1-4★物体X
* 58日 *
エリス防衛基地の司令官・レーヴェンハルト大佐は、手の震えを抑えきれずにいた。
「馬鹿な……」
【《7/Iリーゼ》の直径は、およそ十kmとなります】
「それはいい! 地球防衛軍統合戦略AI! アレはなんだ!?」
レーヴェンハルト大佐は思わず声を荒げた。
居合わせた将校が、その怒号に萎縮した。
目の前のスクリーンには、セドナ基地から発艦した先遣隊が残した、『最後』の映像が繰り返し再生されていた。
【データ不足。
直線構造に知性体の関与の可能性を確認。
既存文明に合致するものなし。
推論──なんらかの意図を持って造られた、人工構造物と思われます。
短辺は、およそ四km。長辺は、およそ四十kmとなります】
復元された、ノイズまみれのその画像に、確かにそれはあった。
巨大岩石の後ろに、生えたように伸びていた。
長方形の、綺麗に整った表面を持つ、水晶のような構造物。
【GAMERA及びNASICの当初の観測よりも岩石部分が増大しているのは、オールトの雲の岩石を取り込んだためと思われます】
カーツェナルプが、事務的に解析結果を続けた。
別画面に映し出されたのは、オールトの雲にポッカリと空いた穴だった。
「ありえん……これは、夢か……?」
【同時刻、セドナ基地警戒網の映像です。
《7/Iリーゼ》から射出されたと思われる物体。およそ0.1cの速度です】
白く輝く三角錐が、真っ直ぐにセドナ基地を捉えた。
画像が激しく揺れる。
プラズマの閃光となって弾け、基地は一瞬で消失した。
【これによりセドナ基地壊滅。威力は基地弾薬への引火もあり、計測不能】
戦後、日本が初めて単独エンジンで光速の0.0005cに到達してから、約二十年。
人類は遂に、0.05cという速度を手に入れた。
勢力版図はやがてオールトの雲にまで至り、それから太陽系防衛の名目で、表面上、少なくとも軍需産業面で世界はひとつとなった。
晴れて宇宙時代を迎えた──そう、誰もが思っていた。
──それが、こんな……こんなにも無慈悲な。
【《7/Iリーゼ》の軌道は地球直撃コースに乗っています。
速度は、およそ0.1cとなります】
──人類が初めて遭遇した、他の知性体らしきものが、これだと言うのか!
メインスクリーンでは、巨大な水晶状構造物から出た小型の物体が多数、向かってくる場面を映していた。それはまるで滑るように、無音でFK-14へ接近していた。
やがてスクリーン一杯に映し出され、その後──映像はノイズの後に暗転した。
【飛翔体は完全な正立方体。
一辺は、およそ二十m。
速度は、およそ0.1cになります】
正立方体が、FK-14を粉砕した。
0.1cの速度で向かってくるそれは、もはや質量兵器だ。
スクリーンでは、初遭遇時の映像が再び最初から流れていた。
「……もういい」
【記録映像の再生を停止します】
レーヴェンハルト大佐は、静かに目を閉じた。
戦後、後方勤務の道もあったが、レーヴェンハルト大佐は宇宙を選んだ。
まさに日進月歩。日に日に広がる宇宙という舞台に、大佐はどこか夢心地だった。
ふぅぅ……。
レーヴェンハルト大佐は、深く長く、息を吐いた。
「中佐。現状、エリス防衛基地にある火力と戦力は?」
その静かな問いに、傍らに控えていた将校の一人が前に出た。
「はっ!
旧時代の核ミサイルが1万2745発。TNT換算ですと、21億トンほど。
FK-14は二個中隊。整備中を含めれば、三個中隊までは伸ばせるかと」
「足りんな……」
【レーヴェンハルト大佐の意見に賛同。
《7/Iリーゼ》の破砕計画は不可能と意見します。偏向計画への移行を提案します】
「地球からはまだ距離がある。軌道を逸らせば……」
レーヴェンハルト大佐は、手元の操作パネルに手をかけた。
小型の周辺戦略図。
そこには、小隊訓練をするRVK-01の姿が映っていた。
動きはまだ、ぎこちない。
──機体は完成していた。
一年。いや、せめて半年早く、『奴ら』が私の元に来ていれば……。
握りしめる拳からは、いつしか血が滴り落ちていた。
* 5日 *
RVK-01訓練小隊。
その最終訓練は、長期間稼働訓練だった。工廠のあるゴンゴン基地まで、ジグザグに進む。各折り返し地点には、何やら仕掛けも用意されているとのこと。
送り出したレーヴェンハルト大佐の笑顔が、妙に脳裏に焼き付いていた。
「随分と、詰め込まれた訓練だったな」
【オリヴィア:まだ終わっていない。気を抜くな】
オリヴィアの叱責が響いた。その声は、微かに緊張を滲ませていた。
【アウレリア:減点1ね】
【レオン:らしくないぞ、ソラ】
【マレク:まあ、気持ちも分かるけどね】
「本当のことを言ったまでだ」
憮然としながら、ソラは操縦桿を握る手に力を込めた。
この約二ヶ月の間に、随分と手に馴染んだと感じた。それでもまだ、機体制御も編隊練度も、レーヴェンハルト大佐が望む水準には至っていないらしい。
【カーツェナルプ:次のポイントまでの規定航路を都度、陣形を変更して移動せよ】
【オリヴィア:最初の課題だ! 全機、発進!】
【全員:了解!】
ソラは操縦桿を押し込んだ。
掛かるGは、以前よりもどこか心地よい気がした。
* * *
【アウレリア:少ない】
最初に指定されたポイントには、この訓練で使う全ての兵站物資が格納されたコンテナが浮いていた。
物資にはもちろん、食糧も含まれる。
【レオン:まあそう言わずに、お姫様】
【クラウス:我々人工人類は、いざとなれば飲食なしで一ヶ月は持ちますよ】
【アウレリア:なんで空腹度なんて、設定されているのよ。無駄だわ】
ドイツ組のやり取りを聞きながら、ソラは固形栄養剤をかじった。
食感はいい。だがやはり、とても薄味だ。何味なのかさえ、分からない。
「量よりも、味が問題だろう?」
【モニカ:出たわね。日本特有の、味マウント】
【マレク:その言い方は、流石に良くないよ?】
【トマシュ:日本の食の美味さは、否定できない】
【リエン:少ない食糧をやりくりしろ、という事ですね。皆さん、計画的に食べましょう】
「しかし、実弾に光子兵装搭載か。完全武装での変形とか、キツそうだな」
ふう、とソラは一息付いた。
「ところでオリヴィア小隊長殿。なにを隠している?」
【オリヴィア:なにもない】
【マレク:それは流石に厳しくないかい? ソラですら察しているんだ。皆、わかっているよ】
【アウレリア:なら単刀直入に聞くわ。《リーゼ》はどうなったの?】
RVK-01訓練小隊は集中すべしと、彗星に関する情報を規制された。
すでに破砕計画が終わっていてもいい頃だ。
だが、基地内の空気は、日に日に緊迫していた。
木星やゴンゴン基地からの輸送は、なぜか頻繁に行われていた。
「破砕計画失敗か? 原因は何だ?」
【カーツェナルプ:次のポイントまで、変形を繰り返しながら点在する目標物を狙撃せよ】
次の課題の指示が下った。だが、小隊長の言葉はない。
【オリヴィア:……破砕計画は中止になった。今、別計画が進行中だ】
【レオン:次の計画?】
【オリヴィア:カーツェナルプ、皆に情報開示だ】
【カーツェナルプ:オリヴィア小隊長の秘匿事項へのアクセス権限を確認。《7/Iリーゼ》の情報を開示します】
小隊全員の網膜に、情報が流れてきた。
RVK-01に搭乗していても、皆の息を呑む音が聞こえてきそうだった。
「なんだこれは! 大佐殿は、なにを考えている!」
【アウレリア:私達は戦力外だっていうの!?】
【オリヴィア:違う。そういう意図ではない……RVK-01訓練小隊は最終訓練を終えた後、ゴンゴン基地に帰投。準備でき次第、OASISで木星防衛群エウロパ基地に向け『出力』。新型機を受領せよとの命令だ】
【リエン:エリス防衛基地の皆さんを、見捨てるんですか?】
【クラウス:この正立方体の攻撃を、間に合わせのFK-14三個中隊では……】
FK-14の最高速度は0.011c。速度に劣る。
光子兵装は、砲門は発熱が間に合わず、長時間の連射ができない。継戦能力に乏しい。
そして肝心の、偏向計画も──。
「……机上の空論すぎる」
全てが上手く行けば、もしや、あるいは……可能かもしれない。
そんなものは作戦とは言えなかった。
【リエン:戻りましょう。今からなら……RVK-01なら、きっと間に合います!】
【モニカ:命令違反をするの? 軍法会議ものよ】
【レオン:軍法会議ねえ。そもそも僕ら、その軍法会議とやらに出れるの?】
【トマシュ:出頭はないんじゃないかな。基本的人権のない、『備品』だしね】
【アウレリア:私は……一人でも戻るわ】
【クラウス:おや? 付いてこいとは命じないのかい?】
「じゃあ、決を採ろう。
エリス防衛基地に『戻らない』者は?」
ソラの提案に、皆は沈黙した。
【オリヴィア:ソラ、君は酷い男だな?】
「なぜだ?」
【モニカ:その言い回しとこの雰囲気で、戻らないは言えないでしょう?】
【レオン:いやあ、ソラも成長したねえ】
【リエン:オリヴィア、行きましょう!】
【オリヴィア:分かった】
オリヴィアの声は、穏やかだった。
【オリヴィア:各機、火器管制システムに火を入れろ。密集陣形のまま、エリス戦線に加勢する!】
【全員:了解!】
【オリヴィア:全機、最大戦速!】
* * *
登場人物
ソラ(AH-JP502)・訓練兵
リエン(AH-JP618)・訓練兵
オリヴィア(AH-UK404)・訓練兵
アウレリア(AH-DE503)・訓練兵
レオン(AH-DE511)・訓練兵
クラウス(AH-DE519)・訓練兵
マレク(AH-PL404)・訓練兵
モニカ(AH-PL509)・訓練兵
トマシュ(AH-PL602)・訓練兵
レーヴェンハルト・大佐




