10、灰狼のローエン
食べかけのサンドイッチを片手に、壁の一面を埋め尽くす依頼書をみる。
ゲーム知識だと、クエストボードって言えばいいのかな。
ドラスロールとグノーシアは、宿を探すとかいって二人してどこかに行ってしまった。サンドイッチで餌付けされてお留守番というのは、生前の精神年齢からすると複雑な気分だ。
けどまぁ、今の私の小学生ぐらいの見た目では、細かい交渉をしてくれる相手の方が少ないだろう。ここはウチの執事と、(元)宮廷魔術師に任せようか。
コルクに打ち付けられた膨大な数の羊皮紙。しばらく眺めていると、それぞれのクエストの個性が見えてくる。
丁寧で細かい字がいっぱい書いているのはお役所が出してる依頼っぽい。
やけに報酬が高いのは、詐欺なのだろう。誰も見向きもしてない。
報酬額が何度も改定されているやつは、期日が詰まってきて焦ってるやつだろうか。最後の報酬額なんて文字からデカくなっている。
「そんな遠くの席から、依頼書の文面まで見えるのか。嬢ちゃんは目がいいのう」
「おじさん、だれ?」
二杯のコップをもって話しかけたのは、見るからに冒険者といった風貌の白髪混じりのおじさん。
使い込まれたレザージャケットが、歴戦の狩人だということを教えてくれる。ちょっとタバコくさい。
「灰狼のローエン、と呼ベばここでは通りがいいだろうの。嬢ちゃん、名前は?」
「リリー、だよ。ぼうけんしゃになったから、しごとをみてるの」
私の前にコップが一つ。
くれるってことだろう。中は水……にレモンっぽい果実とハチミツ。爽やかで飲みやすい。少し冷たいのもあって、喉を鳴らして飲んでしまう。
「ハッハッ、いい飲みっぷりだ。にしても冒険者か。その年で」
冗談じゃないのが伝わっているのだろう。壮年の冒険者は、複雑な感情を年の功で包み隠した。
まぁそうだろう。私だって、この年頃の人間が冒険者をやろうとしたなら、親を止めようとする。
「こどもにみえる?」
シワの刻まれた皮膚の隙間、ローエンの目を見つめる。
私の肉体という殻の中で眠っている魔力を、少し熾す。魔力の揺らぎは、衝撃となってローエンの体内の魔力を揺らす。
「……大したもの、いや、もっとか。儂が見た最高の魔術師と同量、いやどちらかといえば竜種のような人外の魔力に似ている。世界の広きをのぞいてきたと思ったが、まだ知らぬモノがあるとはのう」
「そう。だいじょうぶでしょ、あたし」
驚いた顔をしたローエン。けどそれもすぐ落ち着いた雰囲気を取り戻して、私のと同じレモン水に口をつけた。
「あぁ、驚いた。嬢ちゃんは強いのだな。おそらく儂でもさっくり殺せるほどにはの。一応確認するが、いやいや働くのではないのだの?」
「うん。ゴロゴロするほうがすきかも、だけど」
「ハッハッ」
ローエン、いいオジちゃんだ。
優しいし、感情と魔力制御も安定してる。さっきの一瞬の動揺でも魔力波の揺らぎがとっても穏やか。人並みの感情も恐怖心もあるはずなのに、まるで強風を前にする大樹。その枝葉が揺らいでも幹が微動だにしてない。
「のう、嬢ちゃん」
「うん」
「中に悪魔が棲んでいていて、その体は別のモノ、とか言うまいな?」
「んぇ?」
ほとんど正解だ。中に呪いがすくんでいて、体は生前の私のもの。今の私は当時のリリーか、と聞かれると……正直、とても自信がない。
これがベテラン冒険者の第六感ってものか。
「はっはっ、冗談だの。嬢ちゃん。いやぁ、ようやくガキのツラになりよった。まだまだ寝物語の悪魔が怖い年頃だの!」
笑い声がでかい。
驚いて固まった私の頭をグシグシと撫でるローエン。ずいぶん慣れた手つきだ。
「わしの息子もガキの頃はビビリでの、懐かしいのう、よく妹の前でべそかいておったわ!」
「ちなみに、もしあたしが、あくまだったら?」
「殺した、だろうの。強いは強いとて、格上を狩れんで冒険者は務まらんからのう」
刃のような冷たい殺気が喉を撫でた。いや、私に向けられたモノじゃないことぐらいわかるけど。
この人の精神はよく研がれたナイフみたいだ。鞘に収めている普段は安全だろうけど、その中に冷静な武器が潜んでいる。
「さて、互いに運が良ければまた会おうの、嬢ちゃん」
「もう行くの?」
「そろそろ精算の処理が終わる頃合いでの」
手を振りながら、集会所の扉から出ていくローエン。あとでギルドの人に聞いたら話だと、外から回ってギルドの裏口に行くと、素材の持ち込み窓口があるみたい。
あれが冒険者か。すごい。盗賊も冒険者だったらしいけど、全く違った。
「へぇ、そんな冒険者がいたのか」
「そう、冒険者としてはドラスより優秀かもよ?」
「俺も別にそこまで自信過剰じゃないわ。槍と魔術は使えるけどな。こちらの役目はお嬢のお守り。本職の爺さんより狩りが上手い気はしねぇよ」
「二人とも、雑談はそこまでで、仕事の話に戻りましょう。特に二人は初期費用もかかってお金がないんです。まずはクエストを受けないことには……」
ローエンと別れてすぐ戻ってきた二人。
なかなかの舌戦の果てに、いい宿舎を獲得してきたらしい。
それと引き換えに、随分取られたとかで、今朝もらった報酬金もなかなか消費したっぽい。
「リリーはどうなんです?ここで依頼とか見てたみたいですけど、何かいい物ありました?」
「まかせてグノーシア」
そう、実は狙っていた依頼がある。
【炎鳥エンカレウスの巣の破壊】
「ほー、報酬金はやや少なめ。距離と期間も悪くない。違約金も……少ないな」
「さいしょは、あんぜんなのがいいかなって」
「確かに、スタンダードな依頼です。銅ランク推奨らしいですし、いい感じに田舎です。あなた達がやらかすなら、そういうところの方が揉み消しやすい」
私たち、やらかすように見られてるのか。
いや、パイロっていう甲冑姿の人も私たちを見張るように言っていた。そうだ。私の体は見えない爆弾だ。今は生きてるふりをしているけど、森の呪いが溢れ出して、いつかパンクするかもしれない。
もしその時が来たら、私は一体どうするんだろうか。




