがちゃする。取れない。
…………そう来たかぁ。
「さて、キスごっこでもしましょうか」
「待て、待って! お待ち下さい!!」
「先輩は被食者に回ったんですよ。私にむしゃむしゃ食べられる運命にあるのです」
「運命は努力次第で変えられると思わない?」
「精々あがいてください」
「犯罪だよ? ゆ、許されると思って……」
「丸一日あれば充分ですよ。しっかり調きょ……洗脳してあげますからね」
「欲望から絶望に言い換えるな!!」
「うるさい口は塞いじゃいましょうね……」
狭い生徒会室を逃げ惑っていたけれど、手の自由が上手く効かず、もつれて転んでしまう。
壁際まで追い込まれ、じりじりと、綾乃が恍惚の表情を浮かべ、にじり寄ってくる。
「苺ショート420円分は返してもらいますよ。さぁ……さぁ!!」
距離にして十センチ、時間にしてあと一秒。
風が吹けば触れそうな近さの綾乃は、なんというか――這い寄る混沌って感じだった。
万事休す……ここまでか――――
諸々を諦め、強く目を閉じた、そのときだった。
ガチャリ、とドアが開いた。
「おーいなにやってんだ。終業のチャイムとっくに鳴ってんぞ~……」
あぁ、現れたるは我が生徒会顧問の梅沢先生。見たるは、ごっつい手錠をかけられ窓際まで追い詰められている生徒会長と、さっきまで説教をしていたはずの問題児。
…………助かったと、呼べるのか?
*
その後、内鍵を壊したこともバレて、連帯責任及び監督不行届として僕まで叱られた。
時間をズラしての帰宅措置がなされ、一人ぼっちの帰り道で今日一日を思う。
「…………はぁ」
陽は沈み、月が昇っていた。点々と並ぶ街路灯の下を歩く。
「運命かぁ……」
ともあれ、僕と後輩の出会いには、そういう名前が付いていた。
街路樹を夜風が揺らす。
ティーポットは、静かに廻り始めていた。




