第48話 封印を解くとき
静まり返った夜の山道を、三人はさらに、島の深奥へと進んでいく。
グレンの大きな背中を追いながら歩くシキの胸中は、先ほど明かされた器という言葉に、かき乱されていた。
(光を引き受け、調和をもたらす新たな肉体――それはつまり、モモの命と引き換えという意味ではないのか)
ふと、トウヤの横顔が脳裏をかすめた。
あの男は、この真実を知っていたのではないか。
浮かびかけた疑念を、シキは小さく頭を振って追い払う。
仲間をそんな風に疑うには、まだ何もかもが足りない。
ただ、そうなってからでは手遅れだ。
胸の底に、棘のような違和感だけが、抜けずに残った。
やがて、うっそうとした木々の合間に、ひっそりとたたずむ集落が見えてきた。
すり鉢状にくぼんだ山腹に隠された、白鬼の里。
軒先に吊るされた菜っ葉と提灯が夜風に揺れる、質素な家々。
白砂の道が一本だけ伸びるその様は、紅鬼の関所とは対照的な、物悲しい空気をただよわせていた。
グレンはその集落の外縁にたたずむ、ひときわ頑強な造りの古い庵へと向かった。
土間へ立ち入ると、薄暗い部屋の奥、火の落ちた囲炉裏の前に、一人の老人が座している。
長く白いひげをたくわえ、ひび割れた杖を突いたその老白鬼は、トウヤと同じ、薄い紫色の瞳を宿している。
「虫の知らせというやつじゃな。ろくに寝つけんでおった」
グレンは長老の前に進み出ると、有無を言わさぬ口調で告げた。
「白鬼の長老よ。これより祠へ向かう。封印を解く刻が来た」
長老の顔が驚愕に崩れ、その後、深い諦念がまざり合った、複雑な表情へと転じた。
グレンの隣に立つ、モモの姿。
その右腕から衣を透かしてもれ出るかすかな光が、そうさせたのだ。
長老はすべてを悟ったように、深く息を吐き出すのだった。
長老はひび割れた杖を深く床に突き、きしむ音を立てて、その重い腰を上げた。
「ワシが案内しよう。あの子の待つ場所へ」
外へ出ると、夜明け前の最も寒気が極まる空気が、四人の肌を刺した。
盆地を包む深い霧のなかを、長老の頼りない足取りを先頭にして、グレンの巨影がその後に続く。
目指すのは、里の裏山にひっそりと口を開けた、禁忌の洞窟だった。
一歩ごとに、モモの上着の袖の奥で、手首から肩へと広がる青白い結晶が、激しく熱を帯びていく。
肉の感覚を失った硝子の腕が、まるで目に見えない糸で手繰り寄せられるかのように、洞窟の奥へと、彼女の身体を強く引っ張っていた。
そして、その脈動と同調するように、モモの頭の奥へ、泣きじゃくる子供の思念が流れこんでくる。
(さむい……にいさま……)
かつて世界を白く染め上げた、あの破滅のなかで聞いた、悲痛なさけび。
モモは息を荒げながら、はやる気持ちを抑え、最奥を目指すのであった。
◇
そこは、無数の結晶が群生し、逆柱のようにそびえ立つ、美しい祠だった。
空間の中央には、ひときわ巨大な結晶の繭が鎮座しており、明滅する光の中に、少年が眠っているのだ。
「ビャクヤ様……」
長老が杖を離し、ふるえる手を、繭の表面へとそっと伸ばした。
触れる寸前で手を止めると、あらたまった表情で、グレンを見上げた。
「解くには、お主の力が必要じゃ、グレン」
長老のひび割れた声が、結晶の壁に反響する。
「この繭は、あの子のあふれ出る光を閉じこめ、魂を守るための檻。紅鬼の一族が持つ、万物をたぎらせる生命の熱と、我が一族に伝わる祈りの波紋――その二つを重ね、繭の内側からひびが均等に入るよう、慎重に砕かねばならぬ。もし……外から乱暴に、力任せにこの結晶を壊そうとすれば、どうなるか」
長老の薄紫色の瞳に、強い警告の光が宿った。
「光は行き場を失って狂い、あの子の命のともし火ごと、この島に生きるすべての息吹を、白く焼きつくすじゃろう。一寸の狂いも、焦りも許されぬ、薄氷を踏む儀式じゃ」
グレンは重々しくうなずくと、巨躯を繭の前へと進めた。
同時にモモも、引き寄せられるように移動すると、繭を囲う位置をとる。
その光景を背後から見つめるシキは、口を閉ざしたまま、動かなかった。
ただ一度、モモがわずかに光を放っただけで、立っていられなくなるほど消耗する。
その何倍の光を、これからこの繭は吐き出すのか。
行き先は――考えるまでもなかった。
「トウヤは、この儀式のことを、どこまで知っていたのだろう」
誰に問うでもないつぶやきに、答える者はいない。
袖の奥で、暗器の柄を探る指先が、こわばっていた。
そんなシキの胸の内に気づいているのか、いないのか。
モモはただ、まっすぐに脈打つ繭を見つめていた。
かつて何度も、目の前で絶えていった、それぞれの命。
それをくつがえすための答えが、今、目の前にある。
「グレン、長老……。お願い、始めて」
モモは、感覚のない右腕をそっと胸元に引き寄せ、そう告げた。




