第33話 四度目の朝
強きに従い、弱きを従えるのが、道理というものだ。
弱きに従うのは、道理に反する。
ゆえに、今や強者となった我らが、弱者となった者を従えることとした。
立場は入れ替わるが、それ以外は、これまでと何も変わらない。
それの、何が間違っているというのか。
あやかしから、こう突きつけられた。
従えているのではなく、共生しているつもりだった。
不要な力を、必要な力へと換えていくことで、より良くなっていくと考えていた。
歩み寄っている気になっていたんだ。
でも、そうじゃなかった。
分かり合えない、とそこであきらめてしまった。
だから、全部なかったことにしようと思ったんだ。
いや、そうじゃない。
本当に守りたかったのは、そういうことじゃない。
ただ皆と、兄様と、できれば紅鬼たちとも、笑って暮らしたいだけだったんだ。
言葉よりも切実に、大虐殺の歴史の真意が、少年の抱える苦悩が、胸の奥へと流れこんでくる。
そしてそこへ、もうひとつ。
少年の祈りとは裏腹な、狂気によってゆがめられた昏い祈り――知らない感情が流れこむ。
たすけて……。(何に代えても、必ず救い出します)
さむい……。(その繭を溶かすため、すべて燃やしつくそう)
だめだよ……。(そう、このままでいいはずがありません)
にいさま……。(僕の命など、君が笑ってくれるなら安いものです)
わかっていますよ。
僕だけが、味方なのですから。
だから待っていてください。
いまから君に、逢いにいきます。
(ああ……わたしだけが、この咎廻りを終わらせることができるのね。そのために、わたしは――)
境界のない、白い世界。
惹かれ合う想いがまざり伝わる、束の間の邂逅を超えて、四度目の遡行がはじまる。
◇
穏やかな朝。
波の音。
カモメの鳴き声。
木窓のすきまから差しこむやわらかな光が、心地の良い今日を予感させる。
しかしここは、船室ではなかった。
(帰って、来ちゃった)
幾年もの歳月を過ごしてきたのに、ひどくなつかしい我が家。
モモは自分の右腕を視線でなぞって、息をのむ。
時の檻をねじ曲げ、未来を過去へとつなぎ直した、その代償。
それは、かつてなく肉体を侵食していた。
爪先から這い上がった青白い結晶は、すでに手首を、前腕を包みこみ、肩の付け根にまで届いている。
木窓から差しこむ陽光が結晶の腕を透かして、床に純白の影を落とす。
指先を動かそうとしても、感覚はない。
ただ、魂まで凍りつくような体感だけが、命の残り時間を告げている。
しかし、モモの心におびえはなかった。
幾度もの死を越え、ビャクヤの孤独にも触れた今、すべてを受け入れ、すべてを投げ打つ、その覚悟ができていた。
ガタガタ、と音を立てて、すこし立て付けの悪い木扉が開け放たれる。
部屋に飛びこんできたのは、クロウ。
モモはほっとして、笑顔がこぼれる。
「な……、お、起きてたのかよ」
慌てたクロウがくるりと回れ右をして、飛びこんできた勢いのままに部屋を出ていく。
その向こうから、シキの声がする。
「だから、言ったろ。ったく。――モモ、支度ができたら、あさげにしよう」
「うん、すぐに……」
そこで、モモは自分が寝間着姿でいることに気がついた。
「支度してから、行くね……」
消え入りそうな声で返事をすると、顔を真っ赤にして、寝台へと、頭から飛びこんだ。
(あったわ、たしかに、こんなこと。油断してたわけじゃ……でも、不意打ちすぎるよ。なんで今なの……!)
モモの一度きりの記憶によると、この日、船はまだ島を出ていない。
今日このあと、穏ヶ島への乗船の許可を取りつけに行くのだ。
火照る頬を両手で押さえながら、モモは息を整えた。
いつまでも寝台にもぐりこんでいるわけにはいかない。
寝乱れた黒い髪を、左手だけで手早くすいて整える。
ガラスのように透きとおった右腕を、少し大きめの衣の袖へと、慎重に通す。
思うように動かない腕の重みを全身で支えながら、何とか身支度を整えて、居間へと向かう。




