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第2話 燃える浜辺

 轟音とともに、強固な竜骨がへし折れる衝撃が、船を縦に揺さぶった。


 岩礁に船底を裂かれ、積み荷と乗員を放り出しながら、船はそのまま砂浜へ乗り上げて止まる。


 甲板の木板が、はじけ飛んだ。

 その勢いのまま投げ出されたモモの身体は、宙を舞い、砂浜へたたきつけられる。


 肺の空気が、すべて吐き出された。


 砂にまみれ、もだえるモモが痛みの次に感じたのは――頬を焼くような、熱。


 かろうじて見上げた、視界の先。

 さっきまで船だったはずのその塊は、猛烈な炎に包まれ、夜空を赤く染め上げていた。


 次いで、死を思わせるにおい。

 潮にまざる、鉄さびたにおい。


 それが何を意味するのか。

 気づいた瞬間、モモは恐怖のあまり、呼吸を忘れた。


 宝の山があると信じ、この島へ渡ってきた男たち。

 その実態は、行き場のない荒くれ者の集団だ。


 急ごしらえの防衛線は、闇から現れたオニの前に、崩れつつあった。


 悲鳴と怒声が飛びかう砂浜。

 膝をついたまま動けなくなったモモの身体を、強引に抱え上げる手があった。


「……モモ! 僕がわかるか?」


 さけんだのは、シキだ。

 端正なたたずまいは乱れ、外套のすそは、すすに汚れている。


 そのすぐ隣では、傷だらけになったクロウが、その身体を盾にして、オニの猛攻を防いでいた。


「シキ!」


 名前を呼ぶ声すら、喧騒にかき消される。


 二人の幼馴染は、モモを戦火から遠ざけようと、後退をはじめた。


 獣のように赤い眼を光らせたオニが、次々と現れ、逃げ道をふさいでいく。

 決死の逃避行だった。


 どこを見渡しても、立っている人間は見当たらない。

 あてもなく、ただ目の前のオニを押し戻し、流されるように下がるしかなかった。


 それも、長くは続かない。


 背後にせまるのは、そびえ立つような岩盤。

 その裂け目に、ひっそりと口を開けている坑道があった。


 生まれて初めて足を踏み入れる、恐ろしいオニの島のはずだった。

 それなのに。


 その暗く冷たい洞穴を目にした瞬間、モモの脳裏には「東の砦」という聞き覚えのない名前が、奇妙な確信とともに浮かび上がっていた。


 耳にしたことなどない、はずの名前。

 それがなぜ、自分の内側から響くのか。


 モモの困惑を置き去りにしたまま、クロウとシキは一瞬だけ視線を交わした。


 言葉もなく、モモの細い身体を、その冷たい空間の奥へと力ずくで押しこむ。


「いやだ……!」


 反射的に伸ばされたモモの手を、しかし二人とも、つかもうとはしない。


「行け!」


 それが、最後に聞いた声となった。


 モモを逃がすため、盾となってオニを迎え撃った幼馴染たちは――数合も斬り合わないうちに、たちまち倒れ、動かなくなった。


 この島が、何を秘めているのか。

 自分たちが目指していたものが、どこにあるのか。


 何ひとつわからないまま、モモの脳裏はふたたび、もやがかかったように現実感を失っていく。


 ただ、幼馴染の最後の言葉に従って。

 モモは奥へ、奥へと、歩みを進めていった。


 使われていない、古い坑道なのだろう。

 その内部には、人の気配も、すすや油のにおいも、わずかな明かりすらなかった。


 暗闇に支配された、閉ざされた空間。


 喧騒はしだいに遠のき、代わりに聞こえてくるのは、モモ自身の乱れた息づかいと、不意に響く海鳴りだけ。


 モモは涙にぬれた顔もふかず、幼馴染を失った絶望のまま、逃げまどった。


 しかし。

 凍える両手が冷たい岩肌に触れた瞬間、逃避行は終わりをむかえる。


 坑道が使われなくなったのは、おそらく、落盤があったからだ。


 積み重なった、岩と砂。

 道は、閉ざされていた。


「うそ……あ、ああ……」


 立ちすくむモモの背後から、不意に、ぞっとするような気配がしのび寄った。


 振り返るよりも早く、暗闇の中に、ぎらぎらとした二つの赤い眼が浮かび上がる。


 命乞いをするゆとりすら、与えられなかった。

 無慈悲に突き出された鋭い刃が、モモの胸を、まっすぐにつらぬいた。


「――っ……つ……あ……」


 焼けるような激痛。

 膝から力が抜け、崩れ落ちる土砂の底へと倒れこむ。


 冷たい水が、身動きひとつ取れない身体を、ひたひたと満たしていく。


(いやだ。死にたくない。二人を、死なせたくなんて、なかった……)


 届かない願いを最後に――世界が、白くはじけた。


   ◇


 どこでもない場所。

 浮遊感。


 ばらばらに飛び散った意識に、知らない感情が流れこむ。


 この感覚は、前にもあった。

 自分が誰なのかもわからないまま、昏い船倉から助け出された、あの日の遠い記憶のなかに。


 熱にうなされながら、二人の少年が言い争っている様子だけが、伝わってくる。


 何も持たない二人が必死に、答えをたぐり寄せるための通過儀礼。

 子供ながらに、責任だとか、約束だとか。


 でも最後には、そろってこちらを振り向いて、笑顔と、泣きそうな顔を見せてくれた。


 何もかもを失っていたわたしに。

 居場所と、やさしさと、生きるための力をくれた、大切な幼馴染。


 そうだ。

 わたしは、まだ二人に何も返せていない。


 もらってばかりで、このまま終わるのなんて、いやだ。


   ◇


「はっ……げほっ、ごほっ」


 肺の奥に残る海水の冷たさにむせながら、モモは、はじかれたように跳ね起きた。


 頬を打つのは、熱い戦火の風ではなく、じっとりとした夜の空気。

 背に感じるのは、冷たい土砂ではなく、粗末な寝台の硬さだった。


 夜襲が始まる、ほんのわずか前。

 まだ、何も起きてはいない――。


 ここは、船室だった。

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