第21話 三度目の漂流者
息を荒くしたまま甲板へと戻ったクロウの頭は、混乱のなかにあった。
これから現れるという白髪の漂流者の名前や、そのたくらみを語り、血の通わない笑みを浮かべたモモ。
そして、青ざめて黙りこんでしまったシキ。
(なんなんだよ、いったい。あいつら、俺の知らねえところで、何を話してやがったんだ)
胸を焦がす疎外感と悔しさを抱え、逃げるように甲板へ上がる。
いつの間にか日はすっかり沈み、夜気を帯びた潮風が、火照った頬をなでた。
見れば右舷の船べりには人だかりができ、異様な熱気に包まれている。
舟に乗って来たという漂流者であろう若い男が、中央にへたりこんでいるのが見えた。
船員の一人がいら立ちをあらわに胸ぐらをつかんでも、若者はただおびえたように首を振り、頭が、身体が、と弱々しく懇願するばかりだ。
人だかりのすきまからその様子を凝視していたクロウの全身に、頭のてっぺんから冷水を浴びせられたかのような戦慄が駆け抜けた。
額にべったりと張りついた、ぬれた髪は――まぎれもない、白髪だ。
(嘘だろ……。おびえ、縮こまる、白髪の男。モモの言った通りじゃねえか……!)
耳の奥で、先ほどモモが自分に向けて言い放った予言が、鮮明によみがえる。
確かめなければならない。
目の前の男が、何をたくらんでいるのかを。
そして、モモが本当に、これからのことを知っているのかどうかを。
「チッ、使えねえ野郎だ」
じらされた船乗りが拳を握りかけた、その時だった。
「どけ! そこをどきやがれ!」
クロウは居ても立ってもいられなくなり、周囲の男たちを力任せに押し分けた。
拳を振り上げかけた船乗りの前に立ちふさがるように、平伏する白髪の男の前へと身体を入れる。
その肩を手荒くつかみ上げると、獲物を詰めるような鋭い眼光で、その顔をのぞきこんだ。
「おい、てめえ……! 何しにここへ来た。名前は何て言うんだ。トウヤって言うんだろ。本当は奴隷なんかじゃ――」
「ひっ……ご、ご勘弁を……!」
クロウの強い口調に、男はさらにおびえたように身をすくめ、涙と潮水にぬれた顔を伏せて、激しくふるえだした。
周りの男たちが、口々にいら立ちと戸惑いの声をあげる。
と、その時。
「どきなさい。ガキ一人に何手こずってんのよ、この色男どもが」
あの野太い声が響き、荒くれ者たちが引きつった顔で飛びのくなか、船長が姿を現した。
モモの語った記憶を、そのままなぞるような光景だった。
船長は若者の前に進み出て、この船の命綱を握っているのは自分だと、すごんでみせる。
若者はクロウが顔をのぞきこむよりわずかに早く顔をあげ、涙目まじりに訴えた。
「な、何でも話します……ぼ、僕はトウヤ……。船長殿……」
「あら、可愛げがあるじゃないの。この若造を、荷物部屋にでも運んでおきなさい。暖を取らせてから、アタシが直々に話を訊いてあげるわ」
手下たちが白髪の男を担ぎ上げ、船内へと運んでいく。
船長はその場に残り、いまだに荒い息を吐きながら、連れて行かれる男を険しい目でにらみつけているクロウを、見逃さなかった。
いかつい顔から色好みの笑みが引き、値踏みするようにクロウをながめる眼が、すっと細められる。
手下どもがわめき散らすなか、ただ一人あの男を疑っていた若造を、測るようにじっと見る。
それから船長は、ねっとりとした妖しい笑みを唇に戻すと、クロウの太い二の腕をぽんとたたいた。
「ねえ、色男。ちょうどいいわ、アタシについてきなさいな。アンタもあの男のことが、えらく気になるようじゃない?」
「え……?」
クロウは、はじかれたように顔を上げた。
モモの予言を確かめる、その絶好の機会が、向こうからやってきたのだ。
「おう。俺も、そいつの正体をこの目で確かめてえ」
クロウは船底の暗がりを見すえ、自ら進んで、その尋問の場へと足を運ぶのだった。




