第7話 仕組まれた狩場
しかし、門をくぐり抜けた先は、切り立った岩壁に囲まれた、広大なすり鉢状の空間だった。
この空間にはいくつかの門があるものの、そのすべてが閉ざされている。
岩壁には無数の松明がかかげられ、逃げ場のない広場を、赤黒い炎が不気味に照らし出していた。
歓喜の声が、どよめきに変わる。
広場の中央、燃えさかる炎を背にして――これまでに見たどのオニよりも、ひときわ巨大な影が立ちはだかっていたからだ。
重苦しい威圧感が、その場にいる全員の身体を縫い止める。
ここは、周到に用意されていた狩場だった。
愚かにも人間たちは、自ら進んでそこへ入りこんでしまったのだ。
「よくぞ迷いこんだ、浅ましい角無しどもめ」
炎の影から一歩を踏み出したのは、真紅の肌と、天を突くような二本の角を持つオニだった。
その手には、大人が三人がかりでも持ち上がらないほどの、巨大な金砕棒が握られている。
「我が名はグレン。穏ヶ島を侵す不届き者どもよ、その命、我が贄としてくれよう」
グレンの名乗りにあわせて、燃えさかる炎が火力を増した。
この場に居合わせる人間、すべての顔を明るく照らす。
関所を突破したと思いこんでいた男たちの間に、絶望が押し寄せた。
逃げ場のない広場は、彼らの死地と化したのだ。
グレンの眼光がぎらつき、ねらいを定める。
突き出された巨大な金砕棒が、横一文字に払われた。
爆発的な風切り音を置き去りに、その一撃が、正面に立ちつくしていた男たちをまとめてはじき飛ばす。
その暴力を目の当たりにして、男たちは恐慌状態におちいった。
逃げ出そうとしてはたたきつぶされ、挑みかかっては返り討ちにあっていく。
そして、ついにはグレンの視線が、モモたちへと向けられた。
血にぬれた金砕棒が無造作に担ぎ上げられ、その腕が盛り上がる。
「……させねえよ」
低くつぶやいたクロウが、大剣を構えて、グレンのふところへと飛びこんだ。
シキもまた血に染まった衣服をひるがえし、ねらいすました刀を鋭く突き出した。
だが。
グレンの一撃は、二人の必死の抵抗を、たやすく打ち砕いた。
振り下ろされた鉄の塊が、大剣ごとクロウの身体を地へたたきつける。
モモを抱き寄せた、あの力強い腕が――あらぬ方へと、曲がっている。
「うあッ!」
シキのさけびも、次の一撃によって断ち切られた。
払われた金砕棒が、細い身体を岩壁まで吹き飛ばす。
シキの体はそのまま崩れ落ち、動かなくなった。
グレンは、振り払った人間に見向きもしなかった。
大勢の中の二人を片付けたに過ぎない。
そう言わんばかりの表情で、面白くもなさそうに吐き捨てる。
「口ほどでもない」
そうして、一人残されたモモへと、歩を進める。
金砕棒が、頭上高くに振り上げられた。
未来を変えるために、モモは必死にさけんできた。
座礁の危機を知らせ、東の砦を避け、死の記憶をくつがえすために、ここまで走ってきたはずだった。
それなのに――。
自分がもたらした結末は、二人を、周りの者たちを、より残酷な死へと放りこむだけだったのか。
涙のにじむ瞳は、眼前にせまる死さえとらえず、ただ虚空を映している。
袋小路の戦場に、冷たい夜霧が立ちこめる。
そして、重い鉄の塊が、振り下ろされた――かに思われた、刹那。
モモのなかで張りつめていた感情の糸が、音を立てて切れた。
「ああああああああーーーーーッ!」
モモの裂けるような悲鳴とともに、その身体から、白い光が噴き出した。
あふれ出た光は、広場の惨状を、松明の炎を、跡形もなくかき消していく。
世界のすべてを白一色へと塗りつぶしていく、光のうず。
そのなかで、グレンは振り下ろした金砕棒を止めたまま、大きく目を見開いた。
「まさか、あの器が……なぜここに……」
驚愕にふるえるオニの声さえも、白い濁流がのみこんでいく。
感情の爆発に任せるまま、力を解き放った代償は、あまりにも重かった。
魂を根こそぎ削り取られるような、強烈な脱力感が、モモの身体を襲う。
眼を開くことも、考えることもできないまま。
モモの意識は、底のない深い闇の中へと、沈んでいった。




