7、泣く子をあやす道
「……はい、私はグノーシア・プリムラ。王室魔術院、「蛇の杖」の末席を預かっている……預かっていた、客席魔法員です」
「で、クビにされたんだ」
王都の食糧庫なんて呼ばれる貿易街ドルキへの道なか、私とドラスは、一人の少女の介抱につとめていた。
涙を流しながら、コクコク頷いているグノーシア。
泣きながら話できるタイプなんだ……
「実家の方針で、その、修行みたいに色々することのなってるので、い、いつか、離れることもわかってたんでっ……ヒック。けど、私、私もう四年もあそこに、あそこにいて……」
「で、今だ。どうする?あの甲冑男の通りに、俺らとギルドを組むもいい。が、イヤイヤやる奴はこちらも困る」
「そう、どっちでもいいよ。どうしたいの?グノーシア」
白い外套の背中をさするドラス。この青い執事は案外面倒見がいいのだ。
「ーーーーーいいえ。私もダルヴの教えを受けし者。それに「蛇の杖」としても、貴女方から目を話すわけにはいきません」
「そんなにすごいの、アタシたち」
自分の幼く小さい手のひらを見る。
膨大な呪いが押し込められて出来た命、らしいのだけど。別に呪いをこぼすような粗相はしてない。アークマンに撃ったヤツだって、呪いの成分は全部威力に変換して放出したから、汚染されたこともないはずだ。
「ドラスさんは分かりませんけど、貴女は異常です。貴女が人である確信すら、私にはない。「憤怒の森」はあの伝説のエルフの領土だったと言いますから、貴女もエルフだっていう方が、まだありそうなぐらいせす」
エルフ……この世界にもいたのか。パパが生まれるよりもずっと前から、あの森は禁足地だったらしいから、数十年よりは前に、あの森にはエルフが住んでいたんだろう。
「そのエルフってのは、どんな感じだって話なんだ?」
「さぁ、分かりません。魔法、魔術に長けたという話ですけど、「蛇の杖」創設以来、エルフの残した魔法文明は、部分的な劣化再現しかできていないだろうと考えられていますし」
そういう伝承上の妖精みたいなものだと思ってます。と続けるグノーシア。
そう、残念だ。私が呪い由来のエルフとしての謎の才能が発揮する……とか、そういう展開になると思ったのに。
「……とにかく、私は、貴女たちと一緒に冒険者、やります。これでも戦闘だって十分こなせるので」
さっき、私がぶっ放した衝撃でへたり込んでたイメージしかないけど、よく見ればグノーシアの腰には厚い刃をした剣が付いている。形は違うけど、出刃包丁みたいに骨もいけそうな感じ。
戦闘もできるってのも嘘じゃないのかも。
そろそろ、城壁も近い。無事に着いたら見せてもらおうか。
私に戦闘経験は全くないけど、なかなか魔力はあるわけで。私が固定砲台みたく、さっきの魔法とか打ちまくって魔物を倒す間、彼女とドラスに守ってもらえれば、生活に困らないぐらいの収入は稼げるのかもしれない。
「じゃぁ、どうだ。今の状況をはどうだ?グノーシア」
「戦闘も十分、と言ったはずです。貴方たちを監視するのに、この程度の輩に手こずるわけにはいかないですから」
「ん?ふたりとも、何の話?」
状況……なんの話だろう。
疑問に思う私を残して、二人の雰囲気がわずかに変わった。
ドラスの腰がほんのわずかに沈み込む。グノーシアの手が、白いローブの下で静かに武器の柄に添えられる。
「森入り……いや、箱入り娘なお嬢には、分かりずらいと思うが、な?これからいく街にたむろする冒険者なんていうのは、自然を跋扈する野獣を狩るのが大きな仕事の一つなんだわ。」
「この感じ……相手は、狩り用の気配隠しの護符でも使ってるんでしょう。人にはそんなにですけど、森の獣とかのは、割と有効な術式みたい、です」
「ほんとだ、いっぱいいる」
二人の言葉に、この憤怒の森の本気で聞き耳立ててみると、息遣いを感じる。森の呪いに順応した野獣たちに似た気配。捕食者としての殺意。
1、2、3……9匹、いや、九人か。
殺意を感じる。感じるし……人間らしく魔力を隠しているけど、それを差し引いても恐怖は感じない。
森で感じていた、身体中にビリビリ感じる呪いの圧力みたいなものが、ない。
総じて迫力がない。
「よし、グノーシアが右手から叩いて3匹、俺とお嬢で残り6匹だ。」
「どの3?」
「ここにしよう!」
掛け声と共に、ドラスの振り下ろした黒槍から魔力の刃が放たれる、畑の農具でも置いてあるのだろう小屋を破壊する。
そこにいた気配が九つ。弾丸のように飛び出てきた。
「ちなみにお嬢、さっきの魔法は禁止。体張ってこい。」
「わかった」
「ビビったら逃げてきていいぜ?」
冗談を言うドラスを小突く。舐めんな。
飛び出してきた奴らの動きを見て確信する。レベルが低い。ドラスの比じゃない。どころか前世で森まで追っかけてきた奴らより低い。
指先から爪に魔力を宿す。
私が歩いて。こいつらが駆けて。その間の距離がどんどん縮まる。どうしよう。両手だらんとして歩くのはなんか締まらない。十六年の貴族教育が、記憶の欠落があっても私に染み付いてる感じだ。
野盗の先頭が、裂帛の声とともに艶消しされた片手剣を抜く。
人間の視力でも、歯茎までよく見える距離。抜剣から刺突まで滞りのないワンアクション。強襲に慣れた無駄のない動きだ。魔力も込められている。狙いは心臓か。
害意の象徴たるその鋼刃を、待つ。
私の懐に来るまで。この小さな腕が届くまで。手のひら一つ、備えて待つ。
「おいで」
一瞬先で私の心臓を貫き潰そうとする凶刃を、左手で包み……へし折る。
手の中で氷柱みたいに粉々にしようと思ったのに、根元までヒビが入って、鍔まで割れて弾けてしまった。
「ガキッ……!止めやがっ
「しずかに」
パンっ、と風船みたいな音で、そいつの顎から下が爪の形にえぐれる。
私の右手が、こいつに振るわれたからだ。……これで唾を飛ばしながらのやかましい声もひとつ減った。
喉だった場所から、蛇口を捻ったみたいに血が溢れる。心臓の脈に従って。断続的に。
「これで一人」
後ろから、ダラスロールの視線を感じる。
変なミスしないように頑張ろう。
「あと、5回」
顎のない死体が、地面に倒れ込むより先。次の刺客は魔性の少女に切り掛かり始めた。




