8、黒い少女
ドルキの銀級冒険者ザパンは、悪い予感を感じていた。
今日は、表の冒険者のはなく、違法……いわゆる闇ギルドの集会所にいた。
クエスト板に貼られたのは、暗殺の依頼。女3匹のイージーなもの。ただ、そこにつかれた緊急の2文字のハンコに、何か嫌な気配がした。
「なんだ、ザパン。体調でも悪いのか」
「まさか、万全だよシド。ただ緊急の発注なのが気になってな。相手の身分もわからねぇし」
「よくある話だろうが。額も悪くねぇ」
そうだ。どうせ命も証拠も残らねぇ仕事。
やってしまえばリスクはない。
「わりぃ、昨日の酒でも抜けてねのかもしれねぇわ」
「グヒヒ、そんなこと言ってよぉ、抜けてねぇのはこっちなんじゃねぇのかぁー?」
体臭と膂力はパーティ1、のブドが絡んでくる。
その手にあるのはポーションとは名ばかりのアルコールと薬物の混合物。俺も戦闘時には使いはするが、コイツはもう手遅れの部類だ。
「脳まで浸かったお前と一緒にすんなよ、ブド。俺の刃に濁りはないぜ」
そう、俺は闇ギルドにズッポシ身を沈めたこいつらとは違う。
表のギルドで仕事もして、鍛えて、ここで楽して効率よく稼ぐ。そう、ドブ底みてぇなこいつらとは違うんだ。
おかしい。予感が当たったんじゃないか。そう思ったのは襲撃前に身を潜めていた小屋が、突然ぶっ壊された時だ。
(マジかよ、この距離で気づかれた!?)
「出ろ!」
シドのその一声で、俺達九人は一斉に飛び出す。
後数秒後には俺たちから仕留めに行くつもりだった訳で、事前に飲んだクスリで恐怖と肉体のリミッターを外していた。肉体励起、魔力励起の魔術も十分掛かっている。
それでも俺は、やけに嫌な感じが止められず、最後尾から黒髪のガキを狙った。
……先鋒のシドは、急に動きを止めたと思ったら、顎あたりの肉を撒き散らして死んだ。
名前も忘れたが、続きの3人も吸い込まれるようにガキの近くに行って、こけるように倒れて、死んだ。
頭じゃやばいってわかってたけど、俺も、その前の一人も止まれなかった。
止まれずに、情けない雄叫びと共に飛び掛かった。
「うおおおおお、お?」
目の前のブドの雄叫びが止んだが、それでも構わず、ガキの首筋を目掛けて双剣を叩き込む。
「うーん、まだ、こわさないってむずい」
「嘘だろ……?」
俺の渾身の一撃は、硬い激突音とともに、ガキの片手に止められた。
それどころか、この化け物は、余った片手で俺の頭を掴んだ。さすがの俺でも、女の体重を頭蓋骨で跳ね上げることはできず、動きが止まる。
「やった。さいごのは、むきずだ」
ガキと目が合う。
働いてねぇ白い肌。見たことねぇ黒の髪は貴族様のソレ。そして目は……そうだ、この目だ。この目が不安の正体だ。不気味な魔力が、そこ知れねぇ燃える闇みたいな色がそこにある。この赤目が不安の正体だったわけだ。
不吉な目だ。こいつは……生きてちゃいけない。こいつは、生きてちゃいけない。
「リリーどうするんだ、そいつ捕まえて」
「んー、どうしよ」
奥の、給仕姿のやつが喋っている。
そしてリリーよ呼ばれた化け物は、化け物のくせにまんまのガキみたいに喋っている。
「死ねぇぇええ!!」
「うるさい。……とりあえずいいよ、ほっとく」
「そうかい」
ガキは、俺の頭を押さえていた手を離して……まっすぐ下に振り下ろした。
魔力で作った爪は俺の額から胸下まで、3本の激痛の筋が引かれた。
「がああああああぁあああああぁぁ、ああぁぁぁあぁあぁっ!!」
感じたことない激痛の衝撃。
傷口が原因じゃない。そこから入った魔力の衝撃が身体中の感覚を引き裂いた。一瞬の錯覚だが、気絶すらできない苦痛が心まで焼く。
「よかったな、おまえ。一人だけ生き残る幸運を喜びな」
膝をつき倒れ込んだ俺に、青髪の給仕はそう言い残して離れていった。
ちくしょう。
気絶しないように、胸の憎悪を滾らせる。
悠々と去ろうとする3人に、何よりあの中央にいる黒髪のガキ。リリーとかいうバケモノへの怒りを燃やす。
(リリーとかいうガキッ!殺す。必ず、必ず殺してやる!)
双剣を握る両手は、固く握りしめたまま動かない。
身体中グチャグチャになった魔力のせいで、身体操作も効かない。あまりの恐怖と屈辱に、俺の身体は立ち上がることすら許さない。
なんでこうなった。
俺は上手くやっていた。冒険者も銅級で名前も売れ出した。裏もスマートに上手く稼げていた。
この俺、ザパンが、あんなバケモノに
恨みのこもった目線で、遠くへ立ち去ろうとするリリーを睨みつける。
起き上がれない体は、まだ感覚すらおぼつかない。感じるのは顔に刻まれた三本の傷の痛み。そしてあのガキへの怒りだけ。
覚えていろ、必ず。必ず俺がお前に復讐してやるっ!
その後、貿易街ドルキでは、冒険者志望の三人からの報告を受け、盗賊団の存在を確認するために少数だが派兵が行われた。
報告にあった九名に対して、兵が発見したのは身元不明を含め八人分の死体。そして、一人分の血溜まりと逃走痕であった。戦闘現場からすぐ近くの路上で痕跡が途絶えており、協力者の関与が疑われる。




