13、運動場の決闘
朝が来た。
パジャマを脱いで、下着だけの姿になる。お腹に力を入れて、全身の魔術路を全力で励起させる。
「__ちょっと、肉がついたか」
王室魔術院「蛇の杖」にいたときに比べて、少し筋肉がついてきた。私、グノーシア・プリムラはギルドに順応してきたみたいだ。
「憤怒の森」に第五の使徒の反応が現れてから、既に一ヶ月が経過した。つまりは、その「森の使徒」リリーと冒険街でギルドに入ってからも一ヶ月が経過したことになる。
特に最初のクエスト「炎鳥の巣」の一件は、やっぱりただ事じゃなかったみたいで、大量の炎鳥エンカレウスの討伐という実績は私たちの注目度をぐっと引き上げた。 その後も私たちのパーティは、稀に見る速度で実績を上げていった。
正直、充実している。
そして、わかったこともある。
リリー・アニルは、あの少女は__明確に化け物だ。
普通、炎鳥の業火を素手で止まられるわけがない。岩猪に跳ね飛ばされて木にめり込みながら、会話を続けられるわけがない。双蛇の毒牙がリリーの白い肌の前に砕けたときには、乾いた笑い声が出た。
けど、わからないことも多い。
リリーの中身は全くわからない。それに……彼女は何がしたいのだろう。ここで路銀を稼いで、故郷だというピトス領に行くとは言っていたけど。何も考えていないように見えるけど__
「と、いうことで私と訓練しましょう。この久遠の食卓の訓練所で」
「久々のお休みなのに、いいの?」
そう。私達はクエスト受注が続いて、久々に数日の休みを取ることにしたのだ。私は既に死んでるけど、二人はそうじゃない。休息は必要なのだ。
「本人がいーなら、いいんじゃねぇの?体を動かすのもいいことだろ」
「けど、いいの?私は強いよ」
「ええ。__望むところです。私は今でも「蛇の杖」。目的は依然リリーの監視。貴方を理解することが私の任務です」
と、いうことで私は今、グノーシアと運動場のような場所で向かい合っている。
全身に叩きつけられる、シアの練り上げた魔力の波動が、シアの本気さを教えてくれる。
「おい、あの新入りどもが対決するらしいぜ」
「あの「三連星」の戦闘を見られるのかよ」
なんか……取り巻きの観衆が多いな。
と、横目で周囲を確認していると、その中から見覚えのある赤髪オールバックの人間が出てきた。あれは、このギルド『久遠の食卓』の副ギルド長だ。
「よぉ、久しぶりだなガキども。飯は食ってるか」
「おー、ふくギルドちょう、だ」
「あぁ、黒髪……リリーだったか、お前は相変わらず細いな。反してグノーシア、お前はいい。筋力が如実に増えているはずだ」
「はい、最近はずいぶん体力仕事が続いてまして」
「おう、うちのギルドの成果が増えていて、誇らしいもんだ」
二人して、副ギルド長の話を聞き流しながら、相手の様子を伺っている。
魔力の練り、重心の変化、自然な力み……1秒先の相手を予測するための情報は多いほどいい。
「お前達、今日は俺もいるし、結構暴れてもらっていい」
「いいの?かなり凄いよ」
「ははっ、舐めるなよガキが。なんならついでに審判も務めてやろう」
副ギルド長の手には、魔力で象ったナイフが握られていた。
「ほらよ」
赤髪の男の手から無造作に投げられるナイフ。
回転しながら頭上を高くまったソレは、数秒も待たないうちに……
地面に突き刺さった。
とたん、地面が爆ぜる音。
自慢の白刃を引っ提げたシアが真っ直ぐに距離を詰めてきた。
おそらくは剣術の一部なんだろう。シアの後ろでに構えられた武器は、斬り込んでくる瞬間まで、真っ直ぐ近づいてくる。針先から針を見た時のようだ。遠近感も現在地もわかりづらい。
「みえずっらい!」
その突きを、シアごと横に弾き飛ばす。
そこで私の脇腹に、シアの放った糸が突き刺さる。
「《鎖縛二条》ですっ!」
あれだ、炎鳥エンカレウス戦の時に、私が足場に使わせてもらった魔術の糸。衝撃を堪えつつ、その糸を魔力のこもった拳で握り潰す。……砕いて見てわかったけど、これは鎖だ。ネックレスに使うような細い鎖。それが、弾丸みたいな威力で射出されているわけだ。
けど、その程度で止まる必要はない。第二攻をかけようとするシアに、そのまま魔力爪で襲いかかる。
二人の意識が、爪と刃が交錯するその一点に集中する。
「うっそ、きられた!」
「当たり前です!」
私の魔力を固めた爪が、シアの白刃に切り裂かれた。まさか私の魔力の出力がシアに負けたってこと?驚きがすごい。まさか、森の呪いに成り果てた私が力負けすることがあるわけ?
混乱する頭で、なんとかシアの剣の猛追を避ける。
「ダルヴは対魔の家系。これは神秘を切り裂く力!そして鎖は、魔を縛る力ですっ《鎖縛六条》!」
「やる、じゃん」
追尾ミサイルのように放たれる六本の輝線。なるほど、並みの魔術師の一撃なら確実に抑え込める封魔の鎖なのかもしれない。
けど、無駄だ。その全てを左手で受け止める。
「まけない、よ」
見た目以上に重いその金色の鎖に、遠慮なく魔力を流し込み、破断させる。
ついで、炎鳥のように口に力を溜めて、魔力砲を放つ。流石にアークマンの甲冑を槓子した時よりは抑えめの出力だけど。
「効きませんとも!」
砲弾のイメージで放ったソレも、交わされ、切られ、逸らされる。
難しいな。グノーシアより私の方が魔力消費量は多いはずなのに、どうしても私は有効打に欠ける。いや、シアの動きがいいからなんだけど。
(もっとイメージしなきゃ)
戦いのイメージだ。衝動を効率的な戦闘に変更するような。より早く、より強く。__いや、駄目だ。今の私じゃ経験値が無さすぎる。お手本にできるような戦闘術も、まだ見たことがない。
私は、今の私の強みを活かそう。
「いいね、しあ。もっとがんばって」
魔力砲を続けて数発撃ち込んで、シアを誘い出す。
案の定、余裕のなくなったシアは、正面から魔力砲に立ち向かうのを避けて、攻撃を見切りながら再度距離を詰めてくる。
後ろ手に構えているのは、間違いなく破魔の剣だろう。
「もらいました!」
「まってた
クロスレンジまで間合いを詰めて、超低姿勢から私の首に切り掛かるシア。
私はさっきより濃密な魔力を込めた足で、その白刃ごとシアを蹴り飛ばした。……よかった。爪よりも魔力を圧縮させれば、あの白い剣でも簡単には切り飛ばせないみたいだ。
「そこまで!勝者、リリー=アニル。双方の健闘に惜しみない賞賛を!」
勝った。
周囲のどよめきと歓声が気持ちいい。__けど、なんか皆、やけに熱がこもってない?
砂に塗れたシアから目を離すと、ちまちまと周りの冒険者と金銭のやり取りをしているドラスの姿が。(それ、違法だろっ)って思ったけど、よく考えればここは現代日本ではなくドルキなんだった。あとで集客料として何割か返してもらおう。
「で、どうだった、しあ?」
「__負けました。完敗です。近くまで詰めれば爪と蹴り。距離を取れば魔力弾。なかなかうまくいきませんね。鎖も全然効きませんでした」
「けど、いいかお、してる」
「えぇ。私の切り啓く剣は有効でしたから。やっぱり私には封印じるよりも、解放ける方が向いている」
「そう」
「えぇ、私は少し戦いの振り返りをしてから帰ります。先に戻っていてください」
「わかった。そろそろ、かけにまけた ひとたち くるから、がんばって ね」
「え、賭け!?まだ動けなっ、リリー助けてっ」
グノーシアと勝敗を超えた友情を交わした私は、彼女を残して運動場を後にした。
別にシアを、脱出するための囮にしたわけじゃない。決して。
ただ、足早に会場を離れるときに、ドラスから赤髪オールバックの男がお金を受け取っていたのは見逃さなかった。さすがは副ギルド長。その辺しっかりしている。
「ごめんください、そこの あかいくだもの ひとつください」
「おや、その声はいつぞやのリリー君」
運動後に水分を問いたい気分になって、街の露天で林檎みたいな果物を買おうとした時、見覚えのある金髪の長身痩躯の男が現れた。
「しょうにんの サイさんだ」
「サイでいいですよ。先ほどは大奮闘だったみたいで、おつかれさまです。賞賛がわりにここは僕が持ちましょう」
「ありがとう」
露店のおじちゃんにコインを数枚受け渡すサイ。
もらった果実を、シャクリと齧る。こういう時、少女の小さな顎はなかなか厄介だ。この果実が日本のリンゴより小ぶりでよかった。
「ゴクリ。そういえば、シノはいっしょじゃないの?」
「__ええ。まだこの街にいるでしょうけど。僕らはあの時たまたま一緒に居ただけで、行動原理は違うので普段はそれぞれバラバラに活動してるんですよ」
兄妹みたいだったのに、と思ったけど、本当の兄妹こそ、そんなものか。
「じゃ、あのときは たまたま?」
「はい。僕らはどちらかといえば商人の本能が強いですから、そろばんが行くべきというなら轡を並べる時もあった、という話なのです」
知らないけど、あの時のあの街には、そんな商機があったのだろうか。
「すごいね、やっぱ おかねもちなんだ」
「ハハっ、いえいえ。それが商品開発がたいぶ金食い虫なもので。これでも吝嗇家なんですよ。生まれは貧乏だったのがモトだったので」
ちょっとわかる。私も日本じゃ庶民だったから、貴族の生活は慣れるまで大変だったはずだ。もう、だいぶ薄れた感覚だけど。
「それで、貴女はこれからどうするんですか?ここで一人の冒険者として暮らすわけですか?」
「__ん、まよってる」
とりあえずの身分と生活費が欲しくて始めた冒険者。とりあえずソレはクリアした。この一ヶ月で随分、自分の体の感覚も掴めてきた。戦いのイメージは正直まだだけど、実績さえ重ねればもう銀級まで昇格できる実力だと思う。
そろそろ、どこかで私はピトス領に戻るべきだ、と思う。
私やこの世界でのパパを手にかけた、マトゥ・コルヒカムにはケジメをつけなきゃいけないし。ただ、今の私なら全てを焼き尽くすことはできるけど、できればソレなりの身分で、社会的にも潰してやりたい。
残念ながらこの社会では、まだ身分がなければ見えない光景があるのだ。
「えらく なりたい、かな」
「偉いというと貴族階級ですか。堅実でいい。公認ギルドの銀級以上であれば一部の貴族階級を授かる権利がありますし、上流階級とのつながりも徐々にできてくる。リリー君の事情は知りませんが、どこかで高等教育は済ませているのでしょう。君なら不可能じゃない」
「そーかな」
全然、考えてなかったけど、そういうことならもう少し実績を稼いで、貴族社会に食い込んでみるのもいいかもしれない。
死ぬ前は、力無く飲み込まれてただけだけど、今では森の呪いの化け物だ。王も貴族もこっちが巻き込んでやるってものだ。




