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宙域のブツェンベルヒト  作者: 丸介
第一章

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5/10

1-5★冷たさ、温かさ

 * 4日21時間 *


 「──以上が、今回の偏向計画の概要である」


 エリス防衛基地。

 格納庫(ハンガー)に整然と並ぶ兵士の前で、作戦説明を終えた中佐は壇上から降りた。


 入れ替わりに、レーヴェンハルト大佐が壇上に上がった。

 兵士は皆、大佐の言葉を微動だにせずに待っていた。


 「諸君。

  限られた時間の中、良くやってくれた。

  後は運を天に──いや、ここは宇宙。天も地もない。

  宇宙には上も下も、右も左も。どこにもないのだ。

  自由だ。自由がある。

  だが、覚えておいて欲しい。

  諸君。

  君たちの肩に、背に、地球に住まう人の命がかかっていることを」


 それは用意された、定型文の訓示ではなかった。

 レーヴェンハルト大佐の、生の言葉だった。


 「諸君。

  隣を見ろ。

  そこにいるのは戦友だ。ただそれだけだ。

  肌の色も、瞳の色も、信じる神も。何も関係ない。ただの戦友だ。

  諸君。

  前を見ろ。

  私が見えるか。

  これが君たちに、これから死ねと命じる男の顔だ。

  君たちに、死ねと命じる事しかできない男の顔だ」


 兵士たちは、誰一人として目を逸らさなかった。

 レーヴェンハルト大佐の声は、少し震えていた。


 「諸君。

  相手は強大だ。今も迫っている。もう肉眼で見えている。

  そして──すぐに手の届かないところへ行くだろう。

  だが! 今ならば!

  僅かだ! ほんの、ほんの僅かでいい! 角度を変えることができれば!

  地球は助かるかも知れない!

  残念ながら、我々が結末を知ることはない。

  なぜならば、我々は今日、死ぬからだ!」


 そこまで言うと、レーヴェンハルト大佐は帽子を取った。


 格納庫の空気が、凍りついたように静まり返った。

 レーヴェンハルト大佐は、兵士たちに、深々と頭を下げた。

 震える拳は、固く握りしめられていた。


 「諸君。

  私と共に死んでくれ」


 * 4日20時間 *


 ピピッ。


 電子音が室内に響いた。


 レーヴェンハルト大佐は、目を開けた。

 しばしの仮眠。そして、最後の仮眠。


 大佐は重厚な椅子から立ち上がると、背筋を伸ばした。


 ──さて、行くか。


 着慣れた軍服に袖を通し、レーヴェンハルト大佐は作戦司令室へと向かった。


 既に核ミサイルを搭載したFK-14は、全機発進している。

 残る核ミサイル発射。制御は、地球防衛軍統合戦略AIカーツェナルプがする。後の作業には、一人いれば、それでいい。


 無人となった廊下に、大佐の足音が響いた。

 人工重力は地球と同じに設定されている。

 けれど、やはり地球とは違う。そう思う感覚は、消えることはなかった。 


 作戦司令室の扉が開いた。


 【レーヴェンハルト大佐、指示をお願いします】


 カーツェナルプの音声の意味を、レーヴェンハルト大佐は理解できなかった。

 目の前の光景に、大佐は声を上げた。


 「な、何をしている!」


 「おはようございます。レーヴェンハルト大佐」


 「大佐もどうです?」


 広い作戦司令室は、人でごった返していた。

 戦略図を囲い、あれこれと言い合いながら、食事をしていた。


 「総員退避命令を出したはずだ! 何をしている!」


 レーヴェンハルト大佐の苛立つ声に、皆は食事の手を止めた。

 静まり返る中、一人の年老いた将校が立ち上がった。


 「ふむ……『もし宇宙人と遭遇した時、無人機(ドローン)では失礼だろう』だったかな。

  有人宇宙基地反対派を黙らせた、大佐の言葉でしたかな?」


 懐かしそうに、老将校は言った。


 「皆、その言葉に打たれ、宇宙に上がった。

  まあ、最初の遭遇がこれか、とも思うが……最果ての地で散るのも悪くない」


 「いや、最果てはセドナ基地ですよ」


 「似たようなもんだろ?」


 「セドナは、カイパーベルトよりはオールトの雲の方が近いです」


 「そんなの、宇宙では誤差だ」


 「いいね、誤差。大いに結構。それよりも小さい誤差を、これから作りましょうや」


 「いやでもやっぱり、これは命令違反?」


 「軍法会議かあ。地球が無くなったらできませんな、はっはっは!」


 将校、技師、裏方のスタッフなどが、次々と話し始めた。

 その顔色は皆、明るい。


 【レーヴェンハルト大佐、どうしますか?】


 「どうもせん!」


 レーヴェンハルト大佐は声を上げると、いつもの席に座った。


 「馬鹿者どもめ……」


 自然と、笑みが込み上げた。


 「状況は?」


 「あと十五分ほどで、FK-14が搭載した核ミサイルの射程範囲に入ります」


 「そうか。

  私の分の飯は、あるんだろうな?」 


 レーヴェンハルト大佐の言葉に、女性の食堂スタッフが盆を差し出した。

 日本風の、簡素な握り飯。


 「操縦士にたらふく食わせましたので、これしか……少なくて、申し訳ありません」


 「構わん。いただこう」


 大佐は握り飯を掴み、口へと運んだ。

 薄い、塩味。優しい味が、口内に広がった。


 「美味い……この上なく、美味い……」


 味を噛み締め涙するレーヴェンハルト大佐を、残った全員は静かに見守った。


 * * *


登場人物


レーヴェンハルト・大佐

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