第47話 器の真実
グレンにうながされて門をくぐった二人は、すり鉢状になった内庭のさらに奥、紅鬼たちがつめている関所の内部へと、足を踏み入れた。
石と巨木を組み上げて作られたその建物は、見た目に反して、快適な居住空間を兼ねていた。
通されたのは、炭火が赤々と熱を放つ、囲炉裏を囲った一室だった。
グレンは、シキの肩に寄りかかるように身体を支えているモモを一瞥すると、毛皮の敷かれた木椅子を、あごで示した。
モモが深く椅子に身体を沈め、シキがそのかたわらに寄り添うと、グレンは炉をはさんだ反対側に腰を下ろした。
「器とは、繭にとらわれた白鬼の長の、果てしない光を受け止めるための依り代だ」
その声は、重い扉を開けるかのように、慎重だった。
「あの光は、我らには猛毒よ。ゆえに白鬼の長は、自らの意志でおのれごと繭に封じられた。だが、繭の殻は永遠ではない。いずれ光があふれ出たとき、その力を引き受け、調和をもたらす新たな肉体――それこそが、お前の言う器の正体だ。あの光を浴び続けた者の身体は、望むと望まざるとにかかわらず、器へと変じていく。お前が時をさかのぼり、二度目の問いを口にできるのも、その器にたくわえられた光の力を汲み出しているがゆえのこと。汲み出すたびに、その身が結晶へ深くのまれてゆくのは、道理よ」
グレンの語る真実に、モモは息をのんだ。
上着の袖の中で、硝子の右腕がかすかに熱を帯びるのを感じる。
グレンの回答を咀嚼するように聞いていたシキが、深く頭を下げた。
「本来、決して語られることのない秘密を語ってくれたことに、感謝する。ならば、今この瞬間にせまっている危機についても、あなたに伝えておかねばならない。島の中央、水路の先にある山中には、欲に目がくらんだ人間たちがひしめいている。彼らの目的は、この島に眠るという莫大な宝だ」
オニの首領の眉間が、不快そうにゆがむ。
シキの話を受けて、モモが言葉を続ける。
「わたしたちも、ここへたどり着くためには、あの人たちの船に乗るしかなかったの。でも、今はトウヤが先頭に立って、彼らをわざと険しい山道へと誘導している。むやみにあなたたちと衝突して、無駄な流血が起きないように、時を稼いでくれているの」
モモは椅子から身を乗り出して、声を張り上げた。
「お願い、グレン。もし彼らがここにたどり着いても、どうかいたずらに命をうばうようなことはしないで。力の差を見せつけて、脅して、この島から追い返してほしいの。これ以上の命のやり取りは、繭の奥で耐えているビャクヤの心をさらに傷つけ、力の暴発を早めるだけよ」
グレンは炉の火を見つめたまま、しばし思案に沈む。
人間の勝手な都合に、耳を貸す筋合いはない。
しかし、モモの語るトウヤの行動は、グレンの知るトウヤらしからぬものだった。
復讐者として帰ってくるために、この島を脱したはずの男が、人間どもを、我に殺させないために攪乱しているだと。
「羽虫め。我を試すか……」
思わず出たグレンの本音に、モモが素早く反応する。
「トウヤはもう、自分を犠牲にするようなやり方を望んでいないよ。そんなことをしても、ビャクヤを救うことができないと知っているから」
モモは、右腕をそっと胸元に抱き寄せた。
「この結晶の腕はね、ビャクヤを昏い檻から救い出すための鍵だと思っているの。何度もビャクヤの声を聞いて、ここへたどり着いたのだから。それにあなたは、その意味を教えてくれた。だからわたしは、それに応えてみせる。ビャクヤも、トウヤも、この島に住まうすべてのオニたちも、みんな救ってみせる」
すべてをさらけ出し、まっすぐな意志をぶつけてくる娘を、グレンはじっと見つめ返す。
その視線は、まっすぐに意思を伝えるものであった。
グレンは、すぐには答えなかった。
片手をゆるりと上げ、かたわらに控えていた供の紅鬼たちを、無言のまま部屋の壁際まで退がらせる。
人払いにも似たそのしぐさの後には、囲炉裏の火の揺らぐ気配だけが残された。
長い、長い沈黙だった。
やがて、かたわらに横たえていた金砕棒へと太い腕が伸び、ぎち、と柄を握り直す音が、張りつめた空気を揺らした。
おのれの内で、何かを推し量るための所作のように見えた。
「……我は、あの繭の主と交わした約束がある。我がこの歳月、門を離れなんだ理由は、それがすべてよ」
独り言のようにつぶやくと、グレンは顔を上げ、モモの結晶の腕を、今一度まっすぐに見すえた。
その紅い双眸の奥で、モモの存在と、封印とともに積み重ねてきた星霜とが、秤にかけられていた。
「よかろう」
囲炉裏の薪が小さくはぜる音のなかに、グレンの声が落とされた。
オニの首領は巨体を起こすと、部屋の薄暗がりに直立不動で控えていた紅鬼たちへ、命を下した。
「山に入った人間どもをいぶり出せ。狩りつくさず、恐怖を骨の髄まで刻みこめ。二度とこの海を渡る気が起きぬよう、追い返すのだ」
その言葉への応答に、わずかな間があった。
掟を侵す者には峻厳な裁きを下してきた首領が、人間どもに「生かして返す」などという温情とも取れる指示を出すのは、かつてないことだった。
紅鬼たちは一瞬、主の真意を確かめるように、互いに視線を交わしあった。
聞き違いではないと察すると、急ぎ、夜の闇へと散っていった。
グレンはモモとシキを振り返ると、「ついてこい」と短く告げて、部屋を出た。
関所の堅牢な木扉が開き、冷え切った外気が、三人を迎える。
首領が自らおもむこうとするのを見て、門を守る配下たちが、当然のようにその後に従おうと足を踏み出した。
しかし、グレンは歩みを止めないまま、それを制した。
「供は要らぬ」
やや顔色の悪い、角無しの娘。
そのかたわらで、油断なく周囲をにらみすえる連れの男。
一族が最も忌み嫌ってきた人間をともない、首領は白鬼の里へ、何をしに行こうというのか。
部下たちは声を出すこともできず、ただ信じがたいものを見るような目で、夜霧の向こうへと消えていく三人の背中を、見送るしかなかった。




