第11話 船底の尋問
油のにおいと湿気がこもる薄暗い通路を、三人は音もなく進んだ。
船底に近いこの一画には、船乗りたちの姿もない。
突き当たりにある荷物部屋は、本来なら頑丈な鉄の錠前が、外から厳重に下がっているはずの場所だった。
ところが、いまはその錠前が取り払われ、掛け金だけが無造作に下りている。
部屋のなかで、船長がトウヤを尋問しているためだった。
シキは木扉の前に立つと、あごで、数歩離れた通路の曲がり角を指した。
「クロウ、君はあそこの角で見張りをして。何かあれば合図を」
「チッ、なんで俺が……」
クロウは不満げに眉をひそめたが、モモの顔を見るとそれ以上は何も言わず、体を縮めて物陰へと移動した。
その様子を見届けてから、シキとモモは息を殺して、扉のすきまに意識を集中させた。
すきまからもれ聞こえてくるのは、聴く者を威圧する野太さと、妙にねっとりとした艶を帯びた、あの船長の声だった。
「……それでアンタ、あの霧の向こうから命からがら逃げてきたってわけねぇ。世間じゃあ、近づいた船は一隻残らず霧にのまれるなんておびえてるけど、アタシの耳に届くのは別の噂よ。あそこには、まばゆい宝が眠っているってねぇ」
「滅相もない。信じてください、僕はただ、あの恐ろしい島から逃げたいだけなんです」
「逃げたい、ねぇ。アタシ、一度拾った獲物をタダで逃がすほど優しくないの。……でも、アンタが役に立つって証明できたなら話は別。さあ、どうやってアタシに尽くしてくれるのかしら?」
船長の揺さぶりに対し、トウヤは息を荒げ、おびえながらも、意を決したように口を開いた。
「……もし、本当に僕を守ってくださるなら、お話しします。島には、宝があるのです。煌びやかな宝飾品を身につけたオニたちを、僕は何度も目にしました。それに、島を囲う霧の一帯には、外からは決して見えない、オニどもの舟が通るための潮の道があるのです。僕は荷を運ばされるなかで、その波の癖を覚えました」
「ひゃあ、やっぱりアタシの目に狂いはなかったわ。じゃあ、その道ってやつをアタシに教えなさい」
その言葉が投げかけられた瞬間、扉の向こうでトウヤが激しく息をつまらせた。
「い、嫌です……あんな恐ろしい場所へは、二度と戻りたくない。どうかお許しを!」
その哀願を聞いた船長は、むしろ満足げに、のどの奥で愉しげに笑った。
「あら、そうはいかないわよ、お可哀想に。大人しく道案内をするなら、アンタの身くらいは守ってあげる。それとも、冷たい海に放り出されたいかしら?」
「う、ううっ……。せめて、本当に、僕を守ってくださるなら……」
トウヤは小さく、消え入るような声で同意した。
扉のすきまからそのやり取りを聞いていた二人には、もはや確信しかなかった。
扉の向こうでふるえる若者の正体は――獲物を誘いこむ、狩人だ。
重々しい足音が、扉へと近づいてくる。
シキがクロウへ向けて、素早く合図を送った。
そのまま、モモとともに音もなく物陰へひそんだが、巨体ゆえに身のこなしの遅れたクロウは、開け放たれた引き戸から現れた熊のような巨漢と、鉢合わせる格好となってしまった。
「あら? ……ちょっと何よ、近くで見ると、随分といい体躯をしてるじゃないの。でも、惜しいわね」
「いや、あの、俺は、その……!」
どんな苦難を前にしても不敵に笑っていたクロウが、見たこともないほど顔を引きつらせて、後ずさる。
その分だけ、船長は笑顔で距離をつめてくる。
「アンタに足りないもの、あたしが教えてあげてもいいけど」
「何が足りねぇのかは、俺が一番よくわかって……いや、そういうんじゃなくて……」
背中が通路の角に突き当たり、言い逃れの道を失った、そのとき。
クロウがのどを張り裂けんばかりに、怒鳴り散らした。
「それよりあの白髪野郎だ! 島への案内をさせねえのかよ。宝はどうするんだ、宝は!」
そのさけびに、船長の足がぴたりと止まった。
「あらやだ、そうだったわね。惜しいけれど、お楽しみは後に取っておくわ。アンタ、手下どもを二人ほどアタシの部屋に呼び寄せてちょうだい。あのガキを操舵室へ運ばせるわよ」
「あ、ああ、分かったよ!」
クロウはここぞとばかりにきびすを返し、転がるようにこの場を去っていった。
船長もまた、手下たちの到着を待つために、船長室へと入っていった。
足音が遠ざかり、通路に静寂が戻った。
手下たちが船底の荷物部屋にやってくるまで、残された猶予はごくわずかだ。




