王妃は今日も微笑まない。
――あのバカ王は、また性懲りもなくっ・・・。
ヴィヤネード王国は代4代国王サヴェイロ王の時代。
その日も当代王妃エスカネージュ(36歳)は、朝も明け切らない宵闇の内に、後宮の奥から聞こえてくる、男女の盛り合う聞くに堪えない声に起こされ、舌打ちをしたくなった。
なれど、大国の王妃たる彼女・エスカネージュはそんな振る舞いなどはしない。
たとえどんなに己の胎の中が煮えくりかえっていたとしても、彼女は鉄壁の無表情を崩さないのだ。
エスカネージュはむくりと寝台から起き上がると、サイドテーブルに置いてあった鈴を鳴らすと、ほどなくして侍女が飛ぶようにしてやってきた。
その数、実に5人。
顔ぶれをじっくりと見れば、何故か他の妃の侍女も混ざっていた。恐らくは情報収集か、友人に逢いに来てそのままついてきてしまったかのどちらかだろう。
が、生憎とそこまで自分は寛容ではないと自負しているエスカネージュは氷の笑みを湛えて言葉の礫をその侍女に見舞ってやった。
「どこのネズミかは存じ上げないけれど、あなたは誰の許可を得て私の部屋にいるのかしら?」
「も、申し訳ございません、わ、私は「結構よ、私はあなたの名前を覚える気も、今後二度と逢うつもりもないから。それより貴女達、少し気が抜けているのではない?私はいつも言っているでしょう。鈴を鳴らしたらすぐに来なさいと。ほんと、役に立たないんだから。」
寝台の薄い紗幕を己で開き、侍女に対して冷たい言葉を羅列する彼女に、彼女に仕えている侍女たちは唇を紙、無慈悲な王妃を怨みがましく見つめるが、当の王妃はそんな視線をものともせず、ガウンを脱ぎ、侍女たちに自分の身支度を命じる。
王妃であるエスカネージュにとっては、侍女に恨まれ、憎まれるのはもはや日常茶飯事、瑣末な事なのでそれ如きで心を傷める事はもうない。
そんな暇があるのなら、自分が産んだ王子に王の様な人間にならないように懇々と諭す方が大事なのである。
たかが女一人に夢中になり、多くの女を平等に愛せなければ、民も等しく愛せない。
女一人に現を抜かしたいのならば、さっさと退位でもしたらいいのに。
「はぁ、あの子だけはどうかそれを判ってくれないかしらね。女達を御せいなのなら、将来はないと言う事を・・・。」
と、溜め息を落す。
鏡越しに己が黒髪に白いものを見つけたのはその時だった。
エスカネージュはカッと眦を限界まで見開き、やがて鏡台に項垂れ、ややして深い吐息を吐き、眉間に皺を刻み、己が苦心を取り除くため今日も氷の仮面を被る。
そんな彼女は知らない。
王が本当は誰を抱きたいと望んでいるのかを。
国で最も嫌われている女を深く愛している男が、己の伴侶であるといことを。
鈍感な王妃と、執着心が強く、嫉妬深い上に無愛想で、王妃にだけ仄暗い黒い感情を抱く王のすれ違いな生活は、今日も王宮全体を巻き込んで騒動を起こして荒れる。




