6、グノーシアの災難
私の胸から、一本の剣が生えている。
シュールな光景だ。
通常なら、人生の最後に一度、見られるかどうか、といった光景だけど不思議と痛みはない。
「なにこれ?」
「《凱双の人理剣》」。人類の切り札って言ったところさ。実はね?」
「どういうことですか。説明してくださいアークマン!あの子は敵意を持つ様子はありませんでした!いきなり殺そうとするなんて!」
いきなり距離を詰めて、何かを突き刺してきたアークマン。そこに詰め寄ろうとするグノーシアは、魔法で編まれた防壁に拒まれて立ち尽くす。
「見てごらん?ほら、傷ひとつないだろう?落ち着いてプリムラ君。これはヒトには効かないモノなのさ」
「うん。だいじょーぶだよ、グノーシア。いたくない。ぎゃくに、ちょーしいいぐらい」
私はもうヒトなのかは怪しいけど、確かに痛くないし、何だか体が楽になった気がする。
「ねぇ、あたし、なにされたの?」
(ありゃ、多分、降格の鏃みたいなもんだ。荒神や精霊、霊獣を、人の格まで落とす。人の容に縛り付けるって呪術)
耳打ちで教えてくれるドラス。なるほど。人の形にしてくれるなら、あたしに損はない。ドラスが簡単に攻撃を許したのもそのためか。
ナイフはグリップまで魔力で編まれていたのか、光になってスルスルと体内に融けて、消えていった。うん。なんだか調子がいい。
「というかお嬢。相手に敵意がないからって、攻撃避けないのはよくねぇ。相手が善意のシリアルキラーなら危なかったぞ」
「そうかも、気を付ける」
「うーん、まいったな。反撃で殴られるまで想定済みだったんだけどな」
甲冑の後頭部をさするアークマン。
所在ない、みたいな顔をしているが罪悪感は微塵を感じない。不思議だ。
「僕らは、君たちの脅威を図りたい。最近、呪いが薄くなってきているとはいえ、あの森から無傷で出てきた君たちが普通なわけないからね。どうだろう、君の全力で、僕を攻撃してくれないか」
「ドラス、いいの?」
「あー、しょうがねぇ。リスクはあるけど、俺もその一撃が見たい。打てる魔法の全力を見せてやれ」
「わかった」
魔法を放つのも数年ぶりだ。
術式とかもほとんど思い出せないから、なんとなく覚えている感覚、手ぐせで魔力を練る。呪いすら焼き尽くす熱に。鉛より重い濁流に。流星より早く、イメージは……あれにしよう。前世は信州、御柱祭の木落し。
実際に長野で見たあれはすごかったな。
固まったイメージという型に、遠慮なく魔力を流し込んでいくと……あ、やばいかもしれない。累計三度目の人生にして、最大の魔力濃度が充填されてしまったかも。
「これ、しんじゃうかもよ?」
「大丈夫。少なくとも僕は死なないから」
「わかった」
「え、私は?」
閃光と爆音。
グノーシアの戸惑いの声を最後に、私はぶっ放した。
銃を撃ったことはなかったけど、こんな感じだったのだろうか。快、感。って感じである。……けどちょっとやりすぎたかも?
そして粉塵が晴れると、そこには、甲冑の腹と左腕が消失し、ひび割れた甲冑の残りに、ギリギリ頭部が残っている、がらんどうの鎧があった。
「いや、ありがとう。なかなか全力でかましてもらったようだけど、心配した呪いの噴出だったりはなさそうだ。あぁ、どうだろう。ドラスロール君だっけ、君も主人を刺されたんだから、一発殴ってくれていいけど」
「いや、また今度にとっとくよ。中身のない鉄屑殴ってもしょうがないしな」
人なら明らかに致命傷の損壊を受けても、アークマンが止まらない。
これは、あれか。人形を操作していたのか。
「え?うそ。……あの、アークマンが、え、あ。ウソ、夢?」
「わかった。気が向いたら、王宮まで殴りにきてほしい。その時は、横の主人共々、僕が歓迎するよ」
「それよりいいのか?そっちの補佐官とやらは腰抜かしてるみたいだけど」
ボコボコになった甲冑から目を逸らすと、へたり込んだ女の子。
いやぁ、我ながらすっごい威力になっちゃったから、至近距離で見たらびっくりするのも無理はないか。アークマンさん大穴開いちゃったし。
「いやー、僕なんて本当は大したことないんだけど。ちょっと過剰に尊敬稼ぎすぎちゃってた、かな?」
「いえ、尊敬できる態度ではないですが、あなたはっ
「プリムラ君。国の魔術師や、騎士が実力の上限じゃないってのは、こういうことなんだ。人智を簡単に超えるやつが、こんな感じでいるからさ」
改めてよく見ると、暗い鎧兜の内側は、なんの光もない暗闇が広がっている。
眼球のないその面が、こちらにあるはずのない視線を向ける。
「僕の予感だと、こんなレベルの超常が、これから先はどんどん出てくる。……まぁ、根拠のない妄想なんだけどね。で、だ。グノーシア・プリムラ、いや、鍵守のダルヴの末裔よ。そろそろ、君は第二の巣を旅立つべきだ」
「アークマン?なにを」
この、甲冑の男……男?だろう、たぶん。は、その空っぽの内側で、私をどう見ているのだろう。得体のしれない化け物になった、この私を。
「さて、リリー=アニル、君には新しく身分がいるだろう?その力を持つ人間を僕が知らないわけがないから、確実にね。この道の先の冒険都市ドルキなら、十分可能だ」
「そうなの」
「あぁ。そこの青いお姉さんは、知ってたのかもしれないけどね」
「もちろん」
「だが、君にはやはりヒトの仲間が要るだろう。人間としてやってくんだからね。そしてそれは僕からしても喜ばしい。……応援したい、と素直に思うほどにね」
「いいな。なんなら、路銀のいくらか、くれてもいいんだぜ?」
ニヤつくドラス。ヤクザじゃないんだから、そんな乱暴な言い化しなくてもいいのに……
「そう言われても、ウチはただでさえ金食い虫な部署でね。絞られてるんだ。それで、悪い上司は、部下に君たちの監視をさせようと思うんだ。給金なら出せるからね」
「じゃぁ、くれるの?」
周りくどい言い方だけど、アークマンの言いたいことがわかってきた。
「あげないさ。僕からしても預かり物だからね」
「ちょっと、アークマン?さっきから変な話になってませんか?」
なんとなく状況を分かってしまったグノーシアが、内側から魔力防壁をガンガン叩いている。
「ただ、ちょっと貸し出すだけ、だ。友達は少ないけど、いい子だ」
「ちょっと、アークマン!?お、おいっ!、パイル=アークマン!こんのっバカ師匠!」
「じゃ、アニル君、君のパーティにグノーシアを入れてあげて欲しいんだけど、いいかな」
「……ん。わかった」
本人がどう考えても分かってないけども……
「ということで、グノーシア君。リリー=アニルの監視を命じます。必要なら……僕の名前で、必要なことを成してくださいってやつだ。じゃ、僕は転移で帰るし、君が予約していた有名菓子店の菓子はちゃんと頂いておく。安心して頑張ってね?」
絶望した顔のグノーシアを魔力防壁の内側に囲ったまま、大破した鎧は魔力を迸らせ、無事な方な手をひらひらとしながら……その一瞬後、消えた。
「……え、え?」
「なぁ、これから長くなるかもしれないから……その防壁、とりあえず破ろうか?」
少し可哀想になったドラス。
「あ……あー、はい。すいません。お願い、します……」
いたたまれない気分の中、私は、二人目の仲間?グノーシアを手に入れた。




