第99話 「越えてはいけないもの」
静かだった。
誰も動かない。
目の前。
重殻。
あの大きな個体。
境界の上。
いや。
“少しだけこちら側”。
そこにいる。
「……マジで来てるな」
蓮斗が言う。
声が低い。
軽口はない。
それだけ。
異常。
その時。
「ぴー……」
ぴーちゃんが小さく鳴く。
「……あれ、違う」
全員が見る。
「何がだ」
悠真が聞く。
ぴーちゃんは少しだけ震えて。
「……普通の重殻じゃない」
短く言う。
確信。
その言葉。
重い。
「……上位か?」
白峰 蓮が言う。
だが。
ぴーちゃんは首を横に振る。
「ちがう……」
「もっと……変」
曖昧。
だが。
危険。
その時。
重殻が。
動く。
ゆっくりと。
一歩。
こちらへ。
その瞬間。
空気が歪む。
圧。
重い。
息が詰まる。
「……っ!」
蓮斗が歯を食いしばる。
動けない。
ほんの一瞬。
だが。
明らかに。
違う。
「……来るな」
悠真が言う。
短く。
だが。
強く。
全員が理解する。
これは。
戦う相手じゃない。
今は。
その時。
ぴーちゃんが叫ぶ。
「やめて!」
「それ、越えたらダメなやつ!!」
その声。
今までで一番強い。
危険信号。
全員が動く。
後退。
一歩。
二歩。
距離を取る。
その瞬間。
重殻が止まる。
それ以上来ない。
境界の上。
そこに留まる。
だが。
圧は消えない。
こちらを見ている。
完全に。
“認識している”。
「……なんなんだよ、あれ」
蓮斗が言う。
答えはない。
その時。
白峰 蓮が言う。
「……ルールが変わった」
静かに。
「今までの前提」
「崩れた」
その言葉。
重い。
境界は。
絶対じゃない。
越える存在がいる。
その事実。
致命的。
「……やばいな」
蓮斗が言う。
笑えない。
その時。
悠真が言う。
「……でも」
全員が見る。
「まだ全部じゃない」
短く。
だが。
確信。
「あいつは」
「完全には越えてない」
確かに。
重殻は。
境界ギリギリ。
踏み込んでいる。
だが。
“入り切っていない”。
「……制限はある」
白峰 蓮が言う。
理解する。
ルールは壊れていない。
ただ。
“揺らいでいる”。
その時。
ぴーちゃんが小さく言う。
「……あれ、押してる」
重殻。
境界を。
押すように。
少しずつ。
侵食するように。
「……時間の問題か」
蓮斗が言う。
その一言。
重い。
このままだと。
境界は。
破られる。
その可能性。
現実。
その時。
悠真が言う。
「……戻る」
短く。
だが。
即断。
ここは。
もう安全じゃない。
そのまま。
後退する。
ゆっくりと。
だが。
確実に。
重殻は追わない。
ただ。
見ている。
そのまま。
拠点へ戻る。
静かに。
誰も喋らない。
そして。
全員が理解する。
これは。
ただの変化じゃない。
“越えてはいけないものが、越え始めた”。
その事実。
重い。
その時。
悠真が小さく言う。
「……急ぐ必要あるな」
初めて。
焦りが混じる。
今までは。
積めばよかった。
だが。
もう違う。
時間が。
ない。
越えてはいけないものが、越えようとしている。
それは。
戦いの次の段階の始まりだった。




