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第10話 幼馴染の詰問

 船員たちの目を避けるように船室に戻ると、後ろ手に扉を閉めた。


 狭い部屋に、夕暮れの薄暗い光が、わずかに差しこんでいる。


 クロウはどっかりと椅子に腰かけ、腕を組んでモモを正面から見すえた。


 いつものおどけたような様子は一切なく、真剣そのものの表情だ。


「さて、話してもらおうか」


 シキもまた扉に背を預けたまま、モモから目を離さずにいた。


 その顔にはかすかにしわが寄り、難問を前にした学者のような、偏屈さと思慮深さが同居している。


「さっき君は『トウヤが話してた』と言ったね。そして、あの白髪の若者はトウヤと名乗り、君の言った通り、舟で漂流してきた。……もう、ただの悪い夢だったとは言わせないよ」


「さっきから二回目だの、みんな死ぬだの――モモ、お前、どうしちまったんだ?」


 二人の真剣な眼光に射すくめられ、モモは小さく身を縮めた。

 無意識に、自分の右手を隠そうと、身体にそっと引き寄せる。


 とたんに、クロウとシキの視線が、モモの右手に釘付けになった。


「な……それ、いったい……」


 クロウの顔から血の気が引き、椅子を蹴立てて立ち上がった。


 その大きな身体が、見たこともないほど動揺して、小刻みにふるえている。


 二人はもともと、モモの爪だけに見られた奇妙な結晶化の謎を解き明かすために、この旅に同行しているのだ。


 あやかしの噂がある穏ヶ島を目指し、船が港を出たのは、たった数日前のこと。


 それどころか、ほんの数刻前まで、ここまでの症状は出ていなかったはずだ。


 それなのに、夕日に透けるモモの右手は、爪どころか手の甲の一部までが結晶と化し、人ならざるものの輝きを放っていた。


 どこから問いつめればいいのかすら分からず、クロウは頭を抱えてうめいた。


 シキは眉間を深く刻み、その瞳の奥で、自分でも信じがたいような仮説を組み立てていた。


 焦りに脳を焼かれ、冷や汗がその頬を伝う。


 だが、そうでなければ、説明がつかない。


 シキは乾いたのどをふるわせ、絞り出すように声を放った。


「まさか。君の言う『二回目』という言葉と、その急激な結晶化……。君は、同じ時を二度、生きているのか? 別の時の中で、あるいは何かの代償として、身体の一部が失われている……?」


 理由なんて、わかりっこない。


 あの島に近づいてしまったから。

 それとも、わたしの中にいる、誰かのせい。


 確かなのは、わたしが二人を巻きこんでしまっているということ。


 モモは、自分の右手を抱きしめるように、声をつまらせた。


(わたし、余計なことをして、もっと酷いことを引き起こしちゃったんじゃ……)


 後悔に押しつぶされそうになり、小さく肩をふるわせるモモ。


 それを見て、クロウが拳を握りしめ、突き出した。


「お前がそんなにおびえて、苦しむくらいなら、俺が今からでもこの船を乗っ取って、無理矢理にでも引き返してやる」


 こういう時のクロウは、決して退かない。


 モモがうなずけば、全力でそれに取りかかるだろう。


 何に代えてもモモを守るという、クロウの無条件なやさしさと覚悟。

 しかしモモは、首を横に振ってこたえた。


「ううん、引き返さないよ。穏ヶ島に近づいたことで、こうなったんだから。あそこには、絶対に何かがある。船に乗ったことは、間違いじゃなかったよ。それに、あの島では、胸の奥を揺さぶられるような、不思議な感覚があったの。まるで、誰かがずっと待っていたような。だから、わたし、そこから逃げ出したくない」


「君は……僕たちが知らないところで、もう穏ヶ島へとたどり着いているんだね?」


 説明なんて、できないと思っていた。


「シキ……。どうして、わたしのことがわかるの……?」


 モモは覚悟を決めて、自分に起こったことを、記憶にある惨劇の全貌を、二人に打ち明けていった。


「あの島で、みんなは紅鬼の首領グレンに襲われて殺されちゃうの。でもその時、グレンはわたしのことを『器』って呼んだわ。それが何のことなのか、わたし、確かめたいと思っているの」


「器、だと……?」


 クロウがその不穏な言葉に、身を硬くする。


 シキは腕を組み、クロウの言葉を引き取るように、さらに続けた。


「器という言葉の真意は測りかねる。けれど、トウヤの態度には、腑に落ちない点がある。何も関係がないように思えても、それは考えることをやめる理由にはならない。モモが言う不思議な感覚だってそうだ。ぜんぶつながっているのかもしれない」


「ぜんぶ、つながって……?」


「そう考えても、今のところ否定する材料がないってだけだ」


 シキは腕組みを解くと、あごに手を当て、そのまま続ける。


「あいつは甲板で、酷くおびえて弱りきった奴隷を演じていた。けれど、船長が目の前に立った一瞬だけ、品定めするような、鋭い目をしていたんだ」


「ああ、それは俺も気になった」


 クロウが視線だけで先をうながすと、シキはさらに言葉を継いだ。


「あいつはわざと言葉をにごし、身体の痛みを訴えて時間を稼いでいた。そうして、この船の権力者、あの船長が、自分から名乗り出るように仕向けたんだ。まるで、自分の持つ情報の価値を吊り上げ、有利な交渉にでものぞむかのようにね」


「最初から船長をはめるつもりだったってわけか。とんだ食わせ物じゃねえか、あの白髪野郎。グレンのことも器のことも、あいつの真意をひっくり返して吐き出させてやる」


 クロウが不敵に笑い、拳を手のひらに打ちつけた。


「そういうこと。ただし、やるからには慎重に」


 三人は視線を交わすと、同時に立ち上がった。

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