25話 見えない手
「……っ」
佐久さんがなんか踊りにくそうにしてると思ったら、短パンの紐が解けちゃってるんだ。
ど、どどどどうしよ! 俺に出来ること、俺に出来ること……!
……やっべえ、何も思いつかねえ!
アイディアは出てこないのに冷や汗は出てくる。そんなの出てこなくていいから!
落ち着け、落ち着け。
手で押さえる……のは論外! 普通に変態じゃないか。
なら、踊りながら紐を結び直す? いやいや、そんなの手がもう一つあったりしなきゃとても――ん?
そうか、それだ!
霊力をコントロールすると使える『見えない手』。あれがあれば……!
幸い佐久さんも見えない手は使える。一本の手じゃ無理でも、二本あれば紐も結び直せるはずだ!
佐久さんとの練習を思い出せ、腹にある力を感じろ!
うおおおおおおおっっっ! ……よし、でたっ!
その手で佐久さんに触る。
まずは俺の作戦に気付いてもらわなきゃ話にならない。
ちょんちょんと触れると、佐久さんはビクリと反応した。
軽いパニック状態になっているせいで、逆に神経が過敏になっているみたいだ。
佐久さんに目線と見えない手のジェスチャーでなんとか思っていることを伝える。
正直まともなジェスチャーなんてできていないけど、この状況で見えない手を出した意味と、短パンへの視線に気づいてくれれば、可能性はある。
数秒間が開き、佐久さんがコクンと頷いた。
そして佐久さんのお腹から見えない手がニョキリと生えてくる。
俺は佐久さんの方まで見えない手を伸ばし、そのままの状態で腕をなるべく動かさない。
俺の視界にはどうなっているか見えないのだから、俺は置物の様に使ってもらうのが一番だろう。
あ、紐が俺の手にかかった……って、やべっ! 右、左、右っ!
あ、あっぶねぇ……。紐の方に気をとられ過ぎて、肝心のダンスがおろそかになるとこだった……!
だけど、そのリスクをおかしただけのリターンはあったみたいだ。
佐久さんは俺の見えない手を自身の見えない手で掴んで、俺の元まで戻してくれた。
佐久さんの方を向くと、口をゆっくりと「ありがと」と動かす。
なんとかうまく結び直せたようだ。
ホッと一息……つくのは、ダンスが終わってからでいいな。
ダンスはまだ中盤。
よーし、ここから全力で楽しんで踊ってやるからな!
まあ、元が下手だから本気でやっても下手なんだけどね!
悲しいね。とほほ。
そして、なんとか無事にダンスを踊り終えた。
赤団の待機場所に戻るとすぐに、手が誰かに握られる。
そのまま持ち上げられた先には、佐久さんがいた。
「湊くん、本当にありがとっ! 本当に、本当に!」
「う、うん」
急に手を握られたせいでちょっと驚いたけど、良く考えれば今までずっと握ってたわけだしね。
でもこの感謝の仕方から考えても、本当に危ないところだったみたいだ。役に立てて良かった。
「結構危なかったよ……。『どうしよ、どうしよ』ってパニックになってた。湊くんがいなきゃ今ごろどうなってたか……」
「よかったよ、俺が最初に気付けて」
「あ、やっぱりなんかおかしかったんですね?」
ユルルが俺たちの会話に入ってくる。
「やっぱりユルルちゃんも気づいた? 周りの人にもバレちゃったかなぁ」
「いえ、多分周りには気づかれてないと思いますよ。一緒に踊ってたから気づけただけです。でも何か試みてるみたいだったので、なるべく邪魔しないように普段通りに踊りましたけど……」
「ありがとな、多分それがあの状況じゃベストだったと思う」
下手に変に動かれるよりは、いつも通りに踊ってもらった方が佐久さんも紐を結びやすかったはずだ。
俺たちが知らない間に、ユルルもナイス判断をしてくれていたらしい。
「二人に感謝しなきゃ。あたし、もうちょっとでサキュバスに戻っちゃうとこだった」
あっぶな!
この場でそうなってたらさすがに終わってたよな。いくらなんでも耳と尻尾は言い訳できないし。仮装と言い張るにも限度ってものがある。
「ええっ!? かなり危ない事態じゃないですか! 私がのんきに踊っている間に、一体どんなことが起きてたんですか!?」
「ちょっと、ズボンの紐が解けちゃって……」
佐久さんの言葉に、驚愕に目を見張るユルル。
「え、ミナトさんが解いたんですか!?」
「違うよ!? なんでそうなるの!?」
公衆の面前でズボンの紐解くって、俺はド畜生か!
そんなことしねえって!
「ユルルの中の俺のイメージを上げるにはどうしたらいいんだ……」
「私の中のミナトさんは良い人ですけど……?」
良い人は短パンの紐解いたりしないから!
「ダンスの結果がでた! 俺たち赤団は二位に浮上したぞ!」
体育委員の声が響くと、続いて地鳴りのような歓声が赤団のほうぼうから上がる。
「あとは最後の男女別リレーだけだ! だけど状況は厳しい。なんといっても、今の一位は陸上部が全部固まったスーパー足速クラスの青団だから、勝つには男子も女子も一位にならなきゃいけない」
おいおい待ってくれ、なんで陸上部全員が一クラスに固まってるんだよ! 教師陣クラス分けちゃんとしろ!
「だけど、俺たちなら勝てると俺は信じてる! 皆、最後まで頑張ろう!」
「おおーっ!」
こういうところで一致団結させられるのはやっぱり体育委員だ。
俺たち用の振り付けも考えてくれたし、リレーはアンカーだし、すごいよ本当。尊敬する。
体育委員のためにも、最高の結果をプレゼントしたいな。
「春風」
そんなことを考えていたら、ちょうど体育委員に声をかけられた。
「あ、うん。なにかな」
「お前アンカーの前だろ? 俺アンカーだからさ。……トップと五秒差以内で俺にバトンを渡してくれ。そうすりゃ後は俺が何とかする」
か、かっけー……!
マジかよ、不覚にもきゅんときたぞ。
男をきゅんとさせるな、このイケメンめ。
「頼んだぞ、春風」
「うん。……あ、一ついいかな」
「なんだ?」
「名前……教えてくれない?」
「おいおい、クラスメイトだぜ。しっかりしてくれよ春風。俺は峰岸だよ。峰岸」
荒々しく背中を叩きながら教えてくれる体育委員……じゃなくて、峰岸。
峰岸、峰岸……よし、覚えたぞ。
背中を叩かれるのも、なんか運動部っぽい感じで嫌いじゃない。昔はこういうの苦手だったんだけど……体育祭の雰囲気に中てられたかな。
「頑張ろうね、峰岸。バトン、ちゃんと回すから」
「ああ、頑張ろうぜ春風。そんで俺たちが一位だ。一番とって大騒ぎしてやる」
峰岸の笑顔に自然とこちらも笑顔になる。
なんか俺、いますごく青春してるって感じがする……!
十七歳感がすごい! 高校二年生感がそこはかとない!
これを失くさないためにも、リレーは全身全霊で臨むっ!
我が校の男女別リレーは、まずは男子リレーからだ。
準備に着く俺に、ユルルと佐久さんの声が飛ぶ。
「頑張ってください、応援してますよミナトさん!」
「さっきは本当にありがとう。カッコ良かった。……リレーでもカッコいいところ、見せて欲しいな」
こんなこと言われたら頑張るしかないでしょう。
頑張り指数爆上げですよ。日経平均株価が過去最高の高値を更新しましたよ。
やる気は最高、あとはバトンパスにだけ気をつければ大丈夫だ。
……って、ちょっとフラグっぽいか?
やばいな、フラグが立ってしまったかもしれない……そうだ、ここはあえてフラグを強調しまくることで、逆にフラグを折ろう。
フラグは立ちすぎると逆にスルーされるって話を聞いたことがある。
バトンパスにだけ気を付ければ大丈夫、バトンパスにだけ気を付ければ大丈夫、バトンパスにだけ気を付ければ大丈夫……よし、これで完璧だな!
「ふれー、ふれー、赤団!」
……いつの間にかユルルが応援団長の真似事みたいなのし始めてる……。
しかも皆、それに追随してるみたいだし。
ユルルのヤツ、カリスマ性をそんなところで使わなくても……。
いや、でも応援があった方がやる気が出るのは事実か。
ユルルのおかげもあって、他の団とは女子の歓声の量が違う。
知ってるか諸君? 高校生男子というのは、女子に応援されるだけで無限に力が湧いてくる生き物だということを。その勢い、さながら永久機関のごとく!
ピストルの空砲が空に響き、男子リレーが始まる。
頑張れ皆、頑張れ皆!
握った拳にじわりと汗が滲みだす。
こんなに他人のことを応援したのは初めてかもしれない。
でも、こういうのも悪くないな。
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