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第53話 本気

「それでこそ!」


 クロウが吼えると、地をうがつような一撃で、金砕棒を迎え撃った。


 鉄と鉄がぶつかり合う轟音。


 ――その初撃で、クロウは悟った。


(重っ……てえ! おい、話は通ってるはずだよな!?)


 狂言の打ち合わせなど、なかったかのような一撃だった。


 受け止めた六角棍ごと巨体が半歩押しこまれ、両腕の骨までしびれが走る。


 返す薙ぎ払いを横っ跳びでかわせば、いままで立っていた地面が砕け、土塊が頬をたたいた。


 グレンの紅い瞳が、静かにクロウを射抜いている。


 芝居に付き合う価値が、貴様にあるのか。

 命も張らずに、我の前に立ったのか。


 言葉より雄弁に、その眼はそう問うていた。


(クソ……! 上等だ、やってやらあ!)


 クロウは腹の底から咆哮し、芝居を捨てた。


 当てにいく。

 つぶしにいく。


 渾身の連撃が火花を散らし、グレンの反撃が本気のうなりを上げてクロウの外側をかすめ、汗を飛び散らせる。


 もはやどちらの動きにも、示し合わせの色などない。


 一つ受け損なえば命が消し飛ぶ、正真正銘の削り合い。


 六角棍が空気を割り、金砕棒が大地を鳴らす。


 踏みこみ、はじき、かわし、また踏みこむ。


 得物が交わるたび、散った火花が、夜明け前の薄闇を焦がした。


 そのむき出しの殺気に、紅鬼たちも船乗りたちも、すべての視線を注ぎこまれていった。


 十合と打ち合わぬうちに、クロウの動きが目に見えて鈍った。


 汗が異様に噴き、呼吸が追いつかず、顔面が紫に染まっていく。


 敗色。


 そこでクロウは、最後の賭けに出た。


 これまでにない速度の突きが、グレンの額を襲う。


 だが、かすめたのは角だけだ。


 跳ね上がる金砕棒。

 はじかれる六角棍。


 クロウの手から、得物が離れた。


 がら空きになった胴。

 防ぐ盾も、逃げるいとまも、もうどこにもない。


 そこへグレンの振り下ろし。


 勝負は決着した――かに思われた。


 しかし、その死角へ、音もなく大鉾が割りこんだ。


 船長だ。


 誰もが一騎打ちに目をうばわれた、ここしかないという刹那。


 残った片目が勝利に爛と輝き、口元が獰猛な三日月に裂け、大鉾がグレンの首へせまろうとした。


 だが――届かなかった。


 シキの言葉で船長を警戒していたグレンは、霧にまぎれて近づくその気配を、呼吸を、情念を、すべて知覚していた。


 必殺の一撃は肩口を裂くのみで、厚い筋肉におおわれた首には至らなかった。


 船長の面には、勝利の笑みが張りついていた。


 気づく間もなかったのだ。


 振りかぶられていたはずのグレンの片腕が軌道を変え、大鉾より早く、こめかみをとらえていたことに。


 意識が断ち切られていたことに。


 そしてもうひとつ。


 残された一方の腕の金砕棒は、船長を撃つと同時に、慣性のままクロウへと振り抜かれていた。


 ただし、頭でも首でもなく、鍛え抜かれた腹へ。


 それが、命を張った男の本気に免じて、最後の一手だけこの狂言に付き合ってやるという、紅鬼の首領なりの無骨な返礼だった。


 息が止まり、視界が白くはぜて、クロウの巨体はゆっくりと地へ沈んだ。


 その一瞬の光景に、紅鬼たちが地鳴りのような歓声をあげ、人間たちは血の気を失った。


 一歩、二歩と、恐怖に顔を青ざめさせて後ずさりを始めると、それまで倒れこむように戦いを見守っていたトウヤが、悲痛な声を張り上げた。


「このまま戦っては、全滅します! 皆、武器を捨て、できる限り身軽になって、船まで走るのです!」


 そのさけびが引き金となり、完全に戦意をくじかれた海の男たちは、総崩れとなった。


 我先にと関所の外へと飛び出し、脇目も振らず逃げ出していった。


「勝鬨だ!」


 紅鬼たちは勝利の喜びをさけびへと変え、その声は、白鬼の里にまで届いた。


 幾重にも重なった雄叫びが、白みはじめた空へと、高く立ちのぼっていった。

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