第27話 慟哭
クロウが命を賭してつなぎとめた、二人の命。
ここで足を止めては、それがすべて無駄になる。
シキはモモの腕を引いて、道なき道を、がむしゃらに突き進んでいた。
追っ手の気配は、感じられない。
ぬれた腐葉土を踏みしめる二人の足音と、荒い息づかいだけが、木々の間に響いている。
モモの身体からは、とうにあらがう気力が失われていた。
引かれるままに歩き、糸の切れた人形のように、足をもつれさせている。
「う、あ、ああ……」
その唇からもれ出るのは、言葉にならない嗚咽だった。
堰を切ったようにあふれ出した涙がモモの頬を伝い、夜露にぬれた服を、さらに湿らせていく。
すべてを割り切り、一人で抱え、成し遂げようとしていた少女の仮面は、すでにはぎ取られていた。
大切な幼馴染をまたしても失い、絶望の底に沈もうとしている、傷ついた少女がそこにいた。
「ごめんね、シキ。ごめんなさい。わたしが、わたしがもっと上手くやっていれば、クロウは……」
握りしめられた、モモの右手。
結晶化したその手は、彼女の焦りに呼応するように怪しく光り、脈打っている。
「わたしね、ずっと怖かったの」
歩く足をゆるめると、シキは巨木の根元にモモをそっと座らせ、何も言わず、ただ彼女の言葉を待った。
モモは自分の右手に痛ましげな目を落としながら、かすれた声で告白を始める。
「この島に来るのも、みんなに冷たくしたのも、全部、全部……こうなるって分かっていたからなの。わたし、この惨劇を何度も、何度も見ているのよ。何をしても、どう足掻いても、みんな、わたしの目の前でオニに殺されて……。最後に残ったシキも、わたしをかばって……っ」
言葉が、涙の波にさえぎられる。
「だから、今回は誰も巻きこみたくなかった。一人で全部終わらせるつもりだったの。それなのに、また、クロウが……わたしのせいで……!」
膝を抱え、小さな身体をこれ以上ないほどに縮めて、泣きじゃくる幼馴染。
その告白を、シキは静かに、しかし一言たりとも聞きもらさないよう、胸に刻みつけていた。
シキの脳裏で、これまでのモモの不自然な言動、時折見せる心を殺したような顔、あまりにも正確な島での先導、そして先ほどの「いつも先に死んじゃう」という言葉――すべての事実が、一本の糸で結ばれていく。
予知なんかじゃない。
モモは、時をめぐっているんだ。
何度も死を見届け、そのたびに一人で絶望を背負い直して、この地獄の舞台へと戻ってきていたんだ。
そして僕は、無意識にそれを否定していた。
恐れていたのは、僕だ。
わからないことを認められない、僕の弱さが、モモを追いつめてしまっていたんだ。
シキの胸を満たしていたわだかまりは、いまや跡形もなく消え去っていた。
残されたのは、モモをそこまで追いつめていた、おのれの無力さへの、激しい怒りと悔恨だけだった。
「……モモ」
シキはゆっくりと、モモの前に膝を突いた。
視線の高さを合わせ、ふるえる彼女の両肩に両手を置いて、熱をこめる。
「わたし、もうどうしたらいいか……」
「モモ、顔をあげて」
シキの声は、いつもの、理知的で冷静なものに戻っていた。
いや、その奥底には、かつてないほどの熱がみなぎっている。
「君が何を背負おうと、何度地獄を越えようと、それが問題なのではなかった。ただ、君をそんなおぞましい孤独のなかに一人で置き去りにしていたことが、問題だったんだ。それに気づかずにいたことは、僕の生涯における、最大の失態だ」
シキはそっと、モモの目元にたまった涙を、指先でぬぐった。
「いいか、よく聞くんだ。クロウが簡単にあきらめるはずがないだろう。あの男の頑丈さと、往生際の悪さを、僕たちが一番よく知っているはずだ。あいつは後で、必ず生きて僕たちに追いつく。あのクロウがここで終わるわけがない」
それは、生還を絶望視させる先ほどの光景を思えば、無責任で、根拠のない言葉だったかもしれない。
だが、シキの瞳には、一点の揺らぎもなかった。
モモの孤独の闇を払うために、彼は今、おのれの持つすべての意志を賭けて、その未来を信じ抜くと誓ったのだ。
「だから僕たちは、僕たちの役割を果たすんだ。里へ行こう、モモ。君の知っている通りに事態が動くとしても、必ずそれを変えてみせる。僕を頼れ。君を、もう二度と一人にはさせない。何があっても、僕が君を守り抜く」
「シキ……っ」
モモの瞳に、ほんの少しだけ、救われたような光がともる。
呪縛が解けたように、モモはシキの胸へと顔をうずめ、子供のように声を上げて泣いた。
一人で世界を背負おうとしていた少女は、今ようやく、孤独の淵から引き揚げられたのだ。
しばらくして、涙をぬぐったモモが、まだ赤く腫れた目でシキを見つめた。
その表情には、ともに歩む者への確かな信頼が戻っていた。
「ええ、そうね。シキの言う通りだわ。周りを顧みずに、ひとりで突っ走って、それじゃ、うまくいくわけないよね」
「そうだよ。ひとりで抱えこむことなんて、ないんだ。……僕たちは、家族なのだから」
二人はしっかりと手を取り合い、立ち上がった。
白鬼の里へ向かって、二人は力強く駆け上がっていく。




