第24話 三度目の上陸
甲板へ出た三人を迎えたのは、すべてを白く塗りつぶす、底冷えのする濃霧だった。
この先に何が起きるかを、モモは知っている。
火矢、座礁、上陸戦。
知っている光景が、また始まる。
果たして、岸辺の奥から無数の赤い光が尾を引いてせまり、火矢の雨が降り注いだ。
船上に、炎が舞う。
だが、混乱するまでには至らない。
「うろたえるんじゃないよ! 盾を構えな!」
隻眼となった船長の号令で、男たちは木盾をかかげ、命中した火矢を蹴り折り、炎を踏み消していく。
直後、船底から衝撃。
浅瀬へ乗り上げ、甲板がかたむいで急停止する。
「野郎ども、飛び降りな!」
船長の怒声がはじけると、男たちは我先にと船べりを乗り越え、膝まで海水につかりながら、浅瀬へ飛び降りていった。
前方から、紅い異形どもが咆哮を上げてせまる。
だが、男たちの足は止まらない。
背後にいるのは、オニより恐ろしい船長だ。
血に酔った勢いのまま、砂浜のオニの群れは、一方的に蹴散らされていく。
浅瀬に降り立った船長は、大鉾を無造作に振るってオニを退けると、独白する。
「戦いってもんをわかってないねえ」
分散し、無計画に突っこむだけのオニたちの拙い戦法は、統率された人間たちの前には無力だった。
戦いは終わりをむかえ、砂浜からオニの姿が一掃されつつあった。
船長は大鉾を肩にかつぎ、手下たちへ声を張り上げる。
「残らず海に沈めたいところだけど、何匹か生かして、アタシのところへ連れてきな!」
我先にと、生き残りのオニを縛り上げにかかる手下たち。
船長は満足そうにそれをながめ、歩を進めるのであった。
◇
「……今よ。ついてきて」
モモはクロウとシキに合図を送ると、霧にまぎれ、岩陰の死角をぬうように、その場を後にした。
急ぎ足のまま東の砦を抜け、かつて記憶の中で上陸した、険しい崖がそびえる島の裏手へと、足音をしのばせ進んでいく。
シキは、冷え切った指先を軽く握りこみながら、その小さな背中を見つめる。
初めて訪れた、霧と暗闇におおわれたこの島で、モモが選ぶ道はことごとくオニの気配を外し、起伏の激しい地形を避け、意志をもって進んでいる。
そのあまりの確かさに、シキの胸の奥で、言葉にならない違和感が、いつまでもぬぐわれずにいる。
臆病なのに勇気があって、考えるよりも先に行動してしまう。
二人の幼馴染を振り回しながらも守られていた少女の面影を、そこに見出せない。
いくら考え、観察したところで、答えは出ない。
いや、本当はわかっているのかもしれない。
こうあってほしいという、シキが望む答えに到達しないだけなのかもしれない。
やがて、岩肌をかむ水の音が、地鳴りのように低く響き始めた。
視界が開けたのは、切り立った崖の縁だった。
眼下には、墨を流したような水路が、滔々と流れている。
両岸の黒岩は垂直に切り立ち、はるか下方の水面は、夜の闇と深い霧にさえぎられて、輪郭すら定かではない。
対岸には、目的の山が険しくそびえ立っている。
しかし、この高低差と幅を前にしては、跳んで渡ることなど、到底不可能だった。
モモは崖の端にたどり着いたとたん、崩れるように膝を突いた。
湿った岩肌に手を突き、荒い呼吸を整える。
額と首筋からは大粒の汗が流れ落ち、服をぬらしていた。
「すこし休憩しようぜ」
クロウはモモを座らせると、竹筒を手渡す。
モモは胸を押さえ、あおるように水をのどへと流しこんだ。
「ゆっくり飲め。無理に話さなくていい」
クロウの優しさに甘え、モモはひとつ深呼吸をすると、そっとうなずいてみせる。
シキは痛ましげに顔をゆがめながらも、視線を崖の向こうへと向けた。
そこへ、モモが声をかける。
「あの山へ、行かなければならないの。その先に、里があるから。でも、渡れそうにないね。このあたりにはオニがひそんでいるかもしれないから、できれば避けたかったのだけど」
モモの言葉を聴きながら、シキは険しい岩壁の連なりと、水路の先にあるはずの島の全景を、頭の中で描き出していた。
鋭い視線が、霧の向こうの深い闇をじっと見すえる。
「これほどの大水路だ。オニたちが利用しない手はない。必ずどこかに船着き場があるはずだ。それに、渡り場があってもおかしくない。見回りをしているのだとすれば、その起点となるような場所、砦や村があるかもしれない。進むなら、島の中心に向かうのがいいだろう。そこになにがあるかは、行ってみないとわからないが」
シキの理路整然とした進言に、モモは息を整えながら、深く、頼もしそうにうなずいた。
「ええ、そうね。それでいこう」
ここからはクロウを先頭に、三人は、身をかがめて岩の障壁を伝った。
湿った苔のにおいと、粘りつくような霧が、肌にまとわりつく。
島の内奥へ進むほどに木々はうっそうと茂り、月光すらさえぎられた暗がりのなかを、ただ互いの息づかいだけを頼りに進んでいく。
どのくらいの距離を歩いただろうか。
突如として、視界をふさいでいた霧のとばりが風に裂かれ、巨大な谷の裂け目が姿を現した。
崖と崖のはざまに、蜘蛛の糸のように細く、頼りない吊り橋が一本、渡されている。
古びた縄と朽ちかけた木板で編まれたそれは、谷底から吹き上げる風にさらされ、ギィ、ギィと不気味な悲鳴を上げていた。




