12、一握の果実
「いやーいいお湯だった」
湯上がりの紫紺の髪は、無造作に腰元まで下ろされている。
白い肌は、先ほどまでの熱気で上記している。
「シノ、いくら僕たち同士であっても、人の……それも男の前に裸でくるんじゃありません」
「いーじゃん別に。ボクたちは実質的には同一人物みたいなもんなんだし?サイもイカれてっけど流石に同じ魂には欲情できないっしょ」
自作した小さな本を読んでいたサイ=ワンワンは、あまりの非常識さに痛む頭痛を、目元を本で隠すことで抑える。
温泉街で湯船に浸かるかのように、人目につかない夜の屋根上で、召喚した温水に浸かるのは、何度行っても治らないシノ=ワンワンの悪癖の一つだ。見たかんじ、複数枚の認識阻害の術が貼られているし、一応本人なりの気配りはあるのだろうが……その上でやっているのだから質が悪い。
おかしい、こんな常識は僕らが分化する前から持っていたはずなのだが
「シノ……本当に君は」
「割り切りはあたしらの本能だろ?まー諦めるんだな」
裸のまま歩き回り、用意していた白いタオルで、髪の水分をとっていくシノ。
そんなの魔術で乾かせば一発ではあるのだが、以前聞いた時には「女の髪はデリケートな芸術なんだよ!」と一蹴された。
同じモノから分岐してできた個体とは信じがたい知識の差であった。彼女からすれば美容も商品うち。その差もしょうがないことか。
「はぁ……まぁいい。それでどうでしたか、シノ。あの使徒は」
「いやーヤバかったね。まじで。このボクは終了するかと思った!」
全裸の女は、ベットの上で笑う。
僕も同意だ。彼女たちの機嫌が良かったから今も無事生きながらえているだけで、「24」の中では相当貧弱な僕らは、あの場で死んでいてもおかしくなかった。
「全くです。あの凶暴な呪いを生で見ることができるだけでも、あの村で待ち構えた価値はあった」
「いやー、向こうがクエスト決めてから、回り込んで村民を抱き込む。少し値は張ったけど、全然オツリくるね」
「森の使徒リリー・アニル。全く名前以上でした。呪いの深さは見えず、我々の積んだ魔術よりも古い魔術の匂いすらある」
我々を音楽家に例えるなら、彼女は何の楽器を鳴らしたのかすらわからない美しい音。
底なしの不気味、底なしの美だ。
「ボクとしては、あの魔術師の子もいい。他の僕たちの気配がするけど、ありゃ化けるぜ」
「プリムラ君だね。まさか彼女も鳥から生き残るとは。ダルヴの血にしても不思議な戦い方だった」
籠につまれた果実を手に取る。
赤く艶やかな果実。鮮度もいい。美しさすらある実は、フレッシュな彼女たちを想起させる。
「あの子いーよなー、ボクの武器をあげちゃおうか」
「もうしばらく様子を見るべきでしょう。まだ可能性の芽吹きをみたい」
炎鳥ごときの戦いにしては、随分と沸るものがあった。
未来でより花開いた彼女たちが、もし……
「サイさぁ、人のこと言うけど、そのクダモノ握りつぶして飲むクセ、ほんと人には見せない方がいいぜ」
「おいっ……しい。……ダメなのですシノ。この昂りを収めるには何かを潰さねばいけないのです」
文字通りに搾りかすになった果実を、魔術でさらに圧縮して球にする。
「はいはい。ずいぶん歪んだ品性だこと」
「シノ、たとえ同一だとしても、メスの臭いは今の私には煩わしい。潰されたくなければ……」
「へいへい。やっぱボクらはバケモノだわ。服着て寝るぜー」
「……えぇ、そうしてください」
煩わしい同業者が寝ても、サイの抱えた熱は抜けなかった。一人、窓から街道を見下ろした。夜が開けるまで。
幸運なことに、その道には朝まで人が通らなかった。
「おや、もう朝ですか」
昂った本能につられて、つい、次の素材を探してしまっていた。
「いけない、いけない。今は三本線の彼をいじる予定なのに。浮気、するところでしたね」
「〜〜〜〜ん、ふあぁ。あれね、リリーに惨敗した盗賊の生き残りでしょ」
パジャマがわりのシャツからは、仰向けで寝転がるシノの白い肌が……その膨らみが、溢れ出している。その様子を見下す目線が、ずいぶん冷めていることをサイは自覚する。
シノ=ワンワンは、緊張感を喪失してしまっている。事あるごとに私が叩きつける殺気に、全く反応しないのもそのせいだ。ワン・ワンは、我々の中ではかなり短命ではあるが、それでも長く生きすぎているのだ。その長い生涯は、人として抱えている大事な何かを摩耗させた。
(シノは緊張感。そして私は……)
「えぇ、彼らには、申し訳ないことをしましたからね。生き残ったザパンくんには、望むものを与えてあげたい」
「自分で100パー死ぬような最悪クエスト発注しておいてぇー?」
喉の奥から、笑いが込み上げる
「えぇ、それでも。それでも今の彼は復讐を望むのですから。えぇ」
「でもアイツ、呪いくらって体内の魔術路やばいんじゃん、どーすんの?フツーに生きていくので、」
「私にかかれば、元の型にするだけなら容易でしょう。ヒトではなくなるかもしれませんが、元の型のままでも十分な脅威になれるでしょう」
自分の奥から、湯水のように喜びが湧いてくるのを感じる。この源泉がある限り、自分はまだ人間でいられている。
そう感じた安心に、一匹のカイブツはニヤリと笑った。




