9.銅級の冒険者
穏やかな陽光が、ステンドグラスの嵌め込まれた窓枠の向こうから差し込んでいる。小鳥のさえずりが、なんとも心地いい午前中。
今朝は、数年ぶりのベットの上での起床だったので、どこか気分も晴れやかだ。
「お前たちは……なんだろうな、厄介なネタということだけは確信めいた予感すらある」
朝食を取る間もなく、見慣れない応接間に呼び出された私たち。ここ、うちのお屋敷に比べると質素な部屋だけど、ギルドっていう商人の仲間にすれば結構上品な感じの場所だ。
出される紅茶の香りもそんなに安いやつじゃないみたいだ。
「はじめまして。あたしはリリー。リリー・アニル。あたしたちはぼうけんしゃ、になりたい」
「聞いている。難民まがいの志望者なぞ、珍しいものではない」
私とドラス、グノーシアが、貿易街ドルキについたのが昨日の夕方ごろ。門番に冒険者になりたいこと、盗賊を虐待したことを伝えたたら、兵士の人たちは忙しそうになって、私たちは翌日の事情調査と引き換えに一晩のベットを獲得した。
ちなみにドラスはもっとグイグイ交渉しようとしたけど、それを食い止めたドラスが、交渉のほとんどをやてくれた。
「それで?そこの槍使いはいいが……隣の宮廷魔術師もそう、なのか?」
「はい。正式な任務もないので、元、宮廷魔術師みたいなものですが」
「そうか、お前は二人とはまた別で、厄介ごと引っ張ってきそうだな」
そう言って紅茶を口に含むのは、副ギルド長。
冒険者というのも納得の、高身長と筋肉。おそらくオーダーメイドで仕立てられたスーツの内側には、彫刻のような肉体があるだろう。
赤毛のオールバック姿は、その立場にあるだけの存在感がある。
「まず、お前らがここに流れ着いたのは、正解だ。うちの衛兵共にこの案件の解決力はないし、うちはこの街のギルドとしてもデカい。柔軟に難民の受け入れを行える道理と流れも、貴族様から預かっている」
副ギルド長は、残ったカップの中身を一気に呷る。
「いいだろう。清濁飲み干してこそ、我らがギルド『久遠の食卓』だ。お前たち三人、まとめて歓迎しよう。」
言葉と共に、テーブルに投げ出される3枚の銅板。
私たちの名前が、それぞれ刻まれている。紐の通す輪のあるこれは……ドックタグ?
「リリーだったな、そんな珍しそうに見るもんじゃねぇ。ギルドカード、見るのは初めてか」
「うん、はじめて」
クレジットカードの半分くらいの細い一枚の銅板。
これが、ギルドカード。ゲームやアニメ(それだってあんま詳しくないけど)で見たやつよりよっぽど夢のない代物だ。これで2枚あったら、まるっきり兵隊の持ち物だ。
「2枚の銅板を貼り合わせてある。中に改竄防止のまじないが刻んであるから、改名するなら事前にいえ。結構揉めるからな」
この副ギルド長、めんどくさそうな割に丁寧に教えてくれた。
ランクアップすると、このタグが銀や金のものと交換することになるらしい。身分がどうのって話もあったけど、それは二人もいるし大丈夫だろう。
……まぁ、書類周りが煩雑な日本社会と、しきたり地獄の貴族時代があった私だから(生前の記憶は怪しいけど)、全然楽勝ではあったけど。
「で、だ、お前たち、昨日盗賊を撃退したみたいだな。盛大にやってくれたらしいが、成果に対して報酬を払わないギルドではない」
言葉と共に、テーブルに投げ出される3つの皮袋。
今の私の外観年齢からすると、渡されるべきじゃない金額が入っている。現代日本の金銭感覚からすればびっくりもいいところだ。
「盗賊の何人かは身元の確認が難しい状態だったが、数人は値がついた指名手配犯だ。特にシド。今回下顎以下がミンチになったこいつは、よそで銀級の冒険者だった経歴があり、被害額もなかなかだった、手数料諸々で色々さっ引いた後でも、それだけがお前たちの報酬として残った。もらっておけ」
「そうことなら、遠慮なくっと」
ヒョイっと2袋を受け取るドロス。
私のぶんの管理は任せるとして、あとで少しはもらっておこう。
「で、俺たちが聞いておくべきことは他にあるのか?」
「ふん、お前たちはここドルキの準市民の立場になっている。定義が知りたいならここの一階のクエストの受注やってる受付嬢にでも読み上げさせろ。あと、報酬諸々のがめんどくさい。資金もそこに預けておけ。不自由はしないだろ」
「終わり?」
「以上だ、早くいけ。俺は昨日からのお前らの騒動で寝れてねぇ。これから闇組織の焼き討ちをしなきゃならねぇんだ」
時間にして、数分の間のやり取り。
それで私たちは、しばらくの生活費と、身分証。そして仕事を手に入れた。
世の中、ちょろいかもしれない。まぁ、その世の中に2回ほど殺されてはいるんだけど。
ギルドの1、2階には吹き抜け構造の大きな集会所があった。
まるっきり某モンスター狩りゲームの雰囲気だ。ご飯、クエスト、武器・商品!吹き抜け構造がいい仕事をしてるのか、酒臭い空気がたまってないのがとてもいい。
(そうじゃなければ、この転がる酒樽の量的に酷いことになってるはずだ)
「はい、リリー。あなたも流石に食事はいるんでしょ?」
グノーシアの手には、人数分のサンドイッチ。
硬そうなバゲットに肉とチーズが挟まっている。憤怒の森暮らしが長かった私からすれば、生のうさぎとかの方が親近感があるけど、一人前の朝食と思えば十分なものだ。
ちなみに、今の私に食欲はほぼない。趣味ぐらいのものだけだ。肉に呪いと魔力を詰め込んで生きてるふりをしてるのが私。お腹を空かして死ぬことなんてないのかもしれない。
「ありがと」
なかなかの強度のサンドイッチに噛み付く。……まぁそうだろう。どんなに足掻いても、この体は元のリリーの遺体。破壊される恐怖があれば身体機能の復元も進むけど、味覚はダメだこりゃ。ほとんど感じない。風邪で鼻がやられた時みたいだ。
幸い、私は、歴戦のメイドたちによる貴族様の教育が骨身に染みてる。こういう薄味も、人より遥かに訓練を積んでいる。
そう思えば、このサンドイッチがおいいしいことが理解できてきた。
パンの小麦も、肉もチーズも、質が悪くない。ギルドの厨房なんて大きくないだろうに、これは頻繁に肉とチーズを買い足している繁盛店のおいしさだ。食材のフレッシュさが損なわれていない。
パンも確実に今日中に焼いたものだ。
どれも高くはないけど、手を抜いてもいない。近くにいい産地でもあるのだろう。ただそこで採れて、当たり前に作られて、当たり前に美味い。小細工のいらない料理。
環境と伝統によるパワープレイ。パンに保存用の肉とチーズを挟んだだけ、なのに美味しい。
『久遠の食卓』だっけ。食卓を名前に冠するだけあって、いいものを揃えている。




