第31話 港町の兄弟
この港町で、クロウとシキが寄り添うように生活を始めてから、長い歳月が流れていた。
血のつながりはない。
しかし、飢えと寒さをむしろ一枚でしのぎ合う日々のなかで、二人は強固な絆で結ばれていった。
その日、桟橋に一隻の商船が入港してきた。
船乗りたちが慌ただしく動き回るのを見計らい、クロウは荷揚げの手伝いをするため、貧困街から動ける子供たちを集めにかかった。
だが、集まった顔ぶれを見たクロウは、眉をひそめる。
いつもなら一番に駆けてくるはずの、年若い子供の姿が、見当たらなかったからだ。
「おかしいんだ。たまり場にも、寝床にも、居なかったんだよ。遊びにでも行ったのかな」
招集を手伝った孤児の一人が、頼りない声をもらした。
気になりはしたものの、今日を生き延びるために、路銀を稼がねばならない。
クロウはそのことを心に留め、子供たちを引き連れて、桟橋へと向かった。
船の側では、荷を前にして人手不足に頭を抱える船乗りたちが、怒号を飛び交わせていた。
その険しい空気をさえぎるように、やせこけた子供、シキが、飄々とした足取りで進み出る。
「坊主、ここは子供が来るとこじゃねえぞ」
肌どころか髪まで日焼けした船乗りが、シキを見下ろした。
物怖じもせず、シキは、にっと笑うと、賢しげな目つきでこう切り出した。
「僕はシキ。このあたりは僕らの縄張りさ。何も知らない大人より、よっぽど地理に明るいし、働きも確かだよ。それにこの時期は、とくに船の出入りが多いからね。人足を雇おうにも、どこも手不足で、ろくなのが集まらないはずさ。僕らも稼がなきゃならない。ここがダメなら他をあたるまでだけど、どうする?」
よほど場慣れしているのだろう。
落ち着き払った少年の物言いに、船乗りの男は興味を示したようだ。
見回せば、子供にしては体躯のすぐれた数人が、遠巻きにこちらの様子をうかがっている。
船乗りは少し考えると、目の前の少年を値踏みするように語りかけた。
「まあ、試しに手伝わせてみるか。この積み荷を、ワラシベっていう商家に卸してるんだが、わかるか?」
「中央の店? それとも西の蔵?」
「へぇ……西だ。頼めるか?」
「積み荷はこれだけだね。銀で二十五。どう?」
「ふむ、いいだろう。一刻で運びきれるなら払ってやる」
「商談成立だね。――クロウ!」
合図とともに、赤髪の少年が先頭に立ち、子供たちを動かし始める。
無駄のない動き、息の合った連携。
特に重い荷は、その少年が次々と肩に担ぎ上げ、運び出していった。
船乗りたちはすっかり舌を巻いてその働きを認め、一刻の後には、約束通りの銀子を彼らの手のひらに握らせるのだった。
夕闇が港を包むころ、二人は酒場の片隅へと身をひそめた。
喧騒にまぎれて聞こえてきたのは、海の男たちが声をひそめて交わす、不穏な噂話だ。
「聞いたか? 誰も近づかねえ、あの霧の海域を通った船の話をよ。夜中だってのに、まるで真昼みたいに明るく光る怪異を見たらしいぜ」
「その霧の向こうに、島の影が見えたってよ。噂の穏ヶ島ってやつだろうなあ」
この時、闇を真昼のごとく白くおおった光こそが、かつて島の中枢で引き起こされた、光の暴走であった。
しかし少年たちは、そのことを知る由もない。
あくる日の朝、またしても一人、子供が姿をくらませた。
争いの跡も、人の気配もない。
これは単純な縄張り争いや、嫌がらせの類ではなさそうだ。
こんな時でも、孤児である子供たちは、町の大人を頼ることはできやしない。
「俺たちの場所を荒らす悪党を、のさばらせておくわけにはいかねえ」
怒りをあらわにしたクロウを、シキが支えた。
二人は、これ以上の犠牲を出さないため、孤児たちが孤立しないよう、数か所に集めて見張りを立てた。
そして当人たちは、夜の闇にまぎれて動き出す。
その夜、シキは雑踏を抜けると、薄暗い路地裏を一人で歩き、人気の無い袋小路で横になった。
むしろをかぶり、ふるえるように眠りにつく。
誰もが寝静まったころ、足音をしのばせて、袋小路へとせまる姿があった。
二人組の男が麻袋を広げ、シキが眠るむしろへと、手を伸ばさんとする。
男たちの背後に、野獣のごとき獰猛さで襲いかかる影が現れた。
クロウの拳が脇腹を容赦なく打ち抜き、くの字に折れ曲がった男を鈍い音とともに地面へたたき伏せると、声を上げるいとますら与えず、男の四肢をねじ上げた。
慌てたもう一人の男が、腰の短刀へ手を伸ばし、身構えようと動く。
しかし、背後からするりと伸びたシキの手が、一瞬早くその短刀を引き抜くと、そのまま男の首筋に押し当てた。
「口を割らせるだけなら、二人もいらねえ。正直に話したほうの命は助けてやる」
クロウの怒気にのまれた二人組は、恐怖に顔をゆがめて、代わる代わる白状した。
「み、港に停泊している商船……赤獅子丸だ」
「船倉に、子供ばっかり何人か、閉じこめている……」




