1-3★彗星談義
* 59日 *
人の出入りの激しい共同食堂の一角。周囲では各国語の会話が飛び交い、合成食材の匂いが薄く漂っていた。
「味気ないな」
専用に調合された食事を半分ほど食べ、ソラは呟いた。
OASIS
──Organic Assembly & Synthesis Integrated System──
ソラたち新兵を『出力』した機械は、宙域ごとに必要な栄養素を摂取可能な食糧も出力できた。宇宙時代を影で支える、有機物質出力機。
だが、《完全兵糧》と名付けられたこれは、お世辞にも美味いとは言えなかった。ここエリス防衛基地のものは、特に風味が乏しかった。
「お醤油、使います?」
隣に座るリエンが、袖に忍ばせた小瓶を見せた。
「なぜ、そんなものを?」
「えっと……人間用食堂のおばさんに、譲ってもらいました」
バツが悪そうに笑うリエンは、愛嬌は良さそうだ。人間からの受けは、いいのかも知れない。
「貰っても?」
「ちょっとだけですよ~?」
「承知している」
ソラはリエンから小瓶を受け取ると、自らの食事へと醤油を垂らした。
スプーンで合成肉らしきものを掬い、ソラは口へと運んだ。
「うぅむ……。微妙に合わないな」
その言葉を聞いて、リエンは自分の食事に醤油を使うのをやめた。
「リエン?」
「嫌だなあ、ソラを味見役に使ったわけじゃないですよ」
リエンの満面の笑みに、ソラはそれ以上追求するのをやめた。
「やあ、お二人さん。ご一緒しても?」
【ライブラリ照合・AH-PL404《マレク》を確認】
【ライブラリ照合・AH-PL509《モニカ》を確認】
【ライブラリ照合・AH-PL602《トマシュ》を確認】
食事トレーを手に、マレクは声を掛けてきた。傍らにはモニカとトマシュもいる。
ポーランド組で、揃って食事休憩のようだ。
「どうぞ~」
リエンがにこやかに同席を承諾した。
モニカはリエンの前に座ると、「ごめんね」と何やら小声で謝っていた。
「オリヴィアは?」
ソラの前に座ったマレクが、尋ねてきた。
「今日一日、小隊長教練だそうだ。小官はてっきり、編隊指揮スコアの高いマレクが小隊長になると思っていたんだが」
日本、ドイツ、ポーランドの三個編隊からなる一個小隊。その長には、オリヴィアが選ばれていた。朝からレーヴェンハルト大佐直々に、手ほどきを受けている。
「いやあ、僕には無理さ。ドイツのお姫様を御すことはできないよ」
「アウレリアか。すっかり姫呼ばわりが定着してしまったな」
「まあ、本人は気にしていないようですから、よいのでは?」
マレクの隣に座ったトマシュが、そんなことを言った。
「そうなのか?」
ソラは首を傾げた。
「小官が『姫』と呼ぶと、『名前で呼べ!』と怒られるのだが」
ソラの言葉に、マレクは苦い顔をした。
「……君は本当に、日本で教練を受けたのか? いや、日本だからこそか?」
「? どういう意味だ?」
「ベッタベタに、鈍い、ってことよ」
頬杖をつきながら、モニカが言った。
「鍛錬は怠っていない。何も鈍っていない」
「リエンは一度、こいつを殴ってもいいんじゃないかしら?」
「まあまあ、モニカ。私は、その、いいから」
リエンは何やら赤くなり、モジモジとしている。
「どうした? 具合でも悪いのか?」
「……やっぱり、殴ろうかな?」
「なぜそうなる?」
「映画でみた光景が目の前に。感慨深いね」
一人納得しながら、トマシュはスープを飲んだ。
汁物は、誰も持っていない。
「む? なぜトマシュだけ、スープがある?」
「自家製ですよ」
トマシュは得意気に、スープの入った椀を掲げた。独特の発酵臭が、食指をそそった。
「ジュレックっていう、日本でいうところの味噌汁でしょうか? まあ、味はまだまだ、本物には程遠いです」
「君は宇宙で、一体なにをしているんだ」
マレクは呆れ顔で、隣のトマシュを見て言った。
トマシュはスープを飲み干すと、「お客人に召し上がってもらうには、まだ深みが足りない」と首を振った。
──やはり、クセが強い。
食卓を囲う面々を見ながら、ソラは心底そう思った。
ピピッ。
不意に、電子音が響いた。
【NASICより発表。当該彗星を《7/Iリーゼ》と命名】
「決まったようだね」
ジャガイモ……らしきものを食べながら、マレクが呟いた。
人類が確認した、七番目の恒星間天体。
「ということは、セドナから出た先遣隊が、成分分析を始めた頃ですね……」
真剣な顔で、トマシュが考え込む。
「皆さんは、《リーゼ》をどう破壊しますか?」
「どう、って。核ミサイルだろう?」
ソラは即答した。
「いえ、それは、FK-14で事態に当たるなら、でしょう? 我々のRVK-01なら、どうするかという、言わば思考実験ですよ」
トマシュの提案に、食卓を囲う面々は考え込んだ。
「光子兵装といっても、要はレーザーだ。直進性と貫通力はあるが、面破壊には向かない。光子爆弾も、効果は薄いと思われる。
ここはやはり、核ミサイルだろう。RVK-01の推進力があれば、炸薬式ミサイルを外してアタッチメントをつければ……一機あたり六発くらいは核ミサイルを搭載できるんじゃないか?」
ソラの意見に、モニカは首を振った。
「核ミサイルは、大気圏内なら爆風を利用できるけど、真空の宇宙ではそうはいかないわ。今回はFK-14に搭載可能ということと、不用品処分のために使用するに過ぎない。
そもそも私は、破壊には反対ね。下手に砕いたら、地球に向かう巨大な瓦礫の群れになるわ」
「なら、RVK-01の炸薬式ミサイルで軌道を逸らす? 小隊各機に積んでも、計十八発。普通サイズの岩石なら有効だと思うけど、あのサイズじゃあ……」
ほのかにバナナ味のするムースをスプーンで混ぜながら、リエンは言った。
「案外、大きく見えるけど、実は薄っぺらいとか、ないかな?」
マレクの言葉に、「それはない」皆は首を振った。
唐突にトマシュは立ち上がると、スプーンを握りしめた。
「やはりここは、映画を見習うべきかと。皆で、彗星を押そう!」
グッと力を込めて言ったその言葉は、本気度を感じた。
「映画の見すぎよ」
【ライブラリ照合・AH-DE503《アウレリア》を確認】
アウレリアは呆れ声で言いながら、空いているソラの隣に座った。
その顔には、疲労の色が濃く見えた。
「その様子だと、相当絞られたようだな、アウレリア」
「私に編隊長は向かないわ」
「とはいえ、レオンやクラウスに従う君でもないだろう?」
ソラに指摘され、アウレリアは言葉を詰まらせた。
「なら、ドイツ組はアウレリアが指揮するしかないな」
「わかってるわよ、そんなの」
アウレリアはソラから顔を背けた。
トマシュは正面に座るアウレリアを見て、隣のソラを見て、さらにその隣のリエンを見た。
「まさに映画の、いち場面」
トマシュは満足気に頷いた。
「ここはエースの意見を伺いたいな。姫、君なら《リーゼ》をどう破壊する?」
マレクに問われ、アウレリアは「そうねえ……」グラスを揺らしながら考える。
「尾ができるまで、待つわ」
「尾?」
モニカがオウム返しに尋ねた。
「恐らくは岩石彗星でしょうけど、多少なりとも気化成分はあるはず。なら、太陽に近づけば、揮発成分が一気に噴き出す。内部から崩れ始める可能性はあるでしょう?
そこに外から、炸薬式ミサイルと核ミサイルの同時着弾ね。残りは光子兵装で細かくするなり、押すなり、好きにすればいいわ」
「ふむ、なるほど」
「一番、いけそうな案ね。さすが姫」
「おだてても、なにも出ないわよ」
恥ずかしそうに、けれどどこか嬉しそうに、アウレリアは言った。
「面白い談義だったね。レポートとして纏めておこうかな」
マレクの瞳が、小刻みに動いた。
地球防衛軍統合戦略AIと情報を共有しているようだ。
「オリヴィアの小隊長教練が終わるまでは、待機かな?」
リエンは小声で、ソラに尋ねた。
「小官たちを遊ばせておくような大佐でもないだろう。そのうち不意に、指示が飛ぶさ」
戦場とはそういうものだと、ソラは思った。
* * *
登場人物
ソラ(AH-JP502)・訓練兵
リエン(AH-JP618)・訓練兵
アウレリア(AH-DE503)・訓練兵
マレク(AH-PL404)・訓練兵
モニカ(AH-PL509)・訓練兵
トマシュ(AH-PL602)・訓練兵




