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間違いヤンデレ  作者: 石山 雄規
一章 廻るティーポット、あるいは運命の赤い糸
16/21

03

 しばらく――きっとほんの数秒だったんだろうけれど、しばらくだった。


 楽しい時間が目まぐるしく過ぎ去っていくのなら、つまり、彼女の横顔を眺める時間は退屈だったんだろう。


 そして退屈紛れについ話しかけたくなるくらいには、僕は自分のことを忘れていた。


「……あの」


 彼女は文庫本に落としていた視線を少しだけ左にずらして、こちらを見る。

 それから急ぎバタンと本を閉じながらガタンと立ち上がる。


 そして――――



「湊先輩……私と、お話しましょう!」



 直後、チャイムが鳴った。五時五十分、終業を告げる、気の抜けたベルが鳴り響いた。

 唐突に鳴った大きな音と、しばしの間が、僕に冷静さを取り戻させる。


 なにしてんだ僕は。扉を開けて、横顔にまで見入って、声までかけて――


「……もう下校時間だから、明日にしない?」


 いずれ話す必要はあれど、せめて樹多村など他の人員がいるときが望ましい。

 二人きりの会話は、避けるべきだ。直感も論理も、仲良く共同戦線で主張している。


 だって、目の前の梶原綾乃は、ド級の馬鹿なのだから。


「ショートケーキ買ってきました!」


「よし!!」


 綾乃は勝手知ったるなんちゃらと、生徒会七不思議の一つ、冷蔵庫から小柄なケーキ箱を取り出し、プラスチックフォークを準備する。


「にしても、ケーキなんていつ買ってきたの」


 箱を開けると、ショートケーキが二つ入っていたので、紙皿に盛り付ける。

 ……いや二つって。せめて全員分の四つか、自分用の一つだろ。

 こいつ、僕が来なかったらどうするつもりだったんだか。


「梅沢先生のお説教が早々に終わったので、近くのケーキ屋さんで」


「ふーん」


 僕はあまり深いことを考えずにスポンジとクリームを掬い、口いっぱいに頬張る。


 ……ん~~~~!! やっぱりショートケーキは格別ですなぁ!!


 僕が満面の笑みで苺ケーキをむしゃむしゃするのを、綾乃は隣でニコニコ眺めていた。


「……やっぱり、先輩はショートケーキ好きなんですね」


 ……やっぱり?


「……なんで知ってるの?」


 なにが『やっぱり』なんだ?

 その副詞は、事前に把握した上で確証が取れたときに使われる言葉だぞ。


「で、苺も最後に食べるタイプ……でしたっけ?」


 綾乃は一方通行の言葉を続ける。キャッチボールは苦手らしい。


 けれど、表情は少し違っていた。

 微妙な、ニュアンスを含んで見えた。なにかを確信しているようで、それでいて同時に不安と疑惑に怯えているような――そんな矛盾を笑顔で強引に塗りつぶしたような。


 分かる。

 何かを、隠してる顔だ。


 だから僕は、会話のキャッチボールの代わりに、爆弾渡しを始めることにした。


「……ショートケーキはみんな好きだし、苺を最後に食べる人なんて、いっぱいいるよ」


 もちろん、爆発させるために。


「私、知ってるんですよ。先輩のこと」


「直接話したことないよね」


「はい。もちろんです」


「……ストーカーってやつ?」


 とはいえ今日日、ストーカーなんて流行らない。ストーカー相談件数は年々減少傾向にあり、逆に検挙数は増加している。犯罪だし将来性もない。世間はもっと、健全なコンテンツを必要としているのだ!


 当然、僕も。


 頼むぞ、否定してくれ……多少は健全な理由であってくれ……!


 梶原綾乃は、笑うことなく返す。


「これは、運命です」


「……運命?」


「先輩って末っ子ですよね。お兄さんが二人いる。違います?」


「……心理学の勉強でもしたのかな?」



 まさか、他人の運命が分かる超能力を持ってるとか言い出すなよ。

 幼少期に特殊な訓練を受けているから顔を見るだけで思考が読めるとか突然言うなよ。

 愛に不可能はないのですとかゴリ押しで説明拒否するのだけは勘弁しろよ。



 綾乃は不敵に笑い、高らかにふっはっはと笑い、もう一度にやりと笑って、言う。


「愛に不可能はないのです!!」


「現実が非情だ!!」


「……聞いたら、笑いません?」


「え、笑い話なの? 僕の個人情報の漏洩が?」


「そうではなくて……その……ちょっぴり子供っぽい自覚があるんですよ」


「内省が出来るのにあの告白演説ブチかましたのか……」


「先輩!!」


「なに」


「それは、それ! これは、これ!!」


「早く言え! 笑わないから!」


 綾乃はあ~とかう~とか一人で悶え悩みながらも、結局は決心付いたようで息を吐く。

 僕の目をじっと見つめて、覗き込むように、たっぷりと沈黙の間を開ける。


 距離にして五十センチ、時間にして十五秒。


 真正面から相対する綾乃の雰囲気は、壇上の下から眺めるより、意志に満ちていた。


「――予言されたんです」


「………………なにを?」


「ですから、運命の人の」


「……なんで、僕が末っ子で、ショートケーキの苺を最後に食べるか知ってるの?」


「ですから……予言されたんですよ。ショートケーキ好きで、苺は最後に食べて、お兄さんが二人いる末っ子が、私の運命の相手だって」


「………………」


 僕は、思った。



「なに言ってだこいつ……」



 え、笑い話? 冗談ですか? 全然笑いどころが見当たらないんですが。


 運命だ? 予言されたぁ? だから全校生徒の前で告白しましたぁ?


 ぶっ殺すぞ! お前、人様に迷惑かけるならせめて自分自身の意志で決行しろよ!! もっと自分自身の行動に対して責任を持てよなぁ!! ふざけんじゃねぇぞ!!!!


 第一なんだよその無駄に事細かで具体的な予言は!


 もっと! こう! ふわっとしてろよ!! 意味不明に抽象的であれよ!!


 百歩譲って! 具体的にするならするで! もうちょっと限定しとけ!! 欲かいて具象性醸し出したくせして妥協が目に浮かぶんだよ!! おかげでハードラックとダンスっちまったじゃねぇか!! 不幸な被害者を! 量産するな!!


 あと! それで人を! 好きになるな!! 要素がない!!!!


 譲りに譲って万歩退いたとて! 事後承諾的に確認を取るな!! 確証が持ててから行動を起こせ!! お前さっき『あ~合ってるか不安だな~』って顔してたぞ!!!!


 はぁ……はぁ……つ、疲れた。

 心の爆弾が見事癇癪を起こし、大爆発を記録したことで、僕は心身疲労に見舞われていた。


「あ、綾乃」


「はい! なんでしょう!」


「今ならまだ間に合うかもしれないから、前言撤回して、顔を見るだけで心が読める特殊な訓練を受けてきたことにしない?」


「そんなことできるわけないじゃないですか! 現実を直視してください!!」


「見るに堪えないんだよ!!」


 だ、誰だこの頭ハッピーセットな馬鹿女にふざけた予言を下したインチキ占い師は。

 子供っぽいと言いつつも信じているということは、それなりに権威ある人物なのだろう。これだから権威主義はろくなもんじゃないんだ。やはり時代は反権威なロック精神に……


 ……いや、ちょっと待て。


 足りないぞ。


「……綾乃」


 きっかけが足りていない。


 ショートケーキも、苺の食べ方も、お兄ちゃんも、末っ子も。

 今この場で確認したことだ。


 つまり、つまり――――


「今度はなんでしょうか。先輩からの質問にはなんでも答えますよ」


「…………予言、もう一つあるよね?」


「……そうですね」



 梶原綾乃は語る。昔、運命の人の予言をされたと。


 その人は、ショートケーキが大好物で、苺は必ず最後に残すタイプだった。

 兄が二人いる末っ子で。他にも雑多で誰にでも当てはまる特徴があり。


 なによりその人は――――




「一人称が『僕』の女性なんです」

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