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26話 リレー

 スタートが切られてからリレーはどんどんと進んでいく。

 一位は案の定青団で、そこからかなり遅れて他のクラスが団子状態で争っていた。


 進んでいくリレー。

 上がっていく脈拍。

 狭まっていく視界。


 って、やばやば! 緊張しすぎだろ俺!

 まあ、人の前に立って目立つタイプじゃなかったからな。

 これまでの人生で目立った経験と言えば、幼稚園の時のお泊り会で何を思ったか女子たちに「ぼくのおへそからはビームが出る!」と言ってへそを見せまくったことくらいしかない。

 ……思い出したら死にたくなってきたな。

 今やったら豚箱行き間違いなしのデンジャラス&クレイジー行動だ。

 幼少の頃より抗えぬ業を背負ってたんだなぁ。

 人間に一番大事なのは何を差し置いても理性であるということを、俺はあの夏の日の夜を通して学んだよ。


 と、そんなことを考えている間にバトンはかなりのところまで進んできていた。

 具体的に言うと俺の前の走者がバトンを受け取ったところである。

 めちゃくちゃ進んでんじゃねーか! ボーっとしすぎだろ俺!

 いや……でも、そのおかげで緊張はどこかへ吹っ飛んだぞ。


「ふれー、ふれー、赤団! 頑張れ、頑張れ、赤団!」


 応援の声もいつの間にかしっかり聞こえるようになっている。

 このコンディションなら大丈夫だ。

 足を引っ張ってしまうかもしれないけど、全力で走ろう。


 青団の選手がバトンを受け取って走り出す。

 やはりというべきか、ダントツの早さだ。

 だが、その後にこちらに走ってきているのは我らが赤団。

 差は結構あるけど、でもみんなすごい。


 青団から遅れること十秒近く。

 俺はバトンを受け取り、走り出した。

 運動が苦手な人もいるだろうに、ここまで皆が繋いできたバトンだ。絶対に体育委員の峰岸に渡すぞ!


 腰に紐をくくられてユルルと特訓した地獄の時間を思い出せ!

 あの暴走機関車に比べれば、今の相手は人間だ。

 何もないところから鎌を出せたりはしないし、足が残像で四本に見えたりもしない。なら勝ち目はある!


「うおおおおお!」


 俺は走る。

 かつて、ここまで自分の身体が思い通りに動かせたことなんてなかった。

 見えているのは前を走る青団の男子の背中だけだ。

 ぐんぐんと差が縮まるにつれ大きくなっていく声援と、昂ぶっていく自分の身体。

 それらが相乗効果を生んで、俺は明らかに自らの限界以上のパフォーマンスを発揮していた。


「ぬぅおおおおっ!」


 あれ、変だな?

 体育祭で気張ってるヤツなんて馬鹿にしてたのに、今では聞かれちゃいけないような声まで出して走っている。

 なんでだろ?


 ……ああそっか。きっと。

 俺はずっと、自分もそうなりたかったのかもしれない。

 知らぬ間に、彼らに憧れを抱いていたのかもしれない。

 だから、いま俺はこんなに気分が高揚しているのだ。


 俺は間違ってた。

 理性なんか人間にはいらないんだ。少なくとも今この瞬間は。

 カムバック、幼稚園の頃の俺!

 理性なんてぶち壊せ!

 常識なんかむしゃむしゃ食べちまえ!

 へそからビームは出ないけど、俺は今それ以上に輝いてるぜ!


「ぬびゃぬぉぅぉおおお!」


 もはや放送倫理規定にも接触しそうな声を上げながら、俺はとうとう青団の走者に並んだ。

 残るは直線十メートルほど。峰岸が右手を目一杯に上げて俺を呼んでいるのが見える。


「こっちだ!」

「ぬおすっ!」


 応えを返し、俺は峰岸の元へと走る。

 そして青団の走者とほぼ同時にバトンを峰岸に手渡した。


「あとは俺に任せろ!」


 そう言って峰岸は駆けだす。

 俺は他の走者の邪魔にならないよう素早くトラックの中に入り、リレーの行く末を見守る。

 峰岸は一瞬青団のアンカーと競り合い、そして宣言通りに一歩抜け出した。

 そしてそのままゴールする。

 男子リレーは、俺たちが優勝した。




 歓喜に沸く赤団の皆。

 それを見ながら、俺はどこか他人事だった。

 ……というか、めっちゃはずかしい。

 なんかぬおーとか叫んでたよ俺!

 雰囲気に中てられまくってたよ!


「うああ……恥ずいぃぃ……」


 顔を両手で押さえて赤面を隠す。

 こんなに顔が赤くなったのは初めてかもしれない。

 何分息を止めてられるか家のお風呂で試したときもここまで赤くはなってないだろう。

 というかあの時はのぼせすぎてむしろ青くなったけど。


「春風!」


 と、そんな俺の背中が手荒に叩かれる。

 なんだ?

 振り返ってみると、そこにいたのは快活に笑う峰岸だった。


「すげー速かったなお前! おかげで勝てたぜ!」

「い、いやいや、俺なんて」

「謙遜すんなって。皆もお前のおかげだって言ってるぜ? なあ」


 峰岸の後ろから、男子の面々がこちらに向かって飛び込んでくる。

 なんだこれ、暴動か!?


「意外過ぎんだよお前! そんな速いならもっと速そうオーラ出せよな!」

「ヒーローは春風だな、うん!」

「我らがヒーロー春風湊様だ! おい皆、胴上げしようぜ胴上げ!」


 もみくちゃにされながら、なんだか涙が出てきそうだった。

 こんなにクラスの皆に褒められたのなんて初めてで、笑顔を向けられたのなんて初めてで、どうしていいかわからない。

 とりあえず、泣くのだけは我慢しよう。カッコ悪いもんな。

 されるがままに、俺は胴上げされる。

 まったく、女子のリレーもまだなのにさ。そんなことを思いながらも、口の端は緩ませつつ。


「いくぞ春風、わーっしょい、わーっしょ――あっ」


 落ちちゃいました。

 あれですね、地面に落ちるのって結構痛いですねやっぱり。


「だ、大丈夫か春風!?」

「う、うん、なんとか」


 慣れないことはするもんじゃないぞ君たち!

 服をパンパンと数人に払ってもらいながら、それでもやっぱり嬉しくて。

 ああ、頑張ってよかったなあなんてことを、不意に思った。

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